高められた名声
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「小勢ながら、なかなかに小癪な敵よの」
残敵掃討の任にあたっているレイバック子爵が、丘の上に陣取り、味方が去ったにもかかわらず、なおも抵抗を続けるネヴィル家を見て、眉間に皺を寄せる。
「あの旗は、ネヴィル準男爵家のものかと思われまする」
付随する紋章官が、旗を見てその小癪な敵の正体を明かすと、周囲からは納得の声が上がった。
この時点でノルト王国には、ネヴィル家が陞爵し、男爵位を得たことは伝わってはいない。
ネヴィル家がいくら戦場で勇猛且つ精強とはいえ、所詮は辺境の一小貴族。
もし知っていたとしても、その情報はそれほど重視されはしないだろう。
「ああ、なるほどな。ネヴィルの黒豹か…………片割れの白豹はどうした? 姿が見えぬようだが」
「はて、如何したのでしょうな? 既に撤退した味方に紛れ退いたのか、それとも討ち死にしたのか……」
この会話をもしダレンが聞いていたのならば、満面の笑みを浮かべたことだろう。
夜陰に紛れて、撤退する味方とは違う方向に脱出したギルバートは、上手くこの包囲網を抜け出すことに成功したのかも知れないと。
「しかしなんにせよ、あれはやり辛い」
「誰が見てもわかる死兵ですな。撤退する味方を庇っての事でしょうが、如何せん数が少なすぎます。我責めにすれば、相応の損害は出るものの、撃ち破れぬことはありますまい」
副官の言葉を聞いたレイバック子爵は、そんなことは言われずともわかっておると、フンと鼻を鳴らす。
それよりもだ。
やり辛いといったのは、誰にその損害を引き受けさせるかの人選のことであった。
誰だって死を覚悟した敵に攻撃を仕掛け、多大な損害を被る事を好むはずがない。
副官は、ただ戦場の一局面のみを見ての発言であったが、レイバック子爵はさらにその先、此度の自分の武勲に対する、麾下に配された貴族たちからの後押しを考慮していた。
それをここで損な役目だからといって押し付ければ、彼らの機嫌を損ね、口添えを得られないなどということにもなりかねない。
「結局、貧乏クジは自分で引くしかないようだな」
そうと覚悟を決めたら、後はどうやって己の武勲に色を付けるか……。
強大な敵を討ち破れば、それだけ当然の事ながら味方からも、そして王からの評価も高まるというものである。
その点では、このネヴィル家というのは、小貴族ながらもある程度は名が知れており、どうにか及第点ともいえた。
この敵としてのネヴィル家、その勇猛果敢さは前線に配されることの多い、小貴族たちからの評価はすこぶる高い。
ネヴィル家は当主もそうだが、一兵士に至るまで身体が大きく、屈強であった。
これには確たる理由が存在した。
それはネヴィル領のあるコールス地方の雄大な自然と、ネヴィル領での食生活に起因する。
まずコールス地方は、あまり開拓が進んでおらず豊かな自然がそのまま残っているため、野生動物の宝庫でもある。
山野には鹿や兎を始めとする動物が生息し、この地域を流れる川にはあまり美味しくはないが、大鰻を始めとする川魚が獲れ、秋になれば鮭、鱒の類が遡上してくる。
またネヴィル領で主食とされ栽培されているのは、ガドモア、ノルト、イースタルの三国ではあまり主食とされる事の無い豆類と大麦である。
豆類は植物性たんぱく質に富み、大麦は小麦よりも若干ミネラル分が高い。
つまり、動物性たんぱく質、植物性たんぱく質ともに摂取量の多いネヴィル領の人々は、中原といわれる三国の人々よりも大柄であった。
戦場では、その身体の大きさによって強さの差がモロに出る。
ゆえに前線の将兵らは、このネヴィル家を大いに畏れていた。
だが、その高評価はあくまでも直接槍を交える前線でのみ。
後ろに控えるやんごとなき身分の者たちの耳にまでは、届いてはいない。
そこでレイバック子爵は、考えた。
このまま死兵と化した小勢のネヴィル家を、ただ討ち破っても大した評価は得られまいと。
ならばどうするか?
こうすればいい。
この丘に布陣し続けるネヴィル家の名を、レイバックなりのやり方で極限にまで高めてやろうと。
そうすれば、王の耳にまで届き、此度の武功により一層の彩りを添える事が出来るだろうと。
「この大軍に囲まれても、旗を微塵も揺るがせぬとは真に天晴れな敵じゃのぅ」
レイバック子爵は、これから攻め、討ち取ろうとするネヴィル家を敢えて褒め称えた。
「まことに。しかも殿を買って出るとは、貴族の中の貴族ともいえる心意気」
レイバックの思惑通り、太鼓持ちの輩が乗って来た。
しめしめと思いつつも、顔には出さずにさらにネヴィル家を褒め続ける。
「その通りじゃ。貴族たる者の心構えとして、このような状況に至ってはじたばたとせずに、あのようにして武名を高めて死にたいものじゃて」
麾下の将兵らも、丘の上に悠然とたなびくネヴィルの旗を見ながら頷いた。
「さて、優れた敵には敬意を表さねばならぬ。総大将たる儂自ら相手をしようではないか」
ここで誰かに武功をかっさらわれては、元も子もない。
死兵に対し、総大将自らの攻撃は危険と諭す者もいたが、レイバックは名誉には名誉で応じなければならないと首を横に振った。
勿論これは演技である。
見たところネヴィル家の生き残りは、既に二百を切っている。
この程度の数の敵ならば、数の暴力でいかようにも押し切る事が出来るだろう。
それに敵は三度も戦い、体力、精神ともに少なからず疲弊しているはず。
万が一は起こり得ないとの判断であった。
レイバックは麾下の将兵らには丘を包囲するのみにとどまらせ、自家の兵のみでの攻撃の準備を進めさせた。
ーーー
一方その頃、ダレンたちはというと、
「すまぬな、お前らにはとんだ貧乏くじを引かせてしまった」
当主であるダレンが、共に残り戦い続けた者たちに頭を下げていた。
脱出組のギルバートが率いて行ったのは、未来ある若者たちや負傷兵たち。
残ったのは老兵や、走る事の出来ぬような傷を負った兵たち。
その中には、最古参の家臣であるダグラスの姿もあった。
「いやいや、なんの、なんの。お館様、もったいのう御座いますぞ。頭をお上げ下され。我らの未来はギルバート様と故郷におわせられる次代様たちに託しました。後は敵味方に侮られぬよう、潔く散るのみです」
ダレンを始め、ここにいる誰一人として生還の希望など抱いてはいない。
これより先は、後を託した者たちがよりやりやすいように、ネヴィル家の武名を損ねることなく勇戦し、散るのみである。
「敵が陣形を変えましたぞ!」
兵の報告に、ダレンはいよいよ最後の時を感じた。
次の攻撃をこの人数では支えきれまい。
既にダレンは元より、ここにいる誰もが相次ぐ激戦により、大なり小なりの手傷を負っている。
もはや肉体としての限界は越えていると見るべきである。
「今まで当家に良く仕えてくれた。改めて礼を言う。別れの盃は昨晩済ませた。後は笑って死するのみ。天上で再び会おう!」
応、と全員が、槍を、剣を天へと掲げた。
これより先は一切の言葉は要らない。
後はただ、命を失うまで戦い続けるのみである。
ノルト王国軍の再布陣が終わり、時を置かずして四度目の名も無き丘の攻防が繰り広げられる事となった。
攻撃側の総大将であるレイバック子爵は、損害を恐れずに一気に出せるだけの兵をけしかけた。
単純に大きく兵力が勝っているのであれば、多少の損害は考慮しつつも数で押し切る。
これは実に正しい判断である。
ここで損害を恐れ躊躇したり、兵力を小出しにすれば、結果として時を稼がれ、背を見せて撤退するガドモア王国軍という大魚を逃すことにもなりかねない。
そのため、レイバック自身が前線近くまで馬を出し、声を張り上げて督戦した。
にも拘らず、ネヴィル家はこの四度目の攻撃を跳ね返したのである。
小勢にここまで苦戦させられたレイバックは、悔しさに顔を朱に染め、持っていた乗馬用の鞭をへし折りつつ陣形を再編すべく、一時兵を退いた。




