占星術師と三兄弟 其の二
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台風と豪雨の影響で、職場が大混乱。直接的な被害は無いのが幸いですが、仕事が詰まってしまい、更新が滞るかと思われますが、どうかご容赦くださいませ。
季節は瞬く間に流れ、炎熱の夏から涼風の秋へ。
大麦の種まきが終わり領内が落ち着き始めた頃、王国内でかつて名を馳せた高名な占星術師が訪れた。
これまでにもネヴィル領に、占星術師などの占い師の類が訪れたことは何度もあった。
彼ら占い師の類は、貴族家を訪れて占いをし、あわよくばその家に取り入って、専属の占い師となるのが目的である。
だが当然の事ながら、科学の進んだ前世の記憶を持つ三兄弟は、占いや呪いの類を信じてはいない。
このような胡散臭い連中を、家中に置くことを良しとはせず、今の今まで一人たりとも雇い入れてはいない。
それどころか三兄弟は、訪れて来た占い師たちを歓待して利用し、各地の情勢や他家の内情などの情報を得ていたのであった。
「どうせ今回もいつもと同じ、物乞い同然の胡散臭い輩だろう?」
「ならば、いつも通り歓待して、気持ちよく知る限りの情報を教えて貰うとしようか」
「うん。そのあとは多少の金を握らせて、体よく追い出してしまえばいい」
三兄弟は、ネヴィル領を訪れた占い師たちに、路銀と手紙代としてある程度の金を渡し、訪れた先で何か面白い話があれば、手紙を送って欲しいと言って、領内に長くは留まらせずに追い出していた。
もっとも、何人もの占い師をこの手で追い出したが、今まで彼ら占い師たちから、手紙が来た事は一度も無かった。
それでも彼らから、ある程度の情報が聞きだせたことに三兄弟は満足していた。
現在のネヴィル家の主な情報源は、ロスキア商会である。
だがロスキア商会は、王都や中央から大半がネヴィル領へと引き揚げており、昔のように情報を得ることは難しくなっている。
それを僅かでも補えればと、彼ら占い師を利用していたのであった。
三兄弟がいつも通りに過ごそうとしていたところ、祖父であるジェラルドはというと、占星術師セオドーラが来たと知った途端に、家人たちに最高級のもてなしを命じた。
これには三兄弟も驚いた。ジェラルドは、剛毅果断な性格であり、占いや呪いの類などはあまり信じてはおらず、そういった者たちとは距離を置いていた人物である。
それにもかかわらず、自ら馬を走らせてセオドーラという占星術師を出迎えるというのだ。
「父上! いったいどういう御積りか? たかが占い師などを、わざわざ自ら出迎えるなど……」
当主であるダレンも、このジェラルドの行動に驚いている。
「馬鹿者! よいか、くれぐれも礼を失することのないようにな…………もし機嫌を損ねでもすれば、どうなるかわからんぞ!」
ジェラルドがかつて王都に居を構えていた頃、セオドーラは先々代、先代の王と二代に渡り宮廷お抱えの占星術師として仕え、その的中率の高さから一世を風靡し、その名声を王家は利用し権力基盤を固めていた。
セオドーラ自身は、世俗的な権力などに興味を示したことは無いが、それでも王家と深く関わって来た人物であるがために、ジェラルドは用心に越したことは無いと考えていたのであった。
そんなセオドーラの素性を知らされたダレンと三兄弟の背筋が、緊張にこわばる。
「しかしそのセオドーラという占い師は、もう宮廷お抱えの占星術師では無いのでしょう?」
ならば大丈夫なのではとダレンが言うも、ジェラルドは首を振った。
「うむ。じゃが、二代に渡り王家に仕えただけのことあって、その繋がりは深いと見て良いだろう。決して油断は出来ぬのじゃ」
「まさか! 探りに来たのか? だいたい、そんな高名な占い師が辺境の一貴族を訪れるなんて、聞いたことが無い。今まで来た占い師たちは、うだつの上がらぬ喰いっぱぐれ者ばかりだった……」
「だとしたら、どこから情報を嗅ぎ付けたのか? どこから漏れたのか?」
「何にしても、お爺様の言う通り用心するに越したことは無い。こちらからボロを出さないように注意しつつ、相手の出方を探ろう」
三兄弟はネヴィル家の資金繰りのからくりがバレたのか、それとも胸の奥底に仕舞っている不逞な企みに感づかれてしまったのではないかと、戦々恐々となる。
こうしてネヴィル家は、細心の注意を払いつつ、占星術師セオドーラを迎え入れることとなった。
ーーー
「なんという田舎か……御婆様、お体に御障りは御座いませぬか?」
断崖絶壁を抉って作られた長く険しい道を、二頭立ての高級な馬車が一台、ゆっくりと進んで行く。
馬車の前後を、ネヴィル家が遣わせた騎士たちが護衛している。
「まだ私の星の瞬きは衰えてはおらぬゆえ、心配は要らぬ」
座席と背もたれの両方に、厚く敷かれたクッションに身体を預けながら老婆は気だるげに呟く。
だがその態度とは裏腹に、老婆の心は、若き頃と同じく強い好奇心に満ち溢れていた。
十年前に流れた三つの彗星……長い人生であれよりも強い力を感じたことは無い。
その正体が、あの彗星が流れた意味が、間もなくわかる。
セオドーラが、まるで少女のようにじっとして居られず、忍び笑いを漏らす姿を見た助手のジョアンは、改めて十年前に王国の東から西へと流れた彗星を思い出す。
あれは、間違いなく凶星…………それなのになぜ御婆様は…………
「ひっひっひ、不思議かい? お前はまだまだ修行が足りないね。考えていることが表情にまだ微かだが、表れてしまっているね。いいかい? 良くお聞き……基本的な事を思い出しな。吉凶は裏表。見方を変えれば、自ずと吉凶は裏返る」
「まさか! 御婆様!」
「おっと、それ以上、今は口に出すのはおよし」
セオドーラは自分の唇に人差し指を当てて、しーっという仕草をする。
ジョアンは顔を青ざめさせながら、素直に頷いた。
ーーー
セオドーラたちを乗せた馬車は、何事も無く難所を潜り抜け、ネヴィル領と境にある山海関にて、当主と先代の当主自らの手厚い出迎えを受けた。
セオドーラは二代に渡り王家に仕え、望む望まぬにかかわらず名声と権威を欲しい侭にしたが、あくまでも庶人であり、貴族では無い。
そのため、馬車を降りてダレンとトラヴィスに跪いて挨拶をしなければならないが、何分高齢でもあるため、そのまま馬車を降りる事無く館へと案内される。
この対応を受け、ジョアンはネヴィル家が、位階や権力を笠に着るだけの者たちでは無いと知る。
館に通された二人は跪いて挨拶をしようとするが、ダレンはそれを手で制し、妻のクラリッサを呼んだ。
世の女性というのは、いつの時代、どこの世界であっても占いや呪いの類が大好きである。
その例に漏れず、クラリッサも日頃から占いに強い興味を示しており、今回あの高名な占星術師であるセオドーラがやって来たと聞いて、興奮を隠せずにいた。
クラリッサは自己紹介した後、自らセオドーラの手を取って応接室へと案内する。
「まぁ、わたくしも占って貰えますの! まぁ! まぁまぁ!」
応接室でしばしの歓談。
そして話の流れから、自分が占ってもらえると知ったクラリッサの興奮度は、最高潮に達した。
「水を差すようで真に申し訳ありませんが、御婆様はご高齢ゆえ、今すぐにとは……」
助手のジョアンが、セオドーラの体調を心配して口を挟むと、それは勿論とクラリッサは、どうかゆっくりと当家で長旅のお疲れを癒して下さいと微笑んだ。
隣室でこっそりと聞き耳を立てていた三兄弟は、クラリッサに呼ばれ応接室へと入り、挨拶と自己紹介をする。
それまで、ダレンやジェラルド、そしてクラリッサと笑顔で談笑していたセオドーラだが、三兄弟を見た瞬間にその深い皺が刻まれた顔から笑顔が消えた。
とうとう見つけたわい、こやつらがあの彗星たちに違いない……
老婆がニヤリと口角を自然に上げる様は、まるでお伽話にある魔女のよう。
それを間近で見た三兄弟は、金縛りにあったようにその場から身動きが取れず、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。




