夜更かし会議
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先日起きた大地震、皆さまは大丈夫でしたか?
皆様が御無事であることを祈るばかりであります。
三兄弟は並んで窓から空を見上げる。
蒼い月明り、そして満天の星々の輝きのなんと素晴らしき事か。
壮大な宇宙を感じてしまうと、この星の上の片隅で起きている小さな出来事など、どれほどのものかと溜息の一つもつきたくなってしまう。
月の位置から見て、今は大体夜の九時くらいだろう。日中に少しだけ昼寝をしてしまったために、三人とも寝つきが悪く目が冴えてしまっていた。
この世界にも時計はある。日中は日時計で、夜間に正確に時間を計りたいのであれば、火時計を用いる。
このネヴィル家にも日時計と火時計はあるが、滅多な事では使用しない。
特に火時計は、蝋燭の燃える速度を測り、それによって時間を測るというもので、蝋燭自体が値が張るので余程の時でなければ使用されることは無いだろう。
「これまで行った政策や計画の進捗や、結果を今一度確認しよう」
三兄弟が揃っていて、特にやることが無い時にはこれをやるのが一番良い。
この三人が一番熱中出来る事といえばそれは、このネヴィルという小さな小さな家を、富ませて強くすることである。
そのための会議や反省会ならば、この三人は時間を忘れて没頭する事が出来た。
「先ずは奴隷だが……」
アデルがそう切り出すと、カインとトーヤは微妙な表情を浮かべた。
奴隷を買い求めた当初の目的は、ネヴィル領の人口の増加と、労働力及び戦力の補充である。
奴隷自体の買い取りと、その奴隷たちを収容する施設、また奴隷たちに基礎的な教育を施すための費用などについては、当初の目的よりも遥かに予算オーバーしており、また昨今の王国内の混乱による激しい物価の上下により、予算の確保が厳しいために新たに奴隷を買い求めるのを今は止めている。
「はっきりと言おう。奴隷を雇い続けて戦力化するという計画自体は、情勢によって頓挫させられてしまったと言うべきだろう。王国内が荒れて、まともな商取引が行えない今、いくら奴隷が安くても新たに買い求めるべきではないと思う」
ネヴィル家の金庫番であるトーヤの意見は、正しい。
現在ネヴィル家は、いや現在もネヴィル家は貧乏である。ただしこれは表向きのことで、祖父のロスコ率いるロスキア商会を使って、裏で売りさばいた宝石類によって数々の政策や、山海関というネヴィル領内での一大土木工事に充てた費用を差し引いても、若干の余裕が生まれてはいる。
ただし今後は、その余裕も無くなることが予想されている。
何故なら、王国内の経済状態の悪化により、宝石や貴金属などの売れ行きはガタ落ち、それにとどまらず、行き詰った貴族たちが手放した財宝類までもが、市場に溢れ出しているため、今後一層の価格の下落が予想されているのである。
しかも産地偽装を施し、目に就かないように少数ずつ、こそこそと売りさばかなければならないため、商売としてはより苦しい展開が予想されるだろう。
つまり結論としては、今ある金を大事に使っていくしかないということである。
「確かに、トーヤの言う通りだ。それに戦力の補充としては、内乱であぶれた騎士たちをウチに招いた事で、奴隷たちを一から戦士に育てる手間は省けた。奴隷事業は、今いる者たちを育てた後は一時凍結すべきだと思う」
「カインの言う通りだな。だが奴隷から、将来有望な者も幾人か出たことだし、この計画は決して無駄では無かったよな?」
アデルが二人の弟の顔を交互に見ると、二人はしっかりと頷きながら、無駄ではないと言い切った。
将来有望な者とは、アデルの私臣である奴隷のブルーノと、カインに同行してエフト語を学んだチェルシーらのことである。
「無駄どころかかなり有益だったと思う。奴隷たちに教育を施した結果、将来頭の良くなった奴隷たちに、自分たちが脅かされるのではないかとの危機感を煽って、村や街に学校を建てて領民の子供たちに、教育を施すことに成功したのは大きいだろう」
「それに今回の件で、教育、運営のノウハウを得たことにより、資金がありさえすれば再開は容易だろう。それよりも例の…………受け入れた棄民や難民たちの件はどうなんだ?」
「ああ、それならば上手くいっているみたいだ。領民たちの反応を見る限りだと、外の世界のあまりの酷さに最初は信じられなかったみたいだけどね」
アデルとトーヤは、カインが居ない間に騎士たちとその家族たちだけでなく、他領から逃げ、領内に逃げ込んで来た少数の棄民を、表向きには騎士たちの家族であるとして受け入れたのであった。
そしてその棄民たちを手厚く保護する代わりに、彼らにあることを命じていたのである。
その命令とは、領民たちに領外がいかに荒れていて厳しい状況であるかを、話すということであった。
彼らは命じられた通りに、領外の様子を語った。ネヴィル家が課しているのとは、まるで比べものにならないほどの高い税率や、長く厳しすぎる賦役、また悪化した治安により、山野に盗賊などが跋扈している状況などなど……
最初それを聞いた領民たちは、なにを大袈裟なと鼻で笑っていたが、王国内に商売へ向かったロスキア商会の者たちや、騎士やその家族たちからも似たような話を聞いて、愕然とする。
そして如何にネヴィル家が善政を敷いてるのかを知り、改めてネヴィル家に感謝と忠誠の念を抱かせることに成功していた。
それまで領内では、大規模な土木工事のための徴発や、急激な改革に不満を抱く者が、ちらほらとだが出始めていたので、それらの不満を吹き飛ばすために、受け入れた棄民たちを利用したのであった。
「上手く行っているのならばいいや。そういえば、西侯の使いがまた文句を言いに来たんだって?」
「うん、カインの居ない間にね。まぁ、そりゃ大勢騎士を雇って、さらにその家族まで移住するとあれば、黙ってはいないだろうと思ってはいたけどね」
「それで、何て言い分けしたんだ?」
「何て言ったと思う?」
カインの質問にアデルは、たちの悪い笑みを浮かべながら質問で返す。
「う~んそうだなぁ…………ああ、そうかなるほど! わかったぞ! え~、当家は国王陛下の御慈悲と御厚情により、目出度くも準男爵の準の字が取れた次第。近年王国を狙う北と東に備えて、一刻も早く与えられた位階に相応しき戦力を整えなければならず、此度の件もそれゆえの事とか何とか言って、追い返したんだろ?」
「まぁ、大体そんな感じ。でも、西侯はその言い分には納得せず、身分過剰な戦力の保有を懸念して、これ以上人々をウチに行かせないようにと、ネヴィル領へと続く関門を封鎖したみたいだよ」
「いやいや、その件については正直なところ、西侯に感謝しなければならないだろう。あのまま、棄民たちがどんどんと押し寄せ、その全てを受け入れていたら、ウチは直ぐに破産だったからね」
ウチを目指して来た棄民たちには可哀そうだけどと、トーヤは肩を竦めて見せた。
「西侯は馬鹿だなあ…………ウチを潰したいんだったら、今トーヤが言ったように、ガンガン棄民たちを押し付けるべきだったのに。それを関を閉じて押しとどめてしまうとは、最悪の一手だ」
カインは呆れたように、窓枠に肘をついて深い溜息を吐いた。
「その通りだ。ウチに来ることが出来なかった奴等は、どうなるか? そのまま西侯の領内で、盗人なり賊なりになるしかない。これは荒れるだろうな……商隊の護衛も増やさねば……」
それならば、現在一時的に帰農させている騎士たちを護衛の任に就かせようと、トーヤが提案する。
その提案にアデルとカインは、名案と手を叩く。
「彼らも慣れぬ鍬を振るよりは、慣れ親しんだ剣や槍を振ったほうがいいだろうしね。練度の低下もある程度はそれで補えるかもしれない」
グッドアイディアだと三人が燥いでいると、ギシギシと軋んだ音を立てながら、階段を上って来る足音が聞こえて来る。
「ヤバイ、父上だ! こんな時間にまで起きているのがバレたら、拳骨だぞ! 散れ、寝たふりをしろ!」
アデルは音を立てぬように静かに、そして慎重に窓を閉める。
その間にもカインとトーヤは、自分のベッドへと潜り込み頭から毛布を被って、早速寝たふりを決め込んでいる。
それに遅れること数秒、アデルも素早く自分のベッドへ登り、二人と同じように毛布を頭から被った。
ギリギリセーフ、と三兄弟が毛布の中で息を殺していると、ギイィと音を立ててゆっくりと部屋の扉が開かれる。
「むっ、話し声が聞こえたと思ったが……気のせいであったか……」
父ダレンのドスの利いた声が、暗い室内に響き渡る。
やがてゆっくりと、なるべく音を立てないようにと、静かに閉められた扉の音を聞いた三兄弟は、頭から被った毛布の中で、一つ大きな安堵の溜息をついたのであった。




