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包囲殲滅戦

ご指摘、感想ありがとうございます! 


仕事の都合で、投稿が週一になってしまいました。去年までの暇さが、まるで嘘のように忙しく、そのために自由な時間が取れず、週一くらいのペースとなってしまいそうです。

大変申し訳ありません。

 

 自国へと侵攻して来るガドモア王国に対して、ノルト王国の本格的な反撃が開始された。

 ノルト王国は、此度のガドモア王国の侵攻に対して、焦土作戦を始めとして用意周到であった。

 ノルトの若き王であるシルヴァルドが言った、袋の口を閉じるとは、ノルト王国内にまで侵攻し、然したる障害も無く進軍し、突出した先鋒軍団の包囲殲滅であった。

 また、この包囲陣を敷いたタイミングが絶妙であった。

 先鋒軍団の後ろに控える北侯の軍は、失地の回復を図るために、元北方辺境に麾下の軍を散らばせていた。

 包囲された先鋒を助けようにも、まずは麾下の将兵たちを再び糾合しなければならないため、即座に動くことが出来ない。

 また、本陣では先鋒軍団がノルト王国軍によって包囲され、殲滅の危機にあるとの報が届くと、その報に肝を冷やしたガドモア王国の王であるエドマインは、援軍を出すどころか、近臣たちを引き連れて尻尾を巻いて退散した。

 これでガドモア王国の先鋒軍団は、孤立無援となった。

 包囲網は日に日に狭められ、先鋒軍団の最先鋒であるネヴィル家を含む三家も、厳しい退却戦を強いられる事となった。

 ここで背を見せて敗走すれば、たちまちの内に全滅の憂き目に遭うことを熟知している三家は、最初に迫りくる敵軍に対し、猛然と反撃した。

 三家の火の出るような激しい反撃により、損害を被ったノルト王国軍は、これは退却を断念した敵の、自暴自棄による攻撃……即ちこれは死兵であると判断し、無駄に相手に付き合って大損害を被る事を嫌い、一時兵を退いた。

 この僅かな隙に、三家は攻勢を止めて反転、一気に逃走を図った。

 これは俗に云う、かかり退きという戦法である。

 それに気付いたノルト王国は、その後も執拗に先鋒軍に喰らい付いて来るが、ここも三家で力を合わせた繰り退きにより、小さくはない損害を出しながらも、先鋒軍団との合流を目指した。

 しかし、既に先鋒軍団は、ノルト王国による徹底的な包囲殲滅作戦により壊滅状態。

 総大将であるアークブロイス伯爵、副将であるブローギス子爵の姿は既に無く、その生死すら不明であった。

 残った将兵らは、残存兵力を以って、包囲網の突破を試みる。

 が、ここで、これまで互いに協力してきた三家の考えが割れた。


「ここは残存兵力を集中し、北候が押さえている地まで最短距離で、ひた走るべきである」


 そうモーレイ男爵が言うと、グリムスダ準男爵も頷いた。


「いや、これだけ用意周到であれば、それも敵も想定しているだろう。ここは敢えて敵の虚を突くために、我々だけでも西へと逃げるべきであろう」


「馬鹿な! すでに麾下の将兵は傷付き、その数も半減。そのような小勢では、追い縋って来る敵によって、たちまちにも食い殺されてしまうわ」


「然り。ここは皆一丸となって一刻も早く、国へ戻るべし」


 結局ダレンの意見は受け入れられず、モーレイ、グリムスダの両家は、残存の先鋒軍団と行動を共にすることとなった。


「ギル、お前はどう思う?」


 ダレンは自分よりも遥かに軍事に明るい、弟のギルバートに意見を求めた。


「兄上の考えは、間違っていないと思う。だが…………三家が協力すれば未だしも、我ら単独ではいささか厳しいかも知れない」


 それを聞き、ふむ、とダレンは顎に手を添えて考え込む。


「確かにお前の言う通りかも知れん。だが、既に連絡も補給も絶たれた生き残りの先鋒軍に、ノルトの厳重な包囲網を突破出来るとは思えぬ」


「それは俺も同じ思いだが…………兄上には何か考えがおありか?」


 ギルバートの問いに、ダレンは晴れ渡った西の空を見上げながら、ふっ、と薄く笑った。


「ギルよ…………お前にひとつ頼みがあるが、聞いてくれるか?」


 俺に出来る事なら何なりと、とギルバートは頷いた。


「ならば今夜、夜陰に紛れてこの陣を離れよ。明日になれば敵もこの地に集結し、我らを殲滅せんと総攻撃を仕掛けて来るであろう」


「兄上は?」


「俺は残る。いや、残らざるを得ない。俺は、当主だ。故にここで死なねばならぬ」


「馬鹿なことを! 兄上無くして、この先どうするのか!」


「後の事は、ギル…………お前と父上とアデルに任せる」


「嫌だ! 俺も残る! 死ぬならば共に死のう!」


 馬鹿者、とダレンはギルバートの両肩を強く叩き、次いでその両手をきつく握り締める。


「いいか良く聞け。この戦が終わった後、王の御気性からいって、その敗戦の責を我々先鋒軍に押し付けるであろうことは、これまた明白である。そこで、当主がむざむざと生き恥を晒していれば、間違いなく戦犯にされよう。そうなれば家が滅ぶ。だが、ここで最後まで踏みとどまり続け、戦死したとなればおそらくは、取り潰されるようなことは無いだろう。幸いにして、後を継ぐアデルは、若年ながら俺などより遥かに聡明である。ギル、お前は何としても生き延びて故郷くにへと戻り、その軍才を以ってしてネヴィル家を支えてくれ、頼む……」


 ギルバートはダレンの顔を見た。

 そこにはこれまでにも幾度となく見た、戦場で死を覚悟した者が宿す、諦観にも似た穏やかな笑みがこぼれていた。


「兄上…………俺は、義姉上や父上、アデルたちに何と言えば……………………」


 ギルバートの目から、どっと熱い涙が零れ落ちる。


「この手紙を渡してくれ」


 ダレンは既にこのような事態になることを予想していたのか、予め遺書のような手紙を用意していたのだった。


「囲みを破るのは容易では無いが、必ずや生きて帰れよ。逃げる方向は西だ。西の山沿いに南下せよ。小勢であればあるほどに、敵も本格的には追撃しまい。そこに活路があるはずだ。決して諦めるでないぞ」


 最早、事ここに至ってはこれ以上の言葉は不要であるとばかりに、ダレンは口を閉ざした。

 ギルバートは、共に死のうと言った自分の浅はかな言動を恥じた。


(そう、俺たちは貴族。貴族ならば、何をしてでも家を残さねばならないのだ。それが貴族というものなのだ)


 ギルバートは涙を指で払った。

 その顔にはもう迷いの影は微塵も見受けられなかった。

 ダレンもギルバートも、今の自分に出来る事をやるだけであった。

 その日の内に、ネヴィル家は部隊を二手に分けた。

 ギルバート率いる脱出部隊には、無傷の者や若者を。

 ダレン率いる囮部隊には、負傷兵や老兵たちが残った。


「総攻撃は明朝だろう。全員に飲酒を許可する。それと、保存食などは全てギルバートの部隊に渡すように」


 ダレンとギルバートは互いの腕を交差させつつ、杯に注いだワインを飲み干す。

 そこに涙は無かった。

 周囲の者たちも、負傷兵までもが、最後の酒を楽しんだ。

 誰が唄いはじめたのか、遠い故郷の民謡が流れる。

 やがてそれは合唱となり、ネヴィル家の陣だけがお祭りのような騒ぎとなっていた。



 ーーー



 明朝、ダレンの予測通り、ダレンたちが、多くの犠牲を出しながら必死に撒いた部隊の合流を果たしたノルト王国軍は、包囲網を一気に狭め、ガドモア王国の先鋒軍団の残存部隊を逃さんとして猛然と逃げる背に襲い掛かった。

 指揮官不在で、補給も絶たれており、士気が皆無のガドモア王国先鋒軍の残存部隊。

 人は何かから必死に逃げる時には、自然と脱出路や安全地帯に向けて、最短と考えられるルートを辿ってしまうものである。

 これもダレンの予測通り、ガドモア王国軍の逃走ルート上には、ノルト王国軍が待ち構えており、前から横から後ろからと、次々に襲い掛かっては麦の穂を刈るように、軽々とその命を刈り取っていった。


「丘の上に旗を立てよ!」


 小高い丘の上に陣取ったダレン率いる残留部隊は、その丘の頂上にネヴィル家の旗を堂々と立てた。

 その目立つ旗に惹かれて来る敵を、ダレンたちは三度撃退。ギルバートらが脱出しやすいようにと、少しでも目立とうとしながら、彼らが逃げる時間を稼ぐ。

 今回の包囲殲滅戦に於いて、最後まで踏みとどまって戦ったのはネヴィル家のみ。

 さらには三度までも敵を防ぎ、撃退した闘志は敵からも称賛の声が上がった。


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