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占星術師と三兄弟 其の五

 

 セオドーラはなぜ、弟子たちをこのネヴィル家に仕えさせようとしているのか?

 占星術師といえば、天文観測による星々の動きを計算する必要があるため、高い計算能力を有している。

 さらに、売り込みや占いの結果を信じさせるために、雄弁でなければならない。

 つまりはこの時代では占い師は一種のインテリに相当するのだ。オカルトの部分を切り離せば、政治家として、官僚として優秀な能力を有していると言えなくもない。

 これらの能力を有する者が、今のネヴィル家には殆ど居ないため、人材として喉から手が出るほど欲しいのだが…………セオドーラの、その真意や意図がわからない。

 迂闊に家中に招き入れて、じわじわと権力を掌握し、最終的には家を乗っ取られでもしたならば、目も当てられない。


「そう警戒しなさんな。腹を割って話そうじゃないか…………どう言えば信じて貰えるのか…………」


 未だ警戒心を解かぬ三兄弟のまなこを見て、流石のセオドーラも苦笑せざるを得ない。


「真の目的は? いや、なぜ当家を選んだのですか? まさか全て占いの結果だなんて言いませんよね?」


 占いなどというまやかしで決めたなどと、誤魔化されぬように先手を打つ。


「うむ、無論占い師ゆえ、占っても見たがそれだけで全てを決めることは無い。占い師ならば、なおさらね。先に一つ聞かせておくれ、お前さんたちは、今の王国をどう思う?」


 これは難しい質問である。下手な事を言って、もしそれがどこかしらに漏れでもしたならば、どんな災いが降り掛かるかもしれないのである。


「まぁ、国に仕えている貴族であるがゆえに、軽々には答えられんわな。結構、結構…………では、先にわたしの見解を述べようかね。わたしは貴族では無いし、もうこの国に仕えているわけでも無し、老い先短い身ゆえ、好きに喋らせて貰うよ。ガドモア王国は()()()は大国であった。物には全て命数というものがある。人はおろか、星々や…………そして国というものにもね…………わかるかい?」


「つまりは、ガドモア王国はもう寿命だと仰られるのですか?」


 これは三兄弟も肌身で感じていた事である。政を顧みない愚劣なる王の暴政。無用な遠征の数々。無論、王だけが悪いわけではない。仕えている貴族たち、つまり権力を有する者たちの殆どが、自己の利益しか求めなかったがゆえの惨状である。


「まだ幼いのに、わかりが早くて助かるねぇ。その通りさ。いくら大国であっても、王と貴族たちが内側からその身を食い荒らしてりゃ、死んじまうさね」


「それはわかるけど、何でウチなんだ? 弟子を助けたいなら他にもあるだろう? 例えば中央から離れたいのであれば、四侯とか……」


「そうそう、それに何も国内に制限することはない。北のノルトや東のイースタルでもいいわけだし」


 それまでずっと黙っていたカインとトーヤが、とうとう痺れを切らして口を挟んだ。


「おや、知らないのかい? まぁ、こんな辺境じゃ無理もないさね。先ずは四侯だが、これと言って見どころの無い者ばかりでね。西候は知っているだろう? 計算高いだけで戦下手、とてもじゃないがこれからの荒波を泳ぎ切ることは不可能。東候は、裏でイースタルと繋がっているふしがある。北侯は、ノルトに押されっぱなしでいつ消えてもおかしくは無い。最後に南侯だが、家の力は強く実力はある。だけど、当主が良く言えば慎重、悪く言えば臆病で何をするにも動きが鈍い」


 王国の外地を支える四大侯爵がボロクソである。

 三兄弟が知るのは隣の西候だけだが、確かにセオドーラの言う通りであった。


「じゃあ隣国よそが良いかといえば、そうでもない。ノルトの若き王は、王としては文句の言いようのない能力を有している。ガドモアよりもかなりの小国ながら、屈するどころか、戦線を押し返しておるのだから大したもんじゃて。じゃがの…………あやつには運が無い。幼い頃より肺を患っており、それは年を重ねるごとに重くなっていると聞く。しかも後を託す子が居らぬとあれば、もうわかるじゃろ? では東はどうかというと、これもまた問題があっての。イースタルの王はもう老齢でありながらも、未だ後継者選びを続けておってな。こちらもお家騒動の臭いがプンプンと香って来よるのよ」


 これは初耳である。ノルトの若き王が英邁であることは、かねてより祖父や父より聞かされていたが、大病を患っていることは知らなかった。

 イースタルの後継者争いのことも同様に、一切知らなかった。これはおそらくだが、祖父も父も知らない情報だろうと思われる。

 三兄弟は、そんな貴重な情報を得たことに感謝すると共に、辺境ゆえの弱点を今更ながらに思い知る事になる。

 情報を得る術が無く、得たとしても情報が古いのだ。


「だとしても普通は、最近やっと男爵位を得たような、辺境の小貴族を選ばないでしょう?」


「あたしゃ言ったよねぇ…………十年前から調べていたって……あの天然の要害を塞ぐように建てられた関門、盆地の開発は最初の入口付近から、西へ、奥へと進めている。舵取りを誤らず、風向きが良ければ、十年、二十年後かに、小さいながらも国を興すことが出来るんじゃないかねぇ?」


 三兄弟はゾクリと震えた。セオドーラの考えは、三兄弟のそれと同じなのだ。

 小さな六つの目に、徐々に殺気が漲って来る。この老婆を、今ここで殺すべきではないか?

 もしこの考えが他の誰かに伝わっていたり、漏れていたりと思うと、居ても立っても居られない。

 客と会うということで、普段身に着けている短剣も自室に置いてある。

 子供三人で掛かれば老婆一人くらいならばと考えるも、セオドーラの横には弟子のスイルが居る。


「どうやらその様子だと、わたしの考えは当たっていたようだね。まぁまぁ、そんな怖い顔をしなくても大丈夫。まだ誰にも、この横に居るスイルにだって話したことは無かったんだ。でもこれで、お前さんたちは自分の考えを知るわたしとスイルを、殺すか雇うかしなくちゃならないわけだね。ひっひっひ」


「御婆様!」


 スイルは三兄弟の剥き出しの殺気からセオドーラを護るように一歩前に踏み出すが、枯れ木のような老婆の細腕がその動きを制した。


「スイル、良くお聞き。内地、中原はこれから荒れるよ。それも未だかつてないほどにね。わたしはね、お前を含め、弟子たちがその嵐に巻き込まれて無残に散って行く様を、星々の世界から見たくはないのさ。これは遺言だと思っておくれ。スイル、お前はこのネヴィル家に仕えなさい。そしてわたしが教えた知識を絶やさず、後の世に伝えておくれ」


 この言葉で三兄弟は悟った。このセオドーラという老婆は、知識の伝承というものに対して、何よりも重きを置いているのだと。

 老婆が生涯を懸けて得た知識が、戦乱によって消失するのが堪えられないのだろうとも。

 なるほどと三兄弟は互いの顔を見ながら頷いた。

 確かにこのド辺境には、中原の戦火が及び難いだろう。

 現に先に起きた反乱にも巻き込まれずに済んでいる。


「そういう理由ならば、いいでしょう。セオドーラ様、あなたの弟子たちを当家は受け入れましょう。とは言っても当主は父ですから、必ずしもというわけにはまいりませんが」


「ありがたいことです。わたしが宮廷から退いた途端に、任官していた弟子たちも次々と追い出されまして……皆、そこそこであるがゆえに煙たがられましてな……以来、野に伏させておりましたが、やっと……やっと……ありがたや、ありがたや」


「あと、当然ながら当家に仕えると言っても、俸禄は安いですよ? 辺境の男爵家ですし、出せる金額なんてたかが知れてますし」


「浪々の生活に疲れておる者も多く、地に足を付け喰うに足れば良しという者も多いので、問題はありませぬ。迎え入れて下さるというだけで、皆喜びましょう」


 こうして、秘密の占いもとい、密約とも言うべき会談は終わった。

 部屋の外ではあまりにも長い時間三兄弟たちが出てこないので、家族が心配な顔をしていたが、何事も無く出て来たので皆安堵の色を見せた。

 その後、セオドーラの口から、三兄弟は更なる富貴を得る運命にあると聞くと、やはりそうであったかとジェラルドとダレンは、三兄弟を抱き上げながら大笑し、喜びを顕にした。

占い師編、後一話続きます。

感想にもあった疑問、通行止め規制解除されてないのに、どうやってネヴィル家に来たのかがわかります。

そしていよいよ、幼少期のラストへと……

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