罠の気配
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ネヴィル領を発ったダレン率いる部隊は、西候の領地を抜けて北上、王国の北にある集結場所のカニンガム平野へと到着した。
全軍一度そこに集結し部隊を再編。ネヴィル家は、アークブロイス伯爵指揮下の先鋒軍団へと編入された。
といっても、ネヴィル家は一男爵家であり、扱いは他の弱小貴族らと一括りといったものであり、軍議においても発言権があるわけでもなく、他の弱小貴族と共に隅の方で黙って座っているだけである。
「此度の戦は失地の回復及び、さらに奥深く北上し、ノルトの王都であるリルストレイムを陥落せしめるのが目的である」
先鋒軍団の長たるアークブロイス伯爵の言葉に、列席する全ての貴族が頷いた。
ダレンもその内心はともかくとして、形の上では他の貴族に倣い頷く。
ガドモア王国は、ノルト王国との国境線での戦いに負け続け、北部辺境部の領地の凡そ三分の一を失っていた。
まずはその奪われた土地の回復、そこまではよいと末席付近に座るダレンも考えていた。
だがその先の、一気に北上し、ノルトの王都を突くというのはいただけない。
幾度かこの北での小競り合いに参加した経験からいって、ノルトの若き王は、それを許すような愚か者では無いだろう。
それどころか、ガドモアに大きく国力で水をあけられていながら、じわりじわりと領地を掠め取るようなあたり、只者ではない。
「異論なし! 今回の戦を以ってしてノルトの息の根を止め、返す剣でイースタルを討ち、大陸に覇を唱えるべきである。ここにいる諸将、皆同じ考えに違いなし!」
先鋒軍団の副将たる立場である、ブローギス子爵が自分よりも位階の低い貴族家の総意であるとして立ち上がり拳を握り締めた。
それを見たダレンは、太鼓持ちめが、出来もしない事を大袈裟に吠えおってと、表情を崩さぬまま心中で鼻を鳴らた。
「よろしい。すでに陛下より進軍の催促が来ておるゆえ、軍の再編終了と共に北上を開始する。陣割りはこうだ…………」
自陣に戻ったダレンは、弟であり副将のギルバートや重臣であるダグラスを呼んだ。
「当家他、数家が先陣の、栄誉を賜った」
「我々がですか? 普通ですと先陣の栄誉はそれなりの大身の家が賜るものですが……なぜ、当家のような小身の家に?」
「当家を使い潰す気でしょうか? これまでの戦にてノルトの強兵ぶりは、身に染みてわかっておりますれば、出来れば辞退したいものですな」
「ははは、そうはいかぬだろう。当家の武名に、傷を付けるわけにもいくまいでな…………そこで考えたのだが、先ずは初戦に全力を注ぎ、それなりの功を立てる。その後、後進に手柄の機会を譲るとして、後ろに下がろうと思うのだが」
「それがよう御座います。それならば角も立たずに、後ろに退くことが出来るでしょう」
ダグラスの言にギルバートも頷く。
「よし、当家の方針は決まったな。では、当家と同じく先陣を賜った、モーレイ家とグリムスダ家に挨拶に行って来るとしよう」
「おお、モーレイ男爵家とグリムスダ準男爵家ですか。両家とも前々回に共に戦場を駆けた仲で御座いますな」
「うむ、モーレイ、グリムスダ共に武名高き家柄。僚友とするに心強い限りである」
早速ダレンは馬を駆り、モーレイ、続いてグリムスダの両家に挨拶をしに行った。
モーレイ、グリムスダ両家もネヴィル家の武勇には一目置いており、温かく迎えられた。
今回、男爵家であるネヴィル、モーレイの両家の兵力はそれぞれ五百名ずつ。
準男爵家であるグリムスダ家は、三百の兵を率いて参陣していた。
三家合わせて兵数、千三百。これが、ガドモア王国北伐軍の先鋒軍団の最先陣となる。
この三家以外の北伐軍、先鋒軍団の兵数は凡そ二万六千。
第二陣として、北候率いるガドモア王国北部辺境貴族たち三万五千が控える。
そしてその後に、本陣として国王エドアルド自ら率いる五万五千の将兵らが続く。
早々と陣変えと編成を終えた先鋒軍団は、本陣からの矢継ぎ早やに送られてくる進軍命令に急かされるようにして、カニンガム平野を後にして北上を開始した。
北上し始めて三日、現在のガドモア王国とノルト王国との国境線に差し掛かった先鋒軍団は、盛んに物見の兵を送り、ノルト王国側の出方を覗っていた。
その物見より、国境線上にノルトの影なしとの報を受けたアークブロイス伯爵は、そのまま国境を突破して北上を命じた。
「おかしいと思わぬか? ノルトはここで完全には食い止められぬにしても、先ずは様子見の一戦仕掛けて来るものとばかり思っていたが…………」
敵影一つ見えない静まり返った国境を近訝しむダレン。
ダレンだけでなく、ギルバートもまたその静けさの中に漂う、きな臭さを感じていた。
「噂通り、不作続きでの兵糧不足で兵が出せぬか、それとも…………罠か…………」
「罠だな…………間違いない。見え透いた手だが、ウチの国王陛下は調子に乗るだろうな。兄上、アークブロイス伯に注進すべきでは?」
ギルバートの言葉に、ダレンは首を横に振った。
「無駄だろう。アークブロイス伯は陛下のお気に入り。今回、先鋒を任されたのも、箔を付けてやろうとの陛下の思惑ゆえのこと。伯としては、陛下の御意に応えるために、決して進軍を止めるような事はせぬだろう」
「まして、敵影も見えない内からでは…………か…………」
その通りだと、ダレンは頷いた。
「こちらを自国深くに誘い込む罠だとしても、動向を覗うために少数の兵を要所に配しているだろう。それらを討って功とし、後ろに下がるとしよう」
こうしてネヴィル家は、ノルト側が仕掛けた罠に気が付きつつも、命じられるがままに北上を続けた。
さらに北上を続けること五日。未だノルトのノの字も見つけることは出来ずにいた。
先鋒軍団からの伝令により、そのことを知ったガドモアの国王エドマインは、我が武威に恐れを為したのだと上機嫌で、さらなる進軍を命じた。
流石にこの頃になると、ネヴィル家以外でも、これは自分たちを誘い込む罠であると気付き始める者が、多数現れ始めた。
そうした者たちの要望により、進軍を停止し軍議が開かれたが、アークブロイス伯爵が彼らの進言を取り入れる事は無かった。
それどころか、臆病者と罵るばかりか、陛下の御命令に背く不忠者であるとせせら笑った。
この発言により、戦を知らぬアークブロイス伯と進言をした他家との間に、埋め難い溝が出来上がる。
臆病者呼ばわりされた武家の面々は、半ばやけっぱちになって進軍を再開した。
「臆病者呼ばわりされては、進むしかあるまい。馬鹿馬鹿しいことだが、武家として臆病者の誹りを受けたとしては、後々まで響いて来るからな…………」
ダレンは深い溜息をつきながら、故郷の三兄弟を思い浮かべる。
ここでダレンが悪評を立てれば、後を継ぐアデルが苦労することだろう。
また、ダレンと同じようにギルバートも、幼いわが娘たちの顔を思い浮かべていた。
父親が臆病者呼ばわりされたとあっては、それこそ嫁の貰い手が無くなってしまうだろう。
「兎に角、敵が見つかるまでは前進し続けねばならぬだろうな。たとえ、罠が待ち構えているとわかってもだ」
ネヴィル家も貴族。それも武家であるゆえ、臆病の誹りを受けるわけにはいかない。
同じく先陣であるモーレイ、グリムスダ両家と協議し、即応態勢を整えつつ、北へと出来るだけゆるゆると進軍を再開したのであった。




