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北伐

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 目的を果たしたセオドーラは、その後三日ほど滞在し、ネヴィル領を去った。

 セオドーラは滞在中に豆腐を大層気に入ったようなので、ネヴィル家は豆腐のレシピとその原料の豆類をお土産に持たせた。

 王都へと戻る帰り道の馬車の中で、セオドーラは弟子のスイルに、スイルの目から見た三兄弟の姿を聞いた。


「見た目はただの子供ですが、話す内容といい、頭の回転の良さといい、とても十歳の子供とは思えません。ですが、やはり顔を見るに、凶相ではありませんか?」


 スイルの言葉にセオドーラは、顔をくしゃくしゃにして笑う。

 無くした歯から、空気が洩れ、時折笛のような甲高い音が鳴る。


「スイルよ、お前さんはあの子たちを凶児であると言うが、それは無意識の内に王国側から見ているからではないかい? お前さんは弟子の中でもとびきり優秀だが、占い師には向いてないねぇ。占うならば、そう……地に足を付けて物事を見るのではなく、空の上……星々の世界から物事を見なければならない」


 セオドーラに占い師としての才能は無いと断言されたスイルは、悔しさに唇を噛みしめつつ俯いた。

 スイルとしては、母を亡くしてから育てて貰ったせめてもの恩返しに、セオドーラの持つ知識を継承し、後継者となるつもりであったのだ。


「ふっふっふ、スイルや、お前にはわたしの夢を継いで貰いたい。わたしは女だから、いくら知識を蓄えようとも任官すら適わなかった。占い師という職に就いたのも、半ば仕方なくさね。だがお前さんならば、位人臣を極めるほどの器だと思うておる」


「…………あの子供たちに仕えよと?」


「無理にとは言わない。人にはウマが合う、合わないがあるからね。だが、どちらにせよ中原に留まってはいけないよ」


「それが御婆様の望みなら、このスイル、必ずや…………」


 セオドーラが自分のために、色々手を尽くして最善の道を示してくれているのが、痛い程にわかってしまうスイルは、その言葉に身を委ねる決心をした。


「ああ、これでもう思い残すことはないねぇ。人生の最後に、とても面白いものも見れたことだしねぇ……あの三つの彗星が、どのように天を駆けるのかは、スイルが見届けておくれ」


 セオドーラは王都に戻ると、程なくして体調を崩し、そのまま帰らぬ人となった。

 ネヴィル領を訪れてから半年後のことである。

 スイルは、セオドーラの遺言どおり、葬儀を済ませると直ぐに王都を去り、その姿を晦ませた。



 ーーー



 セオドーラが去ってからのネヴィル領では、一つの大きな出来事があった。

 それは、奴隷を買い入れ、領民とする計画の第一弾であった子供の奴隷たちが満二年を得て、晴れて自由の身を得たのだった。

 だが、奴隷から平民となったとはいえ、大半は成人もしていない子供たちである。

 そのまま社会に送り出すことなど出来ようはずも無い。

 そのため、成人まではネヴィル家が後見人として彼らを養育することとなった。

 まず、彼らには希望の職がある者には、その職を斡旋し、特に無い者には公営事業である養蜂と養鶏の仕事に就いて貰う事にした。


「ゆくゆくは彼らは公務員ってことになるのかな?」


「計画が一時中断を余儀なくされたとはいえ、教育をはじめとして、いい経験になったよ」


「うん、特に教育に関するノウハウが得られたのは大きいと思う。引き続き、彼らと、やる気のある領民には教育を施して行こう」


 時は経ち、年改まり三兄弟は十一歳となった。

 冬が終わり、春が訪れようとしていた矢先、セオドーラの弟子を名乗る者たちが、次々とネヴィル領を訪れて来た。

 皆、表向きは占い師なので、西候も通行を阻害することもなく辿り着くことが出来たという。

 勿論その中には、先日セオドーラと共に訪れたスイルの姿もあった。


「大変に失礼な物言いを、どうかお許しください。このスイル、なぜ御婆様がこのネヴィル家……いえ、御三方に強い興味を抱いたのかを、どうしても知りとう御座いますれば、どうか、どうか、臣下の端にお加え頂きたく……」


 よくよく調べてみれば、スイルを除き他の弟子たちは皆、平民の出であった。

 この世界でのインテリといえば、大抵は幼いころから教育を施される貴族である。

 そのため、平民出のインテリというのは、大層貴重な存在であった。

 三兄弟は彼らを官吏として用いるつもりであった。

 大半の領民たちと同じ、平民の出の官吏ならば、領民たちとの間の摩擦も、貴族出身の官吏よりも少なくなると踏んでのことである。

 彼らに与えられる俸禄は微々たるものであったが、不平不満の声は無かった。

 元々彼らの大半はその日暮らしといった、貧しいものであり、セオドーラの援助を受けてやっと生活していた者が多かったのだ。

 何にしても一気に数十名の官吏を得たネヴィル家は、昨今急速に人口が膨れ上がり追いついていない領内の運営に関して、やっと正常に運営する事が出来るだろうと喜んでいた。


 次はその運営費用を稼ぐための交易。

 既にエフト族の族長であるガジムとの間で、ノルトに対する交易に関する約定を結んでいる。

 春になりいよいよ本格的に交易を始めようとした矢先、ネヴィル家に王都から使いが訪れた。


「年改まり、陛下の御厚情によって免除されていた、徴税と賦役の免除期間は終わりと相成った。よってネヴィル家は、爵位相当の戦力を以ってノルト侵攻軍に加わるよう、ここに命じるものである」


 使いの言葉を聞いたジェラルドとダレンは、思わず互いの顔を見合わせた。


「北伐で御座いますか? しかし、王国は先年の反乱の傷も、まだ完全には癒えておらず……」


 ダレンの言葉は、使いの者によって遮られた。


「戦いには、機というものがある。卿の言う通り、我が国も苦しいがノルトは先年、先々年の不作が響いており、満足に兵も集められまいとの陛下のお考えである。何にせよ、もうこれは決定したことである。速やかに兵を率いて参陣なされよ」


 無益な戦であるとわかっていながらも、命令に従う他に道は無い。

 こうして、ノルト王国への侵攻軍にネヴィル家も動員されることが決定した。




 ーーー



 ガドモア王国が北のノルト王国を攻めるのは、これで四回目である。

 ゆえに、今回の戦いは第四次北伐と呼ばれている。

 勿論これは大規模侵攻の回数であり、国境付近では連日のように小さい戦闘が繰り広げられている。


 動員が決まった以上、ネヴィル家も速やかに兵を集め、参陣しなくてはならない。

 どれほどの数の兵を率いて行くのか、また誰を連れて行くのかと連日、客間に騎士たちを集めての会議が続く。


「北伐といっても、我が国も未だ安定には程遠く国内から長期に渡って兵を動かすのは危険。またノルトも使者が言っていたように兵糧不足ゆえ、これは案外大戦(おおいくさ)にはならず、ノルト側が折れていくらかの領土を割譲して終わるのでは?」


 このダレンの発言は、半ば彼自身の願いとも受け取れるものであった。


「だと良いがの。陛下の御気性からいって、それで満足するとはとても思えぬのだが……」


 そんなダレンの願いを打ち砕くように、ジェラルドが水を差した。


「確かに、先代様の仰られる通り。北伐が長きに渡る事を考慮に入れておいた方が、よろしいかと」


 古参の臣であるダグラスも参陣することが決定している。

 他にも、新旧合わせた騎士たちと領民合わせて、五百名が出陣する予定である。


「となると、予め糧食を大目に用意させた方が良いな」


「北伐の開始は春ということは、大麦の収穫にはギリギリで間に合いませんな」


「そこは皆には申し訳ないが、去年の麦と豆で我慢して貰おうか。ああ、そういえば、息子たちが冬の間に豆腐を干して作った、う~む、何と言ったか…………」


「確かコーヤドウフと、若様がたは仰られてましたが……」


「そう、それだ! その、ええ、コーヤドウフ? なる物も持って行くとしよう。あれは長期保存が利くと聞いておるからな。しかも水に浸せば、再び柔らかくなるのだそうだ」


「流石は若様ですな。他にも、昨年の秋に収穫した胡桃と、これも若様の案ですが、干し無花果が少々御座いますれば、これにいつもの干し葡萄を加えれば、取り敢えず兵糧には困りますまい」


「うむ、では続いては兵の動員だが、新しく出来た二つの村は当然だが免除する。この街と各村から百名ずつ、騎士は古参、新参合わせて百名、これで全て合わせて五百名となり、一応は男爵位相当の戦力となり面目が保てるわけだが、何か異論は?」


「それでよろしいかと存じ上げまする。ただ、新参の騎士におきましては、後から当家の門を叩き、士分を得られなかった者たちを連れて行くことをお勧めいたします。彼らは、此度の戦いに於いて、身を立てようと必死の働きを見せるでありましょう」


「うむ、ダグラスの言う通り、彼らにも功を立てる機会を与えてやらねばならぬな」


 こうして着々と出陣の準備は進んでいく中で、その様子を黙って見ていた三兄弟だけが、何とも言えぬ不安に襲われていたのであった。


 

第一章、ラストパートに入りました。

ラストスパートの主人公は、三兄弟ではなく、その父親のダレンとなります。

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