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三兄弟の決意

たくさんの感想、ご指摘、評価、ブックマークありがとうございます!

これほどまでに多くの方々に読んでいただき、また本作を愛していただき、感謝の念に堪えません。

もう少しで一章が終わりますが、どうかこれからもお付き合いのほど、よろしくお願いします。

 

 敗残者の群れ。

 北伐から戻ってきた者たちを一言でいうならば、これしかないだろう。

 将であるギルバートによって、かろうじて集団としての体を成しているが、もはや軍としての機能は喪失している。

 埃と垢に塗れ、生気を失っていた彼らは、崖道を抜けた先に聳える山海関を見ると、やっと生き残れた実感を得て安堵したのか、地に次々と倒れ込み涙を流した。

 晴れ渡った秋空の元、切り立った岩山を縫うように男たちの咽び泣く声が木霊する。


 そんな彼らの姿の中に叔父であり、北伐軍の副将でもあるギルバートの姿を見つけると、居ても立っても居られなくなったアデルは、他の二人が呆然と佇む中、得も言えぬ不安に駆られて駈け出した。


「叔父上、叔父上! 一体…………一体何があったのですか!」


 蒼白な顔で駆け寄って来る甥を見て、ギルバートの顔色が苦渋に染まる。


「……………………すまない……………………」


 やっとのことでその口から出たのは、その一言のみ。

 戦場では畏れ知らずの男が、この時だけは真実を告げる事を躊躇い、怖れた。

 ギルバートは伊達男である。

 ノルト王国の一部の将兵らが付けた異名である、白豹の名の通り、白を基調とした目立つ装いが、今は見る影もない。

 埃に塗れ、自身の血と返り血が黒く乾き、その装いの至る所にこびりついており、生気を失った表情も相まって、敗軍の将をその身で表している。

 アデルはギルバートのその言葉に、死神に心臓を握りつぶされたかのように凍りつきつつも、今まで味わった事の無い焦燥感に駆られた。


「…………叔父上、よくぞ御無事で……………………それで、父上は何処に?」


 ギルバートは、そう言いながら自分を真っ直ぐに見上げるアデルから、そっとその目を逸らした。

 たったそれだけの行為。

 だがその行いで、アデルは全てを察してしまった。

 しかし、頭で理解したとはいえ、心はまた別である。

 アデルの目に大粒の涙が、見る見るうちに溢れ出したかと思うと、ふらりふらりとした覚束ない足取りで、崖道の方へと歩き出す。


「アデル!」


 ギルバートは、そんなアデルを後ろから強く抱きしめた。


「叔父上…………もう一度お聞きしますが、父上は何処に?」


「兄上…………いや、御当主様は、味方を逃す盾となり、お討ち死になされた」


 その言葉を信じたくはないアデルが、泣き顔のままに、ぎこちなく首を回した。

 そしてギルバートの目に光涙を見た瞬間、抑えきれない感情が爆発した。


「嘘だ! 父上が、あの父上が、お亡くなりになるはずがない! 叔父上、あなたは嘘をついている。もういい、自分で父上を探しますから、離してください! 父上、父上!」


 アデルはギルバートの手から逃れようと懸命にもがく。

 その小さな体のどこにこのような力があるのか。

 ギルバートは、もがき、暴れるアデルを本気を出して抑えねばならなかった。

 そんなアデルの取り乱した姿を見たカインは、父の死を悟り、膝から崩れ落ち、地面に手をついて突っ伏し、涙した。

 また、トーヤも腰を抜かして尻もちをつきながら、放心状態のまま溢れ出る涙を袖で拭い続けた。


「…………馬鹿者目が…………この儂より先に逝きおってからに……………………」


 そんな二人の孫を抱き寄せると、ジェラルドは息子であるダレンの死を悼み、天を仰ぎながら涙を流した。



ーーー



 敗報と当主であるダレンの死は、瞬く間にネヴィル領全域に知れ渡った。

 街や村々では弔いの鐘が響き渡り、寛大で優れた領主であったダレンと、それに殉じた者たちの死を悼んだ。

 夫の死をギルバートの口より伝えられた、領主夫人のクラリッサは、それを聞いたとたんにその場で卒倒した。

 以降、臥せり、寝室に籠りがちとなっている。

 父であるダレンの死を、未だ受け入れる事が出来ていない三兄弟に、ギルバートはダレンの書いた遺書を手渡した。

 義姉であるクラリッサにも同様に、遺書を手渡している。

 三兄弟は遺書を手渡されても、直ぐに開封しようとはしなかった。

 開封し、遺書を読んでしまえば、それは即ち父の死を認めることに繋がってしまう。

 頭ではもう父はこの世の人ではない事を理解しながらも、心の内ではまだ父の死を受け入れることが出来てはいないのだ。

 そんな孫たちの姿を見て、ジェラルドは心を痛めつつも、現実を受け入れなくてはならないと、厳しく三兄弟の背を押した。


「アデル、カイン、トーヤ、お前たち三人は、直ちにこの封を破らねばならぬ。筆不精の息子が、戦の合間を縫って最後に書き残したものだ。そこまでしてでも、お前たちに伝えなければならないことが、書き記されているのだろう」


 祖父に背を押されてもなお、三兄弟は逡巡した。

 躊躇う三兄弟の背中に、寝室から出て来たクラリッサが、優しくそっと声を掛けた。


「お読みなさい。あの人が、あなたたちに最後に送る言葉、そしてあなたたちにこれからして欲しいことが、そこに記されています。これはわたくしからのお願いです。今すぐにでも読んで、あの人の意志と想いを受け継いでください」


 祖父と母の後押しで、長男であるアデルが震える手で封を切った。

 愛する子供たちへ、と書き出された遺書は、筆不精な父にそぐわぬ膨大な文字が一面に記されていた。

 これまで幾度も目にして来た、父特有の力強い筆跡を見ただけで、三兄弟の目から涙が溢れ、止まらない。

 こぼれた涙が遺書に落ち、落ちた涙がインクを滲ませる。

 遺書は二枚あった。

 一枚目には、子供たちに対する愛と、先立つことによって、負担を強いることへの謝罪の言葉が並べられていた。

 そして二枚目には、これからのことが記されていた。

 その内容を大まかに説明すると、此度の北伐の失敗により、王の権威は失墜。

 それを誤魔化さんとして、敗軍の将をスケープゴートにするであろうこと、そしてその対象に自家も含まれる恐れがあること。

 もしそうなってしまえば、爵位も領地も召上げられてしまう可能性があること。

 それを防ぐために、自分の葬儀は後回しにし、喪主を長男のアデルではなく次男のカインにして、嫡男であるアデルは一刻も早く王都へと登り、爵位と領地の継承を願い出ることなどが記されていた。

 今は激動の時代である。

 ゆっくりと父親の死を悼む暇さえも与えられぬような…………


「…………王都へ行く…………」


 袖はすでに涙を吸い、重く濡れている。

 拭いきれぬ涙をそのままに、アデルは鼻を啜りながら、顔を上げた。


「…………わかった、葬儀の方は俺に任せろ…………」


 カインもアデルと同じように、泣き顔のまま頷いた。


「…………その間、領主代行は俺が務める…………」


 祖父であるジェラルドは、アデルと王都へ同行し、後見人として年若いアデルの補佐をすることを、王に認めさせねばならない。

 でなければ、アデルの年齢からいって、継承が認められない恐れが生じるからである。

 その間、領内の取り仕切る者は、トーヤしかいない。

 叔父であるギルバートには、まず戦傷を癒して貰わねばならないからだ。


 三兄弟は、顔を上げた。

 もうこの世に父はいない。

 親孝行の誓いも守れなかった。

 そんな自分たちに今できる事は、父の想いを受け止め、父が命を捧げ守ろうとしたこのネヴィルの家を、受け継ぐこと。

 三兄弟は無言で新たな誓いを立てる。

 このネヴィルの血と家門を、何としてでも守り抜くことを。

 

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