何はともあれ、金が要る
暑い、そして台風である。
なんか変な動きの台風らしいので、皆さまも十分に気をつけて下さい。
三兄弟がセオドーラの秘術により占われていることになっている隣室では、三兄弟の両親であるダレンとクラリッサ、そして祖父であるジェラルドが占いが終わるのを待っていた。
あまりにも占いの時間が長いので、何かあったのではとそわそわとし始めた頃、応接室の扉が開き、セオドーラの弟子であるスイルが出て来て、隣室の扉を叩き、占いが終わった事を告げた。
ダレンたちは直ぐに応接室へと戻り、セオドーラに占いの結果を聞く。
「三人とも数奇な運命を辿るでしょう。目の前に度々壁が立ちふさがりますが、三人が力を合わせれば、必ずや乗り越えられるかと……」
壁という言葉に、ダレンもクラリッサも眉を顰めたが、三兄弟が力を合わせさえすれば乗り越えられると聞き、ホッと胸を撫で下ろした。
その夜もセオドーラたちはネヴィル家の心の籠った歓待を受けた。
そしてその晩の事である…………。
「何と! では、セオドーラ殿は十年も前から、我が領地に目を付けていたというのか!」
「なるほど、これで得心がいったわい。当家によく占い師が訪ねて来たのは、当家を探るためであったか……。いやはや、儂の目は節穴だったというしかあるまいて。当家を訪れる旅人の数が、辺境でありながらも多かったのは、当家が発展したからではなく、全てセオドーラ殿の差し金であったというわけじゃな」
三兄弟は、夜更けに祖父ジェラルドの書斎で、当主であり父のダレンも交えながら、セオドーラがネヴィル家を訪れた真意を話した。
「もうかなりの秘密を握られてしまっていると見てもよいでしょう。こうなっては仕方がありません。向こうの願いを聞き入れる他は無いかと思います」
三兄弟は、自分たちが知恵者だと思いあがっていたことを恥じ、素直に詫びた。
そして所詮、自分たちは前世の記憶があるというだけで、決して天才などではなく、言うなれば疑似天才……いや、単にズルをしているに過ぎないだけであると考え直す。
「ははは、なんの、なんの。大人である儂もダレンも気付かなんだことよ。寧ろ、子供であるお前たちにこのような気苦労をさせてしまったことを、儂らが謝らねばなるまいて」
ジェラルドはしょげかえる孫たちの頭を撫でながら、呵々と笑う。
ダレンも同じく微笑を浮かべ、息子たちの肩を叩く。
「それにしても、そもそも何でセオドーラの婆さんは、ウチに来ることが出来たんだ? だって、ほら、西候によってウチの書状を持っていない者は、通行止めにされているはずだろう?」
カインの疑問は尤もである。
これはアデルとトーヤも疑問に思っていた事であった。
だが、ジェラルドとダレンの二人は、何をいまさらといった表情を浮かべていた。
「何だ知らなかったのか? まぁ、まだ幼いし無理も無い。占い師や神官といった方々は関所で足止めされたり、追い返されたりはせんのだよ。神官は神に仕えておるから、無体をすれば罰が当たる。占い師などに恨まれでもすれば、どのような呪いを掛けられるかも知れんしの」
それを聞いて三兄弟は、今更ながらにこの世界が、神や悪魔が信じられている中世であると気付かされる。
無論、典型的な無宗教の日本人であった記憶を持つ三兄弟は、神も悪魔も、まやかしも呪いも信じてはいない。
「なるほど、では神官や占い師は細作や間者にもってこいというわけですね」
そうアデルが言うと、言葉よりも先にダレンの拳骨が頭に降って来る。
「これ! 滅多な事をいうものではない。罰が当たるぞ、罰が!」
父親の拳骨の痛さは格別。
アデルは、くぅ~と唸りながら、両手で頭を抑えて蹲る。
アデルと同様の言葉が口から出かかっていたカインとトーヤは、蹲るアデルを見た後、互いに顔を見合わせて背筋を震わせつつ、静かに言葉を飲み込んだ。
「しかし、彼らを雇うのは良いのだが、もう宝石も捌けぬ上に、生薬の石膏にまで目を付けられ始めてしまっているとなると、財政が厳しくなるな。騎士と棄民を受け入れ、人口そのものは増えても、税収には繋がってはおらぬ。寧ろ、まだまだ彼らに援助せねばならない時期であることだし……」
ダレンの懸念は当然のこと。
ロスキア商会は規模を縮小し、販路も細くなってしまった上に、頼りの宝石ももう捌くことができないとなると、他に輸出品である豆類、肥料だけでは、直ぐに財政難に陥ることは確実である。
「ああ、それならば、そろそろ次の手を打とうと思っていたところです」
「次の手? 何か妙案があるのか?」
「ええ、王国内での商いが厳しいのであれば、北のノルトと交易すればいいだけのことです」
はぁ? と大の大人が口を開けて首を傾げる。
「何を言っておるのか? 王国とノルトは戦争中であるぞ? そのノルトと交易など不可能であるし、もし可能であっても陛下がお許しにはならぬであろう」
「まぁ、直接取引するのは無理でしょうね。だから、間に一枚クッションを挟みます」
「クッションじゃと?」
「はい、エフトというクッションをです。元々エフト族は、細々ながらノルトと交易をしていたと聞いております。ですから、エフト族を通して我らの輸出品をノルトに売るのです。エフト族としても利鞘を稼ぐことが出来るので、この提案は受け入れられるでしょう。カインのおかげで、彼らとの関係も良好ですから多分大丈夫でしょう」
「これで今まで売る事の出来なかった岩塩も、堂々とはいかないまでも、取り敢えず輸出することが出来る。内陸国にとって塩は正に黄金に匹敵する。どれだけ稼げるか今から楽しみだ」
戦争中の相手と商取引をするなど、前代未聞のことである。
その発想の柔軟さは、武門の出で武一辺倒のジェラルドやダレンには無いものであった。
「しかし、しかしだな……もし、もしもだがそのことが露見したら……」
もしノルトと交易していることが王の耳に入れば、間違いなく勘気を被り、ネヴィル家は破滅するだろうことは間違いない。
「ですから、そのためにエフト族を間に入れるのです。もし事が露見しても、ネヴィル家はエフト族という少数民族と取引しただけであり、ノルトとは一切交易してはいないのですから、いくらでも言い逃れることが出来るでしょう。ただ、また産地は偽装しなければならないかも知れません。例えば、塩の産地はネヴィル領ではなく、王国の南の海であるとか……」
ここでも産地偽装である。いったい、何時になったら堂々とネヴィルのブランドで売り出すことができるのだろうかと、三兄弟は苦笑する。
「う~む、わかった…………取り敢えずは、ガジム殿に話を持ちかけてみよう。どのみちこのままでは、当家は身動きが取れぬばかりか、破産しかねんのでな」
これには三兄弟も頭を下げるしかない。
財政逼迫の原因は、三兄弟が提案した急速な富国強兵策のせいだからである。
だが、その成果は着実に表れ始めている。
一例を挙げると、養鶏により鶏肉や卵が領内で安価に手に入ることから、成長期の子供たちの体格が、他領に比べると、見違えるほどに大きく逞しくなっている。
今も昔もこの世界も地球も、戦いに於いて体格の差は、戦闘力にモロに表れる。
将来この子供たちはその体格ゆえに、戦場で猛威を振るう事は間違いないであろう。
他にも山海関や学校の建設、兵や教師の雇用、養蜂などの新事業などに、大量の資金を注ぎ込んで来た。
そしてこれらの維持、拡大に更なる資金が必要となるだろう。
そのためにも、資金を調達は目下の最優先事項でもあった。
「それにしても、知識を絶やさぬためにか…………何となくだが、俺にはセオドーラ殿の気持ちがわかるような気がする」
唐突にダレンが思いつめたような表情で呟くと、それを聞いたジェラルドもうむ、と頷いた。
「要するに彼らの知識というのは、我ら貴族にとっての門地に相当するのじゃろうて。次の世代に、残し、それらを受け継いで貰いたいという気持ちは、儂らには痛い程わかるというものじゃて」
「ならば、彼らを保護する我らネヴィル家は、その知識の護り手となるわけですか。おお、なるほど、ようやく合点がいきました。これは一種の共生ともいうべきものでしょうかね? 我々が彼らの知識を護り、彼らは護り手である我々の祭祀を絶やさぬよう手を貸す。実に面白い関係ですね」
「自分の死期を悟って、十年も前からこれを考えていたのか……恐るべき婆さんだな」
「全くだ。敵じゃなくて良かったよ。婆さんの教えを受けた弟子たちを、寧ろ積極的に味方に引き入れなければならないだろうね」
「そのためにも…………」
「「「やっぱり先ずは、金だよな!」」」




