焦土作戦
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「これは…………またというか、徹底していると言うべきか…………」
「しかしこの徹底ぶり、ノルトは本当に食糧難であり、単に我らとの決戦を避けているだけ、とは考えられませぬか?」
「砦まで破却されているのは、我らに強固な補給地を作らせないためとも考えられるな」
旧ガドモア王国北部辺境を進軍中の、ネヴィル、モーレイ、グリムスダの三家が道中見たのは、焼き払われ、人っ子一人いない廃村と、実る前に刈り取られた畑、そして破却された砦の数々であった。
ここまでノルト王国軍は姿を見せてはいない。
そのため進軍速度は類を見ない程に早いが、あてにしていた村々での徴発という名の略奪も出来ず、将兵らの士気は下がり、食料の目減りも早かった。
さらには敵が一向に姿を見せない事で、兵たちの緊張は完全に解けてしまっている。
「兎に角、ここは一度進軍を止め、アークブロイス伯に判断を仰いだ方が良かろう」
あくまでもこれは敵軍の罠であるとの持論を崩さないダレンは、ことここに至っては、さらに慎重に慎重を重ねるべきではないかとの提案をする。
この提案に、モーレイ、グリムスダ両家も異議はない。
すぐに三家合同の使いが、後方を進軍中のアークブロイス伯の元へと走った。
三家の使いからことのあらましを聞いたアークブロイス伯は一時進軍を停止し、直ちにその報が正しいかどうかを調べるために、方々へと偵察の兵を派遣した。
数日後、偵察兵が持ち帰った情報は、三家のもたらした報とまったく同じであった。
「むぅ、儂の判断に余る問題である。陛下にご奏上し、判断を仰ぐとしよう。それまでは、陛下の御命令通り進軍し続けるものとする」
こうして先鋒軍団の進軍は再開された。
アークブロイス伯からの伝令で、進軍を再開せよと命じられた三家は、やれやれと肩を竦めながらも、王国貴族として国王の下知に従う他は無かった。
アークブロイス伯が国王の元へと送った伝令は、間にいる北候の軍勢に道を塞がれ、難儀しながらも十日後に国王の元へと辿り着くことが出来た。
「ふむ、これはどうしたものかな?」
暗愚で知られるエドマイン王に、判断を仰いだのはアークブロイス伯の失態と言えるかも知れない。
「陛下、これはノルトが我らの武威に恐れを為したに違いありませんぞ!」
「然り、敵の抵抗が無いということは、こちらの損害も無いということ。このまま進軍を続けるのが宜しいかと存じ上げまする」
エドマイン王の近辺には、王の威光にあやかり、その身から滴り落ちる蜜を吸う奸臣、佞臣の類しかいない。
苦言や忠言をするような者たちは、左遷されたか、もう既にこの世にはいないかであった。
「そうか、諸卿らがそう言うのであれば、正しいのであろう」
自分で出征を決めたにも関わらず、エドマイン王の関心と反応は薄い。
それもそのはず、恰好を付けて自らも出陣したものの、情けないことにものの三日で、天幕暮らしに厭いたのであった。
エドマイン王には、もはやこの戦が勝とうが負けようがどうでも良くなっている。
早くこの不便な天幕暮らしを止め、一刻も早く王宮に帰りたいという思いだけが、心の内を占めていた。
「このままですと、敵に会わずにノルトの王都を落とせそうですな」
「そうか」
「少なくとも、何かしらの軍事的成果を上げる前に、撤兵するなど考えられぬ事でありましょうぞ」
「そうだな」
相も変わらずエドマイン王の反応は薄い。
それでも近臣たちは、この戦での勝利がもたらす巨利を延々得々とエドマイン王に説いた。
それによってかろうじてだが、エドマイン王の心と体を、この天幕に縛り付けておくことに成功する。
「しかし、このままでは兵糧が心配で御座います。一切徴発出来ぬとなると、用意した分だけではとても……」
一人の臣が、兵糧の不足を指摘する。
「余は預かり知らぬことよ。卿らで何とかいたせ」
元々国境線での一戦を考えており、王の大言壮語は兎も角として、諸将は今回は精々、ノルトに奪われた領地の一部の回復程度としか、考えていなかったため、諸将がそれぞれ持ち寄った兵糧は、それほど多くは無く、寧ろ短期決戦並みに少なかった。
「はっ、しかしながら前線の報告とは、しばしば大袈裟に語られるものでありましょう。流石に村々の全てが焼き払われたとは思えませぬゆえ、ご心配は御無用かと存じ上げまする」
こうして何ら対策も立てられぬまま、かえってもっと素早く、奥深く進軍せよとの命令がアークブロイス伯の元へ届いた。
アークブロイス伯も徴発出来ず、目減りして来た兵糧の心配もあったが、国王の命令に背くわけには行かず、進軍の速度を上げた。
当然、そのアークブロイス伯より先を行く三家にも、進軍速度を上げるよう命令が届いた。
「このまま進軍するは良いとして、我らが持って来た兵糧には限りがある。この先々でも徴発が行えぬとなると、不安ではあるな」
「陛下より直々に進軍命令が届いたということは、後方より兵糧が届けられるのではないか?」
「……その点については、あまり期待しないほうが良かろう」
三家は渋々ながらも、命令通り進軍し始めた。
ーーー
「敵の動向はどうだ?」
ノルト王都であるルーオレの王宮では、ノルトの若き王であるカール・シルヴァルドが、廷臣たちを集め罠にかかったガドモア王国軍の動向に関する報告を受けていた。
「はっ、ネズミどもは罠にかかりました。しかしながら、その数が意外と少なく……」
「詳しく申せ」
「はっ、細作によりますと、先鋒の大将はアークブロイス伯爵、副将はブローギス子爵で、率いている将兵の数は凡そ三万弱とのこと」
先鋒軍だけで三万とは、と廷臣たちの口から驚きの声が洩れる。
「続いて第二陣は北候率いる三万五千から四万。しかしながら、北候は旧領の回復に固執し、深くまで攻め入って来てはいない模様」
「そうか、では罠に掛かったのはその先鋒三万だけということか」
想定よりも少ないというべきか、それとも先鋒にそれだけの大軍を用いてくれたことに感謝すべきか。
「はっ、そうなりまする。これだけの大掛かりの策、掛かったのが三万弱とは、いささか残念ではありますが……」
「仕方があるまい。エドマインはどうせ動かぬし、北候も失地回復に拘っているとなればな」
元ガドモア王国北部辺境に住んでいた者たちは、すでにノルト本国へと移住させてある。
人も居ない、あの荒れ果てた地を再興するには、莫大な金と時間が掛かるだろう。
ということは、当面、北候からのノルトへの侵攻は無いだろう。
その間に、不作続きで弱った国力を回復すべしと、シルヴァルド王は考えていた。
「こちらの準備は万全であります。時期的に、そろそろ奴等も飢え始めている事でしょう」
エドマイン王が発した進軍命令から早一月。
先鋒軍はすでに元ガドモア王国北部辺境から、ノルト本国へと入り始めていた。
その間、徴発も行えず、補給も受けていない先鋒軍は手持ちの兵糧を使い果たしている。
「よかろう、頃合いを見て袋の口を閉じよ」
シルヴァルド王の口から、全面攻勢の命が下った。




