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占星術師と三兄弟 其の一

感想、ご指摘、評価、ブックマークありがとうございます! 大感謝です!



 

「それで、我が家は繁栄するのでしょうか? それとも没落するのでしょうか?」


 二重顎をタプタプと波打たせ、噴き出る汗をハンカチで拭う中年の商人は、テーブルを挟んで目の前に座る老婆の答えを一字一句聞き逃さぬように、全神経を耳に集中させた。

 部屋の中は香が焚かれ、目の前のテーブルの上には天体の動きを書き記した羊皮紙と、何の動物の物だかわからぬ骨の欠片が幾つも転がっている。

 もごもごと何か呟きながら老婆が口を開けると商人は、耳を澄ませながらも、視線を殆ど歯の抜け落ちた木の洞を連想させる口中に固定した。


「身のひゃけ(丈)にあった幸せを求めんしゃい。無理はいかん、いかんそえ」


 歯が無いので老婆の声は、喉から漏れるひゅーひゅーという呼吸音に混じってしまい、非常に聞き取り辛いものとなっている。

 それでも何とか商人は聞き取ると、その意味を自分なりに解釈し、何度も頷き礼を述べる。

 その後、老婆の半ば光を失っている目は閉ざされ、口も閉じてしまいまるで彫像のように身動き一つしなくなった。


「御婆様はお疲れの御様子。占いはここまでとさせて頂きます」


 後ろに控えていた助手の青年が、今日はこれまでと目線で商人に退出を促す。

 商人は大金を支払ったのに、たったの一言だけしか得られなかったことを惜しみつつ、渋々の体で部屋を後にした。

 退出した商人は今日三人目の客である。だが、まだ老婆に占って欲しいと願う者たちは、長蛇の列を成している。

 助手の青年は、部屋を出てその列を成す者たちに、今日の占いはここまでとさせて貰いますと言いながら頭を下げる。

 殆どの者は仕方なしと、残念そうな顔をしながらも方々へと散って行ったが、身形の良い数名だけが諦めきれずに青年へと詰め寄った。


「待たれよ。こちらにおわすお方は、カトルプレ子爵家の御嫡男、バージル様ですぞ!」


 青年は爵位を前面に押し立て、その権威を弄ぶ子爵家の跡取り息子に頭を下げながらも、内心では実にくだらぬ輩であると舌打ちする。


「これはこれは、当館へようこそ御出で下さいました。私としてもカトルプレ子爵様のお力になりたいのは山々成れど、御婆様は何分ご高齢であらせられまして…………また、先見の占いというのは、非常に力を使う物でありまして、既に御婆様は床に着きお休みになられておりますれば、今日のところはどうか御容赦を…………」


 この占いの館の主で、青年が御婆様と呼んでいるセオドーラは齢九十を超えている。

 そのため、歳のことを前面に出されてしまうと、もう打つ手は無いに等しい。

 またセオドーラは、宮廷お抱えの占星術師として一世を風靡した過去を持っている。

 占いの的中率が他に比べて恐ろしく高く、それによって先々代の王や先代の王を始め、無数の貴族たちが彼女の占いに群がった。

 その時に築き上げた人脈や繋がりといったものも強く、たとえ大貴族であっても、セオドーラだけは他の占星術師のように軽々しく扱う事が出来なかった。


「ちっ、やむを得ん。ゆくぞ!」


 カトルプレ子爵家の者たちは舌打ちをしつつ、青年を睨み付けた後、踵を返して館を後にした。

 青年が部屋に戻ると、詰め寄って来たの何処の家の者かとセオドーラが聞く。


「カトルプレ子爵家で御座いました」


 そう、とセオドーラは興味無さそうに呟くと、青年に口を湿らすお茶を求めた。

 青年は直ちにと奥に消え、数分後にテーカップを一つ持ってくると、セオドーラの枯れ木のような手にそっとカップのハンドルを握らせた。

 セオドーラは、カップの中のお茶の温度を確かめる事無く、そのまま直接ゆっくりと飲み干していく。

 中のお茶は、歯の抜けた歯茎に優しいひと肌程の熱さであり、セオドーラは満足そうに頷きながら青年に礼を言う。


「ジョアン、ありがとう」


「勿体無きお言葉で御座います」


 セオドーラは何かを思い出すように目を閉じると、そのまま傍らに立つ青年、ジョアンへ語りかけた。


「ジョアンや…………お前がここにひて(来て)どれくらいになる?」


「ここに…………御婆様に道端より拾われてから、早二十年になりまする」


 そう言ってジョアンはセオドーラに深々と頭を下げる。


「お前は私のてし(弟子)の中でも、二人となき優れ者。最早、お前に教えることはほとんろ(殆ど)無い」


「いえ、わたくしは未だ未熟者で御座います。これからもご指導、ご鞭撻のほどを……」


 いやいや、とセオドーラは細い腕を振る。


「話は変わるが、十年前の彗星を覚えておるか?」


 はい、とジョアンが頷く。あの時、王国の夜空を東から西へと尾を引きながら流れた、青い彗星によって、国内が大混乱に陥ったのをしかと覚えていた。

 これは吉事か凶事かと、セオドーラの元に国王よりの使いが急ぎ遣わされ、セオドーラが笑いながら吉事であると言ったために、混乱は急速に静まったという。


「お前には、私の全てをおひえ(教え)込んで来た。あれはお前の目から見て吉事と凶事、どちらかえ?」


 ジョアンは返答に詰まる。

 師であるセオドーラは吉事と言った。だが、ジョアンの目には紛れも無く凶事と映っていたのだ。


「思うがままに述べよ」


「はい…………畏れながら申し上げます。やはり私の目には、あの彗星は凶事と映りまして御座います」


 答えを聞いたセオドーラは、くっくと偲び笑いを漏らした。


「では、確かめに行こうじゃないか。あの彗星が沈んだ地へと赴いてね…………ひっひっひ」


 盛夏は翳りを見せ始め、秋の訪れは近い。

 今はまだ暑く、旅をするには酷な季節だが、もう少しすれば気温も下がり過ごしやすい季節となる。

 旅をするならば、せめて夏が完全に過ぎ去ってからだと、ジョアンは一人考えていた。




 ーーー



 一方その頃ネヴィル家では、朝からアデルが何かを思い出したかのように、一冊の本を書斎から持ち出し、自室のベッドの上で読んでいた。


「アデル、何読んでるんだ? 占い? 占星術? それ前に三人で読んだけど、大したこと書かれてなかったじゃん。今更何でそんな本を引っ張り出して来たんだ?」


 アデルが真剣な眼差しを向けている本を横から覗き込んだカインは、すぐに本から目を離し、呆れたように長兄の横顔を眺める。


「うん、この本に書かれている占星術は、天動説を元にしたものだし、まぁ確かに科学的には全く信憑性のないものだけど…………でもさ、天動説でも地動説でも、星の軌道を計算するのに、とんでもない複雑な計算を必要とするよね?」


「ああ、確か……プトレマイオス的数式だっけか? 名前しか知らないけど」


「そう。そこで思ったんだが、この本を書いた……いや、占星術師たちは数学者でもあるんじゃないかなって」


 ああ、なるほどとカインが手をポンと叩く。

 それまで黙っていた三男のトーヤもピンと来たようだ。


「つまりあれか? 占星術師を内政官として雇おうってのか? ん~、確かに学はあるだろうが、止めといたほうがいいんじゃないか?」


「カインの言う通りだよ。数字に強いのは確かにありがたいけど、正確さは兎も角として、誠実さがね…………今までウチを訪れた占星術師を見ればわかるが、あいつらはっきり言って、詐欺師同然だぜ? そんな奴等に地位や権力を与えるのは、危険極まりないと思うぞ」


 ん~、駄目かぁ、とアデルは本を閉じる。

 ネヴィル家はここ最近、騎士を雇い入れ、棄民を受け入れたりと、人口を増やし武力を高めて来た。

 そこまではいい。それに対して内政面では、養蜂、養鶏、学校など、新たな事業や教育などに重点を置いている。

 武力の方は騎士を雇い入れたことで人材を得ることが出来たが、内政の方はというと、特に新たに人材を得てはおらず、人材不足に陥ってしまっている。

 それを何とかして解消しようと、三兄弟は日夜あれこれと考えてはいるのだが、これといって妙案が浮かんでは来ず、若干の焦りを感じていたのであった。


「学校で教育を受けている者たちが、育つまで悠長に待ってらんない。新たな事業を拡大しつつある今、まさに今すぐに欲しいんだよなぁ」


 アデルは、そのまま倒れ込むようにベッドの上で大の字に転がり、大きな溜息をつく。


「そうは言ってもなぁ……この世界で満足な教育を受けているのは殆ど貴族だけ……貴族が貴族を雇うには、色々な制約としがらみがあり、さらに金がね…………」


「トラヴィス先生があと十人いればなぁ…………」


 元家庭教師であるトラヴィスに対する三兄弟の信頼は厚い。

 文武に於いて能力はそこそこだが、誠実でエフト語を知っていたりと意外な特技も持ち合わせている。


「無い物ねだりしてもしょうがない。当面は俺たち三人が足りないところを補っていくしかないだろう」


「このままじゃブラック企業もといブラック貴族一直線だ……」


 今でも若干パンク気味なのになぁ、と三兄弟は互いの顔を見合わせながら深い溜息をつくのであった。





え~、悲しいお知らせがあります。

実は先日、携帯を洗濯してしまい携帯は完全に御臨終。今、私は深い悲しみに包まれております。

もうね、洗剤だけでなく柔軟剤まで入れて、携帯ピッカピカのふわっふわよ。

マジで凹むわ。しかも昨日の昼にふて寝したら、変な時間に起きちまうし、まったくもうね。



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― 新着の感想 ―
[一言] 彗星とありますが、記述からして流星ではないでしょうか?
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