ノルトの王
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「気を付けよ、必ずや生きて戻るのだぞ…………」
コールス地方ネヴィル家の開祖であるジェラルドが、出征する息子でありネヴィル家現当主であるダレンの両肩を力強く叩く。
続いてダレンの弟、ジェラルドにとって次男であるギルバートにも同様に両手で両肩を叩く。
「ギルよ、お前の軍才は儂はおろか、ダレンをも遥かに凌ぐものがある。その才を以ってして、ダレンを助けてやって欲しい」
「言われずともそのつもりです。もっとも、私にそのような才があるとは思えませんが、必ずや武勲を挙げ、兄弟揃って帰って来ますとも」
お任せ下さいと、ギルバートは威勢よく胸を叩く。
「あなた……どうか、御無事で……」
「安心して待っていろ。俺が今まで一度だって、戦争に行って帰って来なかったことがあるか? 今度の戦いもそう長くは続かないだろう。俺が帰って来るまで、家と子供たちを頼む」
ダレンは、末子であるサリエッタを抱き上げると、幼児特有の赤く柔らかい頬に、そっと口づけをする。
そして、サリエッタを長子であるアデルに預けると、妻のクラリッサを抱きしめ、長い長い口づけを交わした。
その傍では同じように、ギルバートも妻や子供たちと別れを惜しんでいる。
そして少し離れた集合場所では、同じように出征する者たちが家族との別れを惜しんでいた。
「「「父上、叔父上、ご武運を!」」」
「うむ、アデル、カイン、トーヤ、俺の居ない間は父上に領主代行をして貰うが、お前たちも父上を助けて上げて欲しい。任せたぞ」
「三人とも安心して待っていてくれ、兄上と共に、敵将の首と土産話を沢山持ち帰ってやるからな!」
敵将の首はともかく、土産話は嬉しいなと、三兄弟は笑顔で二人を送り出した。
「しかしよう、いくらノルトが不作続きで国力が落ちているからってさ…………ガドモアだって、反乱や悪政でしっちゃかめっちゃかじゃん…………」
「そう、だから勝てるわけが無い。小競り合い程度の小戦が数戦起きた後に、地図上の国境線が、その小戦に勝った側に有利な様に引き直されるだけだろうね」
「今回の戦の発起人兼総指揮官があの国王では、勝てる戦も勝てはしないだろう。俺たちとしては、父上と叔父上、そして随行する将兵たちが皆、無事に帰ってくればそれでいい」
アデルの言葉に、同感とカインとトーヤも頷く。
三兄弟は見ていなかったが、後ろに居るジェラルドもまた同じ思いであり、アデルの言葉に頷いていた。
「ごめんね。俺たち付きになったせいで、戦場に行って功を上げることが出来なくて……」
アデルが振り返って謝った先には、アデルの近衛であるブルーノ、そしてネヴィル家に仕えて間もないザウエル、バルタレス、シュルトの三騎士がいた。
「滅相も御座いせん。私はアデル様の直臣でありますれば、アデル様のおらっしゃられる所が、私の居るべき場所で御座います」
ブルーノは自分を奴隷の身から引き立ててくれたアデルに対し、盲目的な忠誠心を抱いていた。
相変わらず堅苦しいなぁと、何時でも何処でも真面目なブルーノに、アデルは苦笑いを浮かべる。
「若様がたの護衛という大任をお任せ下さり、我らに不満などあるはずも御座いません」
貴族の子弟の専属の護衛、それも嫡男ともあれば、その家に於いて確たる武勇の持ち主が選ばれることが多く、大抵の場合は名誉である。
それに、このネヴィル家に来てまだ日は浅いとはいえ、この三兄弟の異常性に早くも気付かされた三騎士は、他の者たちと同様に、将来のネヴィル家の飛躍を脳裏に描き始めていた。
「それにしても、ノルトは今回の戦でどう動いて来るだろう? 誰かノルトの国王に関して、何らかの情報を知っている人は居ない?」
国力的にはまだまだガドモア王国が有利、父の勝利を疑ってはいないのだが、それでもアデルの、いや三兄弟の不安を拭い去る事は出来ない。
「情報というものではありませんが、幾つか小耳に挟んだ程度のもので良ければ……」
そう名乗り出たのは、先日仕えたばかりのスイルであった。
よくよく話して見ると、彼は占い、数学のみならず、政治にも経済にも明るく、多数の貴族家の内情にも詳しいという、得難い人材であることがわかった。
「教えて欲しい。ガドモアよりも小国でありながら、幾度も侵攻軍を撃退し、撃退するばかりか逆侵攻して、王国の北西部を切り取った手腕からして、只者ではないことはわかっている」
「わたくしが小耳に挟んだ話によりますと、ノルトの若き国王であるカール・シルヴァルドは、幼少の頃から病気がちであり、そのせいで王位継承の時に一悶着あったそうで……結局は、先代の王の遺言により王位を継承しましたが、国内では未だにそのことについて納得していない者もいるとか……」
「どんな病気かわかる?」
「申し訳ありませんが、詳しい事までは……ただ、一説によると肺を病んでいるとか……」
「ああ、ガドモアは愚かだな……元々ノルトは一枚岩では無く、隙があったのに、直接攻めたことで彼らを結束せしめるとは……」
アデルの言葉通り、大国であるガドモアが攻めて来ると知ったノルトは、ガドモアに対抗するために、一時的ながらも結束して事に臨んでいた。
「そのシルヴァルド王に反対する勢力に陰ながら助力し、内乱を起こさせる等、色々な手があっただろうに。それにその優秀なシルヴァルド王が病身であるならば、無理に攻めることなく、ただ黙ってその死を待っていればよいものを」
カインの言はもっともである。
ノルトを攻めるにしても、病の身であるシルヴァルド王が歿してからにするべきである。
「あっ、もしかしてだけど、今回の戦でそういった勢力が、ガドモアに寝返ったりとか?」
このトーヤの希望的観測は、ジェラルドの言葉で否定された。
「それこそ無いわい。あの王やその取り巻きたちが、そのような気の利いた策を講じるとは思えぬ。それに寝返らすには、それなりの褒美をやらねばならぬが、王は欲は深いがケチでもある。まったく、無益な戦を起こしおってからに…………さっ、そろそろ出征軍の出発の時間じゃ。山海関まで見送りに行くぞ」
こうしてダレン率いる出征軍は、家族に、そして領民たちの盛大なる見送りを受けつつ、山海関を抜けて出陣して行った。
ーーー
「陛下、ガドモアが本格的に動きはじめましたぞ」
そう報告を受けたのは、品の良い調度品が適度に配された部屋の片隅で、ロッキングチェアに体を大きく預けている、銀髪の青年。
もうすぐ夏だというのに、身体が冷えるのか、両ひざを覆うように、膝掛け用のブランケットが掛けられている。
肌は目に見えて血色が悪く、白い。
そしてその片手には、侍医が処方したであろう薬湯が入った銀のカップが握られており、その中身を虚ろな瞳が覗いている。
時折咳き込んでいるその青年の名は、カール・シルヴァルド。
ノルト王国の現国王であり、年齢は今年二十歳になったばかりである。
やがてシルヴァルドは、その報告に答えたり、頷いたりもせずに、ちびちびと苦い薬湯を口に含み、その度に眉間に幾重もの皺を立てる。
しばらくの時間をかけて、渋い表情のまま無言で薬湯を飲み干すと、ようやく報告をした臣に向き直り声を発した。
「で、首尾は?」
「順調にございまする。後は、敵がのってくるかどうか……」
「……のってくるさ、その点は心配ない。エドマイン王は、実にわかりやすい性格をしている。すべては余の手のひらの中だ」
シルヴァルドは再びロッキングチェアに体を預けてその身を揺らし、揺らしながら小声で呟いた。
すでにシルヴァルドの頭の中では、既に勝利は確定している。
後はどれだけ敵に痛手を負わせられるかどうか、ただそれだけであった。




