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叔父


「父上、お爺様、コールス地方にある山々の調査のために、山に立ち入る許可をください!」


 ネヴィル家の小さな館には、こぢんまりとしているが政務をおこなう執務室がある。

 アデルはその扉を開けるなり、大声で山に立ち入る許可を求めた。


「なんじゃ、騒々しい! 扉を開ける前にはノックをせんか!」


 祖父の厳しい声に、アデルとその後ろに続くカインとトーヤは首を竦めた。

 

「あらまぁそんなに土だらけになって……程々にしないと、またベラに叱られるわよ」


 顔にまで土を付けている三兄弟を見る母であるクラリッサの目は優しい。

 ちなみに、ベラとは館で働く給仕の老婦人のことである。


「義姉上、男の子はそれぐらいの方がいい。おう、アデル、元気そうだな。その手に持っているのは何だ?」


「叔父上! いらっしゃられていたのですか! なら、話は早い。父上も母上もお爺様も、これを見てください」


 叔父であるギルバートが、珍しく本家である我が家を訪れていた。叔父はネヴィル領の一街、三ヶ村の内の村を一つ丸々任されていた。

 父曰く、叔父は武術に天賦の才があり、その武勇は自身をも遥かに凌ぐのだと常々自慢していた。

 父と叔父の兄弟仲は良く、戦場でも二人力を合わせて数々の武功を上げていた。


「なんじゃこれは? 石か?」


「ただの石ではありませんよ、化石です、化石!」


 部屋に居る全員が、なにそれといった顔をしている。

 

「ここを見てください。ほら、石の中に渦みたいな模様があるでしょう? これは、大昔の海にいた貝の仲間です。これが死んで土に埋もれ、長い長~い年月が経つと、このように石になるのです」


 ほぅ、と皆が化石に目をやるが、あくまでもただの石くれ程度の価値しか見出すことが出来なかった。


「こういった貝の化石が出るということは、大昔このコールス地方は海の底だった可能性があります」


 はぁ? と叔父は素っ頓狂な声を上げた。そして、何言ってるんだお前、コールス地方は昔から山だぞと。

 無理もないことではある。家庭教師のトラヴィスから受ける授業から想像してみても、古動物学などが一般的に浸透しているとは到底思えない。


「その山々が出来る遥か昔のことです。これは大発見なんですよ。例えば、この巻貝の化石は稀にですが、アンモライトという宝石になることがあるのです。オパールは知ってますよね? 母上がブローチをしているのを僕たちも見てますし……他にも貝の化石がオパール化したりするのです。周囲の山々を調べてみれば、一財産出来るかも知れません。それに元は海だったとするならば、岩塩がある可能性もあります」


「なんだと!」


 母以外の三人、父と祖父と叔父が一斉に立ち上がる。母だけはニコニコと、アデルちゃんたちは物知りねぇと微笑んでいる。


 山間の盆地にとって塩は超の字が付く程の貴重品である。場合によっては、同じ重さの金銀にも匹敵する。

 それが手に入るかも知れないと聞かされれば、たとえ子供の戯言であったとしても、耳を貸さないわけにはいかないのである。


「……詳しい話を聞かせよ」


 アデルはもう一度最初から、事のあらましを話す。この化石は村人が新たに開拓していた畑から出て来たこと。

 そして村人たちは昔から化石が出てくるのを知っており、周囲の山々の岩肌にも似たように化石が見られるという情報を得たことなどを話す。

 

「むぅ、貝殻が出て来る事は儂も知っておったが……今までは開拓に追われ、周囲の山々にまでは手が回らなんだ。せいぜい猟師が狩りに行くか、家屋に使う木を切りに行く程度での……」


「父上、領内も大分落ち着いております。これを良い機会として、一度領内の山々の調査をしても良いのではないでしょうか?」


 父の進言に祖父は頷いた。


「だが兄上、今は拙い。冬であるし、せめて靄が晴れる春になるのを待つべきだろう」


 叔父の言は尤もである。コールス地方特有の冬山の山裾に発生する濃い靄は厄介である。

 そんな中で未調査の山々に立ち入るのは危険である。


「わかった。春を待とう……靄が晴れたら、山の調査をしよう。調査に携わる人員の選出もせねばな……」


 父の言葉が完全に終わる前に、三兄弟は手を上げた。


「はいはいはい! 僕たち調査隊に立候補します!」


 だが父に、馬鹿な、子供を連れて行けるものかと一蹴されてしまう。

 しかし三兄弟は諦めずに食い下がる。


「でも僕たちが行かないと、化石関連の詳しい事はわかりませんよ? 足手纏いにはなりませんから、ねっ、ねっ?」


 確かにそこは痛い所ではある。だが、幼い子供たちを危険な目に遭わせるわけにはいかないと、父であるダレンは頑として首を縦に振らない。

 母であるクラリッサも心配そうにことの成り行きを見守っている。


「よし、ならば俺が護衛をしよう。義姉上、そう心配そうな顔をしなさんな。俺が護衛をすれば、万が一の危険もないさ!」


「ダレン、お主は残れ。儂がギルとともに孫たちを護ろう。老いたとはいえ、まだまだ剣の腕は錆びてはおらぬ、心配するな……最初ではあるし、そう山々に深入りはせん」


 ならばと、ダレンも渋々ながら許可を出した。いずれにせよ、今すぐのことではなく全ては春になってからのことである。


「そういえば、叔父上はどうして我が家に? 何か問題でも?」


「いや、ギルにお前たちの武芸の指導を任せようと思ってな……まぁ、七つになったことでもあるし、そろそろ乗馬も始めようかとも思っていたのでな」


 叔父のギルバートはおそらく領内で一番の武辺者である。つまりネヴィル領最強の男に武芸を教わる事になるのだ。

 これには三兄弟は大喜び。なぜなら三人は、この叔父を尊敬していたのである。

 ただしそれは武芸一般のことではなく、その私生活についてであったが……叔父のギルバートは既婚である。

 地元民との融和を求めて、その妻は元々代々コールス地方に住んでいた者が選ばれた。

 叔父の妻として選ばれた女性の名はカーミラと言って、地元でも評判の美人であり器量良しと言われていた女性だった。

 そしてそのカーミラには、同じくらい美しいイーリスという妹がいた。

 あろうことか叔父は、その妹まで妾としてしまったのである。

 それでいて家庭は円満、この春には待望の第一子が産れる予定である。

 

「そういえばそろそろじゃの? もう名前は決めたのか?」


「いやそれが中々決まらなくて……まぁまだ時間はあるので、いい名前を考えますよ」


 祖父と笑いながら話をしている叔父の横顔を三人は見る。

 厳つい祖父や父には全くと言ってよい程似てはいない。聞くところによると、母親似というか母親そっくりだという。

 ハリウッドスター顔負けの色男である叔父の顔を見て、三人は自分たちにも同じような機会があるのではないかと期待に胸を膨らませている。

 三兄弟も、よく人に母親似であると言われている。ただし、鋭すぎる目だけは父親にそっくりだとも言われているのだが……


「そういうわけだからお前たち、明日からよろしくな! あと、子供が生まれたら仲良くしてやってくれよな!」


 勿論、と三人は笑顔で頷く。


「その間、カルス村は大丈夫なの?」


 カルス村は叔父が治める村である。


「大丈夫、心配ないよ。義父に任せてある。それに、何かあったとしてもそう離れているわけじゃないからね。まぁ今だと、問題になるのは冬眠明けの熊か飢えた狼くらいだろうし、それならば村人だけでも何とでもなるさ」


 厳しい環境に置かれた人々は強いというが、ここネヴィル領もその例に漏れてはいない。

 ガドモア王国でも有数の強兵として、敵には広く、味方にはごく一部ではあるが知られているのである。


「さぁ、そろそろお話は終わりにして、顔を洗って着替えなさいな。ベラには私から謝っておいてあげるから、ね?」


 綺麗と言うよりは可愛いといった母の仕草に、三人は即座に白旗を上げ、言われた通り顔を洗いに井戸へと向かった。

 

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