最後の交渉
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台風に地震と、とんでもない一週間でした。
被災された皆様に、この場を借りてお見舞い申し上げます。
ノルト王国軍の攻撃を四度跳ね返したダレン率いるネヴィル軍は、最早限界を超えていた。
大半が戦死し、大なり小なり誰もが何かしらの傷を負い、体力は既に尽き、立っているのがやっとの有り様であった。
それは当主であるダレンとて同じ。
これ以上は大した抵抗も出来ず、ただ無残に首を取られるだけに違いない。
ダレンは再編成中の敵からふと目を離し、生き残った家臣たちを見て呟いた。
惜しい、と。
「お前たちに、儂から最後の頼みがあるが聞いて貰えるだろうか?」
「はっ、何なりとお申し付け下され」
よろよろと槍を杖にして近付いて来たダグラスが、力尽きたのではないかという勢いで、ダレンの前にひれ伏した。
見れば肩口に矢を受け、太腿にも裂傷を負っている。
「この期に及んで、一つだけ気がかりな事がある。やはりいくら出来が良くとも、息子たちはまだ幼く、父は老いている」
「はっ、しかしながら、最早事ここに至っては、どうすることも出来ず……そのためにギルバート様をお逃がしあそばせられたのではありませぬか?」
「うむ、そうだが……ギルとて、無事に逃げ帰ることが出来るかどうかはわかるまい。そこでだ。お前たちにも生き残り、ゆくゆくはネヴィル領へと戻り、息子たちを補佐して欲しいのだ」
「は? 何と仰られる。そのようなことが可能であるはずが御座いませぬ。最早我らには走る気力すら遺されては居りませぬ。出来る事といえば、一つ所で主従揃って、最後を迎えることのみで御座いまする」
ダレンはその言葉に首を振った。
些か苦しいが策があると。
「お前たちは敵に降れ。この人数であれば身代金も払えよう。そして帰郷した暁には、お前たちの有する豊富な経験で息子たちを……アデルを補佐してやってほしい。さすれば、儂は安心して旅立てるというものだ」
「いやいやそれは、あまりにもご無体というものでしょう。我らはダレン様と共に死するべく、ここに残りましたれば、そのような命は受け入れ難く……」
「命令では無い。最初に言ったであろう? 頼みだと。そしてお前は、何でも聞くと言ったではないか。ネヴィル家中の男に二言はないぞ。一度口に出した言葉は、命を懸けてでも守って貰おうか」
ダレンは、悪童のように呵々と笑った。
「では、では、お館様も共に降りましょう」
「それは出来ぬ。何故ならば、儂は敗軍の将である。陛下の御気性からして、戦後に敗戦の責を押し付けられる身となろう。その時に勇ましく戦って戦死しているなら未だしも、命惜しさに敵に降ったとあれば、ネヴィル家はその家門を失うこととなるであろう。ゆえに、儂は今ここで死なねばならぬのだ。だが、お前たちは違う。この苦い敗戦の経験を、息子たちに伝えてほしい。そしてこれを…………」
そう言ってダレンがダグラスに差し出したのは、ギルバートに渡した手紙と同じものであった。
蜜蝋で封をされた手紙の中には、遺髪も入っている。
「ギルに託したものと同じものだ。この手紙には、儂なりに考えた今後のネヴィル家の舵取りが書かれておるゆえ、必ずやアデルに届けてほしい」
いつまでも俯き、啜り泣くダグラスの手を無理やり取り、その手にしかと手紙を握らせる。
「お前たちも頼むぞ。ダグラスが倒れたら、次の者が引き継げ。良いか、これ以上の無駄死には無用ぞ。必ずや生きて帰り、その命をコールスの大地のために使え!」
生き残った者たちは、一人の例外も無く涙を流した。
それとは反対に、ダレンだけが晴れやかな笑みを浮かべていた。
ダレンは、のっしのっしと力強い足取りで、ネヴィル家の旗の元に歩み寄ると、旗を手に取り、そのまま敵に見えるように大きく左右へと振った。
これは戦場に於ける、敵との交渉の合図である。
ーーー
「なに? この期に及んで交渉だと?」
ネヴィル家の交渉の合図を見た兵が、レイバック子爵に伝えると、レイバックは興を削がれたように、フンと鼻を鳴らした。
「今更ながらに交渉とは、降伏するということでしょうか?」
副官の言葉に、レイバックはそれ以外に何があるのかという顔をした。
「まぁ良い。聞くだけは聞いてやろう。それが貴族の作法だからな」
レイバックも旗も振るように命じ、交渉を受け入れることにした。
丘に立て籠もるネヴィル側から、一人の偉丈夫が交渉のために降りて来る。
それを見てレイバックも、二人の騎士を交渉の使者として送り出した。
「ネヴィル男爵家当主、ダレン・ネヴィルである。まずは交渉に応じてくれたことに厚く礼を申す」
「我らはレイバック子爵に仕える者。この期に及んでの交渉となると、降伏かと思われるが如何に?」
それを聞いたダレンは、大口を開けて大笑した。
「な、何がおかしい!」
「無礼であるぞ!」
使者たちは突然笑い出したダレンの姿を見て激昂した。
「いや、すまぬすまぬ。卿らが早合点しておるのがおかしくてな…………誰がいつ降ると申したか! 儂はガドモア王国にて男爵位を授かりし者。雑兵にくれてやる首は無し。ゆえに、貴軍の名のある者との一騎打ちを申し入れる!」
「なっ、なんと」
「一騎打ちだと?」
降伏の申し入れだとばかり思っていた使者たちは、思いっきり面を喰らった。
「左様。それとも、貴軍には名のある勇者はおらぬのか? ならば仕方なし」
ダレンは馬鹿にしたように肩を竦め、踵を返そうとする。
「ま、待たれよ! ネヴィル卿の望みを主に伝えるゆえ…………」
使者たちは急ぎ自陣へと駆け戻った。
「なに? 一騎打ちじゃと? それにネヴィル家は準男爵ではなく男爵であったと? ふ~む」
報告を受けたレイバックは、腕を前に組みながら唸る。
この期に及んでの一騎討ち、ネヴィル家は何を企んでいるのか、その真意を探ろうとするが、たとえ一騎打ちに勝ったところで、最早戦局を引っくり返せるはずもなく、ただ単に冥途の土産として最後に力いっぱい悔いなく武勇を振るってみたいだけなのではないか、とい結論に達した。
「ネヴィル家は、武家に御座いますれば…………」
「最後の名誉というわけか」
「左様で御座いましょう」
「よかろう。ここまで戦った敵に敬意を払おうではないか。して、誰を行かせる?」
「ネヴィル家は男爵位で御座いますれば、あまり位階の低い者をお出しになられますと、勝っても負けても当家が笑いものになりましょう。ここは、カーライル男爵あたりがよろしいかと。位階も同じ男爵位でありますし、カーライル卿は豪勇で知られる猛者でありますれば……」
カーライルの名を聞いて、レイバックは誰にも聞こえないように小さく舌打ちした。
ここまでネヴィル家の名声を高めてやったのも、自分が刈り取るためであったのが、ここに来て他人に最後の手柄を譲らねばならないとは、何ともいえぬ悔しさがある。
「そうだな、カーライル卿が適任であろう。卿は生粋の武人であることだしな……」
もしカーライルがしくじれば、その時には自分の家の者を送り出せばよい。
カーライルが勝ったならば、その功績を褒め称え、褒め殺すことで自分のシンパにすれば良いだけのこと。
単純な武人ならば、その後いかようにも、自分の手のひらの上で転がすことが出来るだろうと、レイバックは考えた。
こうしてダレンの望み通り、両軍同意の上の一騎打ちが行われることとなった。




