敗報と検討会
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ガドモア王国の第四次北伐は失敗に終わった。
自ら兵を率いておきながら、一戦もせずに自国へと逃げ帰ったエドマイン王は、敗戦を隠す為に緘口令を発したが無駄であった。
ガドモア王国の敗北、ノルト王国の勝利の報は、旅人や商人らによってガドモア、ノルトの二国どころか、東のイースタル、そしてネヴィル家と同盟関係にあるエフト族にまで広まっていた。
エフト族経由で、ガドモア王国の敗北を知らされたネヴィル家では、送り出した遠征軍の安否が気遣われていた。
「なぁに、あの父上が、ノルトの騎士などに後れを取るようなことはないさ!」
「そうだよな、叔父上だって居ることだし、それに送り出した者たちも精鋭揃いだし……」
「うん、何事も無かったかのようにきっと無事に戻って来るよ。それどころか、二人で大手柄を上げていたりして……」
ありえるな、と頷きながらも、三兄弟の心の内に渦巻く不安は拭いきれない。
「それよりも、今回の戦……第四次北伐について検討しよう。せっかくエフト族経由で、戦況の推移の情報が手に入ったことだし」
アデルの言葉に、カイン、トーヤも異論無しと頷いた。
おそらくは、将来敵として相見えることになるであろう、ノルト王国に対する研究は、出来る限りしておきたいところである。
こうして、三兄弟や領主代行を務める祖父のジェラルドを中心として、居残り組の主なる面々を集めての検討会が行われることとなった。
文官として参加するのは、家庭教師兼エフト族に対する外交官を任されているトラヴィス、そして軍事、内政に光ものが見え隠れする、占い師セオドーラの愛弟子であったスイル。
他にも数名、セオドーラの弟子たちが参加する。
武官としては、山岳猟兵団の団長のブロイスと同副団長のハーロー。
最古参の臣であるダグラスが育てた、クレイヴとロルト。
そして今ではすっかりと三兄弟に心服している、ザウエル、バルタレス、シュルトの三人も参加。
最後に、嫡男であるアデルの護衛であるブルーノも参加を許された。
「これより、第四次北伐の検討会を始める」
アデルの言葉により、ネヴィル家初の検討会なるものが開始された。
この検討会を仕切るのは、嫡男であるアデル。
祖父のジェラルドは、アデルの成長を促す良い機会だとして、口を出さずに見守るつもりである。
それどころか、孫たちがこれから何をするのかが、楽しみでしょうがない様子。
顎鬚を指で弄びながら眼を細め、ニコニコと笑っている。
アデルはブルーノの助けを借り、テーブルの上に地図を広げた。
この地図は、スイル他、セオドーラの弟子たちが描いたもので、縮尺等は出鱈目だが、ガドモア王国内の主要街道や、どこをどの貴族が治めているかなどが、事細かく記されている優れた地図である。
「エフト経由でもたらされた情報によると、ガドモア王国は敗北したそうだ。それも、全軍の凡そ四分の一から三分の一程度の大損害を受けて…………」
戦争の勝敗は様々な要因が複雑に絡み合って決まるが、単純に数字で示すとなると、全軍の一割を失った時点で、まず負けと言ってもよい。
それが今回は、三割近くの将兵を失ったとなれば、大敗北と言えるだろう。
「お館様は無事で御座いましょうか?」
出征したダレンを心配する声が、次々にとあがった。
「無事に決まっている。エフトからは、父上が討たれたという情報はない」
領主の無事を、嫡男の口から知らされたためか、皆、大きな安堵の溜息をついた。
この時既にダレンは討たれ、亡き者となっていたが、この情報はまだネヴィル家まで伝わってはいなかった。
「さて、今回の主戦場となったのは、ここ……」
アデルが指揮棒で指したのは、ガドモア王国とノルト王国の国境線、それもノルトに奪われていた北侯の領地であった。
「北へと進軍するガドモア王国に対し、ノルト王国がとった作戦は、情報によると焦土作戦であったらしい」
それを聞いた皆の目に厳しい光が灯った。
「ノルトは天候不順により、飢饉に陥っていると聞き及んでおりますれば、打つ手は二通りしかありません。積極的に打って出て、短期決戦を挑むか、それか今回とったように、焦土作戦により我が国の兵站に負担を強いて、撤退に追い込むか……」
シュルトの言葉に、その通りだと、三兄弟は頷いた。
「今回、我が国は全軍を三つに分けた。第一陣は誰が率いていたのかはわからぬが、第二陣は北候。そして本陣は国王陛下が自ら率いていた」
ブルーノは事前の打ち合わせ通り、地図上にいくつかの駒を置いた。
「聞くところによれば、焦土作戦を行ったのは北候から奪ったここいら一帯だけだったらしい」
アデルは指揮棒で、両国の国境線付近に円を描いた。
「確かにそれだけでも、我が軍の兵站に負担を強いることは出来ましょうが……そこだけでは、何と言いましょうか、些か中途半端と言わざるを得ませぬな。もっと、こう……奥深くまで徹底すれば、戦うことなく我が軍は撤退せざるを得なかったでしょうに」
「作戦に対する準備期間が足りなかったのではないか?」
「いや、準備期間はあっただろう。国境線で頻発する小競り合いのように、今日明日突然にというわけでもなし。大軍を動かすにはそれなりの準備が必要、その動きはノルトも察知していただろうからな」
「では、なぜそうしなかったのか?」
その疑問に答えたのは、三男であるトーヤだった。
「焦土作戦に見せかけた、釣りかも」
皆の顔に疑問符が浮かぶ中、アデルとカインだけは頷いた。
「つまりこうだろ? 敵に焦土作戦を行われた場合、味方が取る行動は大きく分けて二通り。罠を警戒して足を止めるか、敵が弱気であると見てさらに進軍するか」
「前者の場合、足を止めれば止めただけ時間が稼げるし、兵站にも負担を掛ける事が出来る。下手をすれば、そのまま撤退ということもありえる。また、後者の場合は、敵をより奥深くへと誘導することが出来る。つまり、伏兵を伏せやすい場所へと誘導する事が出来るというわけか」
「しかも第二陣の北候は、ノルトに奪われた領地の奪還に血眼になって、兵を分散させ方々へと派遣したらしい」
「アホか。確かに先祖伝来の地を奪われ、貴族としての面子を穢されたとはいえ、先にやるべきことは山ほどあるだろうに」
カイルはあきれ果てて肩を竦めた。
「えーと、すると…………第一陣は、第二陣からのまともな援護を受けることが出来なくなったってこと?」
トーヤの言葉に、アデルは頷く。
「ノルトと直接やりあっていたのは、主に北候だ。ノルトとしては北候の性格なんぞとうに知り尽くしているだろう。こういった場合にどう動くかなど、簡単に予測出来ただろうな」
「焦土作戦自体が、北候に対する撒き餌であり、罠というわけか! 然したる抵抗なく失った領土を取り返せるとなれば、北候はこの機会を逃さんとして、兵力を分散してでも同地を確保しようとする。それを見越してのことか」
相手の性格を知りぬいた上での緻密な作戦。
その真意を知った全員の身体に戦慄がはしった。
「本当の目的は、孤立した第一陣を叩くこと。なるほどね。本陣は軍事的才能皆無である、陛下が直接率いている。怖くも何ともないわけだ」
ガドモア王国の国王であるエドマインに、軍事的才能が皆無である事は、先の反乱鎮圧の件で知れ渡っている。
もしもだが、ノルトの動きに対応したとしても、その動きは極端に鈍いものであろうことは、想像に難くない。
「そうだな、先頭集団をおびき出し、孤立させ、ぶっ潰せば、それでほぼノルトの勝ちは決まる。現に第一陣がやられたと知った陛下は、戦いもせずに、そのまま王都へと逃げ帰っているしな」
「やるな、シルヴァルド王。病弱で、殆ど王宮から出る事は無いと聞いているが…………」
カインのその言葉に、スイルは黙って頷き、肯定した。
「天才だな。そう言うしかない。しかも、だ。北候に対して囮として使った領地を、そっくりそのまま北候へと返してしまっている。その意味がわかるか?」
「ああ、この作戦により荒れ果てた地を再建するのに北候は、どれだけの月日と金を使う事になるのやら…………その間、大規模な軍事的侵攻は無くなる、というよりも出来なくなるだろう。その間に、ノルトは飢饉を乗り越え、国力を回復させる気だ」
三兄弟は割とあっさりと、敵の真意を探り当てて見せた。
これは、三人の内の一人がきっかけを掴むと、また次の者がそれを元に新たな側面から考察し、といったように、思考がテンポよく連鎖していったからであった。
この三兄弟独特の早い展開に、参加した者たちは着いて行くことが出来ない。
が、この場に居る誰もがこう感じた。
確かにノルトの王は、桁外れの智謀の持ち主かもしれない。
だが、この三人もまた、それに匹敵する天才であると。
この検討会から五日後、北伐へと送り出した者たちが帰還した。
帰還を喜び、山海関まで出迎えに出た三兄弟が見たものは、かくも無残なる敗軍の姿であった。
タイトル詐欺にならないように、軽くではありますが、三人揃って知恵を絞り出すような話にしました。
次話は、暗く悲しい話となってしまいますが、どうかお楽しみに!
更新は、慣れない仕事が忙しいので、次の土日になってしまうかと思われます。




