黒豹の死
感想、評価、ブックマークありがとうございます!
更新遅くなりまして、申し訳ございません。
これほどまでの多くの方々に読んで頂けるとは、作者冥利に尽きるというもので、嬉しいやら恥ずかしいやら……。
宣伝もしていないのに、ランキングに載っていたりと、読者の皆様方には、足を向けては寝ることが出来ません状態です。
ポイントもそうですが、何よりも感想や励ましのお言葉が嬉しい限りであります。
あまりにも嬉しすぎて、さらに一人でも多くの方々に読んで頂きたいという、分を弁えぬ欲が出始めた次第であります。
これからも精進していきますので、今後とも本作をよろしくお願い致します。
今後の展開ですが、あと少しで比較的幸福だった幼少期が終わり、激動の少年期が始まります。
その前に、一部コンクリートなどの設定等の軽い手直しをしますが、ストーリーは改変しませんので、御安心ください。
「さて……名残惜しいが、そろそろ行くとするか。こちらから申し出たことだし、先に赴いて相手を待たねば礼を失しよう」
ダレンは疲れ切った身体に鞭を打ち、地に突き刺した家宝である剣を抜くと、刀身をその肩に担いだ。
刀身を納める鞘は、乱戦の最中に何時の間にやら喪失していた。
生き残った者たちは、古参中の古参の臣であるダグラスを始め、誰しもが、死にゆく当主の最後の姿をその目に焼き付けんとして、あふれ出る涙を必死に振り払った。
だが、後から後からと、どこに蓄えられていたのかが不思議なぐらいに次々と涙があふれ出してくる。
鼻を啜り、破れた袖で涙を拭う様は、まるで子供のよう。
そのような姿を肩越しに顧みたダレンは、ここまで死を覚悟して付き従ってくれた家臣たちを、愛おしく思う。
「よいか……お前たちはこの後に、ノルトの虜囚となるだろう。だが、ただの虜囚ではない。虜囚という隠れ蓑を着た密偵なのだ。我が息子たちは何れ、何らかの形でノルトと接触し、関係を築くだろう。その関係が、敵対的なものなのか、はたまた友好的なものなのかは、儂にはわからぬ。だが、何れにせよ、ノルトに関する情報を強く欲する事は確実である。これはネヴィル家当主としての、最後の命令である。生き残り、そしてその目で見、その耳で聞きしことを我が息子たちに伝えよ」
こうして命がけの使命を与えて置けば、後を追って殉死する者も減るだろうという、ダレンなりの臣下たちへの配慮と、愛情であった。
(ここまで生き残った者たちならば、何らかの形で必ずや息子たちの役に立つ。それにこの位の人数の身代金ならば、払っても大した痛手とはなるまい)
そのあと、ダレンはもう振り返りもせず、ただ黙って真っ直ぐに丘を降って行った。
その姿を見た臣下たちは、地に崩れ落ち、自身の不甲斐なさに身を捩りながら啜り泣き続ける。
だが、その中でただ一人、ダグラスだけが立ち続け、去りゆくダレンの背を見送った。
「これ、貴様ら、しゃんとせんか! 泣いておる場合ではないぞ! お館様の最後の御雄姿を、次代様たちに伝えるべく、目を凝らして見届けねばならぬのだ。それにお館様の最後の命令…………これだけは何としても果たさねばならぬぞ」
そう言うダグラスの目にも、熱い涙が溢れていた。
ダグラスは臣下の中でも最古参。
ネヴィル家がまだ王都で暮らしていた頃よりの臣であり、以来数十年、ジェラルドやダレンと共に苦楽を共にした間柄である。
共に幾多の戦場を駆け、共に荒野を耕した。
その長きに渡る関係は、血や身分を越えていると言っても過言では無い。
そのダグラスが、殉死する素振りも見せずに、ただただ愚直なまでに、ダレンが最後に託した使命を果たさんとしているのだ。
その姿を見た者が、ひとり、またひとりと立ち上がっていく。
まだその目からは熱い涙が迸っていたが、その涙の奥には強い決意の影が現れていた。
ーーー
「お待たせ致したネヴィル卿。某はノルト王国にて男爵位を授かりしもので、名をカーライル・クリスカと申す」
カーライルと名乗る男は、供も連れずに一人で馬でやって来た。
そして颯爽とした動きで馬から降りると、武人らしく剣を掲げ、きびきびとした礼をする。
そしてカーライルは手綱を引き、馬首を自陣の方へと向けると、馬の尻を優しく叩いた。
尻を叩かれた馬は軽く嘶き、ゆっくりと来た方向へと戻って行く。
これは既に馬を失っているダレンへの配慮であった。
カーライルは、ノルト王国の一部では豪勇かつ清廉高潔な戦士であることで有名な漢であった。
「御配慮痛み入る。某はガドモア王国にて貴卿と同じく男爵位を授かりし、ダレン・ネヴィルと申す」
ダレンもまた、黒豹の名に恥じぬ颯爽とした動きで剣を掲げ、戦場に於ける貴族の、そして騎士たちの見本ともいえるであろう、見事な礼を返した。
ダレンとカーライルの視線が、互いの顔を捉える。
両者とも、これから血みどろで、命の奪い合いをするとは思えぬ涼しげな顔。
そして驚くことに、その口許には戦場にまるでそぐわぬ様な、優しげな微笑を携えていた。
「この期に及んでは、最早語り合う言葉も無し」
「同感。では、始めようか!」
どちらが先に剣を構えたのだろうか?
まるで呼吸を合わせるように、そして鏡を合わせたように同じ構えをとる二人。
「では、参る!」
「いざ、勝負!」
掛け声と共に両者は大きく踏み込み、剣を一合交える。
この一合は、一騎打ちに於いての作法のようなもの。
決して本気の一撃ではない。
だが、ダレンもカーライルも、相手が尋常ならざる強さの持ち主であることを、瞬時に悟った。
そしてすかさず放たれる返しの一撃。
ここからは本気の本気、これより先は作法も何も無し。
そこにあるのは勝つか負けるか、生か死かのみである。
二合、三合と剣の応酬は続き、剣を重ねる度に舞い散る火花は、正に戦場に咲く花のようであった。
この時ばかりは敵も味方もなく、誰もが時を忘れ、声を上げることなく、ただ鳴り響く金属音に耳を傾け、鮮やかな舞のように、激しく入り乱れる二人の姿に固唾を飲んで見守り続けた。
この日のこの二人の戦いは、のちにそれを見た者たちの口から口へと伝えられ、それはやがて戦史の一隅を彩る伝説となる。
二人は戦い始めてから、既に三十合以上は剣を交えていた。
身体はダレンの方が大きいが、ダレンは連日の戦闘と、この日の朝からの激闘で疲労困憊。
だがその疲労も、死を覚悟し、その命をここで燃やし尽くすことで一時的に忘れることが出来た。
対するカーライルは、ダレンよりも頭半分ほども小柄ではあったが、これまた豪勇の名に恥じぬ武勇の持ち主であり、体躯の差を物ともせずにダレンと互角に渡り合う。
このままこの一騎打ちが、永遠に続くのではないかと誰もが思った事だろう。
だが、その終わりはあっけなく訪れることになる。
死を決した鬼気迫るダレンの剣が、カーライルの肩口から首筋を狙い打ち込まれる。
それをやや焦りを見せながらも、必死に剣を立てて防いだその時である。
ダレンの持つ、ネヴィル家伝来の家宝の剣は、その刀身の半ばから悲鳴のような甲高い音を立てて、砕け折れた。
ダレンは折れ砕けた剣を見つめると、ふぅ、と大きく息を整えるように肩を落とした。
「ダレン卿、剣を変えられよ」
カーライルは追撃の手を止め、一歩下がりながら言った。
「…………いや…………予備の剣は御座らん。これにて終いで御座る」
ダレンは折れた剣に、自分の姿をを重ねていた。
折れた剣と同じように、自分の身体から闘志が砕け散ってしまったダレンは、目をつむり、その首をカーライルに差し出した。
「剣を折られては、某の負けである。さぁ、首を取られよ」
カーライルは武人である。
敵とはいえ、敗者を嬲るような真似を、主命であってもしない男である。
カーライルは、ダレンの意を汲んだ。
「何か言い残すことは?」
敗者への手向けの言葉…………これをダレンは待っていた。
「では、一つだけお頼みしたき儀が御座る」
「何なりと…………」
「後ろの丘に居りし我が臣たちは、朝からの激闘ゆえに最早精根尽き、戦う力が御座らぬ。そのため、無暗に害を加えず、虜囚とされたし。ネヴィル家は、彼の者たちの身代金を、必ずや払う事を約束致すゆえ……」
「承った。このカーライルの名誉にかけて、約定、御果たし申す!」
この期に及んでまで、臣下の命を救わんとするダレンの姿に、カーライルの胸は熱くなった。
「感謝致す。これで思い残すことなし」
ダレンは折れた剣を打ち捨て、膝を降り、首を差し出す。
カーライルは三歩前に進むと、猿叫を上げながら、この日一番力強く、正確な一撃をダレンの首筋へと放った。
ダレン・ネヴィル…………享年三十二歳。
その潔い最後を聞いた多くの者たちは、敵味方なくその死を悼んだという。




