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占星術師と三兄弟 其の四

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 歓待を受け長旅の疲れを癒したセオドーラは、ネヴィル家の家運と子供たちの運勢を占うことにした。

 セオドーラは高齢ゆえ、全員を占うのは体力的にも厳しいと先に断りを入れた。

 先代の当主であるジェラルドも、現当主であるダレンもそれを受け入れる。

 というよりも、家運だけを占うものとばかり思っていたのだが、子供たち全員を占ってくれるというので、逆に喜んだ。


 セオドーラは弟子であり助手のスイルに命じ、テーブルの上に複雑な文様が描かれた、何かの動物のなめした皮を広げさせる。

 さらに持って来た荷物袋から、蝋燭立てと香炉を取出し、昼だというのに蝋燭に火を灯し、香を焚いた。

 そしてそれが終わると、セオドーラはまず懐から眼鏡を取出して掛けた。

 老眼が進んだセオドーラは、この眼鏡が無ければ細かい物などが見えない。

 最後に革袋から、これまた何の動物の骨かわからない欠片を幾つか取り出して、なめし革の上に無造作に放った。

 部屋の中に居るのは、ネヴィル家の家族とセオドーラとスイルのみ。

 他の者たちは立ち入る事を禁じられていた。

 三兄弟は、占いなどを信じてはいないが、その占いのやり方には興味津々であった。

 焚かれた香の甘い香りが、応接室に充満していく。

 セオドーラは、革の上に散らばった骨の欠片を見ながら、フムフムと一人頷いている。


「まずネヴィル家の御家運で御座いますが、先に凶事が訪れ、その凶事に心砕かれねば、御運は右肩上がりに上がって行くでしょう」


「凶事とは? その内容は?」


 ダレンは占いの結果、間近に起きるであろう凶事に備える為、その内容を聞き出そうとするも、セオドーラはただ横に首を振るのみであった。

 それを見てダレンは、これ以上は聞き出せぬと悟り、むっつりと口を閉じる。


「では、先ずは末の子から占って行きましょう」


 今年の春に生まれたばかりの末娘であるサリエッタを抱いた母親のクラリッサが、セオドーラの指示に従ってソファーの隣に腰かけた。

 サリエッタは、焚かれた香によってか穏やかな寝息を立てている。

 セオドーラは、そんなサリエッタの顔をまじまじと見つめ、さらに指を這わせ顔の輪郭や、頭の形などを調べていく。


「これは実に良い顔相に御座います。十まで命を長らえれば、途方もない富貴を得るかと……」


 おお、とジェラルドとダレンの口から声が出る。クラリッサは、未だ眠っているサリエッタに頬擦りしながら、我が子の明るい未来に笑みをこぼす。


「さて…………お次は御子様がたと行きたいところでありますが、御子様がたは御存じの通り、少し変わった星回りの元に生を受けられた御様子。占うには、我が秘術を以ってしてでしか占えませぬ。この秘術は、余人が見ていれば正確には占えませぬ。ここはひとつ、わたくしめとわたくしめの助手であるスイル、御子様がただけにしては貰えませぬでしょうか?」


 それを聞いたジュラルドとダレンは互いに目配せを交わす。

 だが結局、この老婆が三兄弟に危害を加えることは無いだろうととの結論に達し、その願いを聞き届ける事にした。

 部屋を去る時に、ダレンはアデルの耳にそっと口を寄せて、何か変事があれば大声を上げよと囁き、部屋を後にする。

 部屋に残されたアデル、カイン、トーヤの三人は、セオドーラの指示する通り、テーブルを挟んで向かいのソファーに並んで腰かけた。


「さて、やっとお前さんたちと余人の目を気にせず話せるねぇ……」


「占いをするんじゃないの?」


 アデルがそう言うと、セオドーラはフンと鼻を鳴らした。


「信じぬ者にやっても意味無かろうて」


「どうして俺たちが占いを信じていないと?」


「この婆とて伊達に歳は取っておらぬ。お前さんたちは、先程婆が占っている間、その手法には高い関心を示しておったが、占いの結果を気にする素振りを微塵も示さなかったではないか」


 三兄弟の背筋に戦慄がはしる。セオドーラの言った通り、三兄弟は占いなど全く信じてはいない。

 ただそのやり方には興味があった。それを正確に見抜かれ、三兄弟のセオドーラに対する警戒心が一気に跳ね上がる。


「まぁそれはさておき、お前さんたち少し派手にやりすぎたね。上手く隠しながらこそこそと動いているようだが、流石にそろそろ限界さね。このままだと気付かれてしまうよ。少しの間、お控え」


 三兄弟は冷や汗を流しながら互いの顔を見合わせた。


「一体、何のことでしょう?」


「金だよ、金。昨今のこのネヴィル家の羽振り。辺境の一小貴族とは思えぬ程であるな。数年前には子供の奴隷を大勢買い漁り、つい昨年には大勢の騎士を雇った。また、領内の発展の早さは並大抵のものではない。いったいどこにそんな金があるのかねぇ?」


 この老婆はどこまで知っているのだろうか? 三兄弟は、今ここで大声を上げて父を呼ぶべきかどうか迷った。


「誰から聞いた?」


「おお怖い。それはおおよその子供のする目つきでは無いねぇ……誰から聞いたか知りたいかい? それは、同業の占い師たちからじゃよ」


 三兄弟は数瞬の間、考えた後、ハッと両目を見開き驚愕する。


「まさか、まさか! いったい、何時から!」


「そうさねぇ……十年前位からかねぇ?」


 十年前と言えば、三兄弟が生まれた年である。

 それまで領内を訪れる旅人や占い師などは殆ど訪れなかったのに、十年前から段々と訪れるようになったと、以前父から聞いていた。

 だとすれば、十年も前からこの老婆は、このネヴィル領に目を付けていたことになる。


「一体何が目的だ! 金か? 秘密を盾に、当家をゆする積りか?」


「そう尖りなさんな。俄かには信じては貰えないだろうが、わたしはお前さん方の敵では無いよ」


「信じられるか!」


「信じるも信じないも無いさね。わたしの目的は金では無い。金が目的ならば、お前さんたちとではなく、御当主様と掛け合うさね」


 確かに、実権のない子供と掛け合っても金は得られないだろう。


「では、何が目的か?」


「そうさねぇ……十年前、東の空から西へ、三つの流星が流れた。その頃からここに興味があってね。最初はただの好奇心さ。でも、元教え子たちを送り込み、その話を聞いて、やはりあの流星は天啓ではないかと思うようになった。そして調べるうちに、それは確信へと変わった。学校とかの話を聞いた時は、そりゃ驚いたものさ。わたしと同じことを考え、実行する者がいたとはね」


「えっ、お婆さんも学校を?」


「ああ、もう四十年以上も前のことさね。わたしは、最初は平民や同業者たちのために、教育を施す学び舎を作った。だけど、それを良しと思わぬ王家に潰されてしまった。平民には学問など不要だとさ。悔しいなんてもんじゃないよ。それからもわたしは、得た金の全てを注いで裏で平民や同業者たちに学問を教えて来たのさ」


 王家に対する怨恨か? それとも同じ考えを持った三兄弟にシンパシーを感じているのか?

 だがまだ油断は出来ないと、再度気を引き締める。


「わたしの目的はただ一つ。わたしの築いてきた智の遺産を、お前さんたちに受け継いで欲しいのさ」


「智の遺産? それは?」


「わたしの教えを受けた者たちの中には、生まれが平民であるがために、この世で不遇をかこつている者たちがおる。そいつらをそっくりそのまま、お前さんたちに仕えさせようじゃないか」


 これは嬉しい申し出であるが、この話に迂闊に飛びつくことは出来ない。


「不満かい? ああ、いや……今、お前さんたちは、わたしがそんなことをする利点は何かと考えておるのだね? ふふふ、師が弟子や教え子たちの心配をするのは当たり前の事さね」


 果たしてこの老婆の言う事をそのまま信じて良いのだろうか? 三兄弟は老婆を見つめたまま、未だ緊張を解くことが出来ずにいた。

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