新たな資金源
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カインが十ヵ月ぶりにネヴィル家へと帰って来た翌日のこと。
「いや~、見てよこれ! 綺麗な刺繍だろ? サリーマったら俺が帰るって言ったら泣き出しちゃってさぁ~」
帰って来てから何度もこの話を聞かされているアデルとトーヤ。
二人の反応は薄めた塩水の如くであったが、カインはお構いなしに向こうに居た頃の話を続ける。
「それにしても、二人とも俺が向こうに行く前と何も変わってないな。ほら見てよ、俺なんてこんなに日焼けしちゃったし、髪もいい感じに伸びてるだろ? いやぁ~これからはさ、やっぱ俺みたいに少しワイルドな感じの方がモテるんじゃないかな?」
アデルとトーヤはお互いの髪形を見た後、そっぽを向いて舌打ちする。
二人の髪は、基本的に母親であるクラリッサが切っている。
髪形は物心ついたときから変わらず、いつも同じで、前髪ぱっつんのマッシュルームカット。
この国の貴族の子は、だいたいがこの髪型である。
一度気分転換に、母に髪形を変えて欲しいと頼んだところ、何を思ったのか可愛らしいリボンを付けられて以来、髪型に関しては諦めていた。
「アデル、このままカインを調子に乗せておくのは危険だと思う」
「同感だ弟よ! 一人だけカッコいいとか、絶対に許すわけにはいかない。俺たち三人は、喜びも苦しみも分かち合うべきなんだ。ただでさえガールフレンドを作り、プレゼントの交換までしてくるとは……この裏切りにも等しい行為、許し難い!」
そんなアデルとトーヤには目もくれず、カインは自慢げにサリーマから貰った刺しゅう入りのハンカチを取り出して広げると、そのまま眺めうっとりと眼を細めている。
「カインが腑抜けになってしまう前に、と…………母上ーーー! カインの髪が凄く伸びています。前髪が目に掛かっていて見難そうなので、僕たちのようにサッパリと散髪してあげて下さい」
「そうです母上、カインも辛そうなので今すぐにでも切って下さい」
二人の声にカインは、ハッと我に返る。
「あらあら、そうねぇ…………少し伸び過ぎね。いいわ、切ってあげるからいらっしゃいカイン」
クラリッサはニコニコと笑いながら、散髪用の鋏は何処にしまったかしらと、居間を出て行く。
そんな母の姿を見て、二人はニヒヒと忍び笑いを繰り返す。
「汚いぞ二人とも! 母上を動かすなんて!」
カインは髪の毛を手で押さえながら部屋を出ようとするが、出ようとしたところをクラリッサに捕まり、そのまま庭へと連れて行かれる。
「母上、おれ、いや僕はこのままで構いませんから…………」
「ダメよ。いい、カイン。あなたは貴族なのだから、貴族らしい恰好をしないと……さっ、陽が暮れてしまう前にさっさと終わらしてしまいましょうね」
「アデル! トーヤ! 覚えてろよ~~~!」
こうなってしまっては観念するしかない。
が、二人に対してどうにも腹の虫が据えかねるカインは、よくいる三流の悪漢のような捨て台詞を吐きながら、肩を落としてトボトボと母親の後ろに続いて行った。
ーーー
その晩、三兄弟はベッドの上で久しぶりの子供会議を行った。
切られた髪が気になるのか、カインはしきりに髪へと手を伸ばしている。
「カイン……どうせ放っておいてもすぐに母上に切られただろうし、機嫌なおせよ」
あれ以来カインはずっとむくれたままである。
「そうそう、それに髪を伸ばしていると、何時ぞやみたいにまたリボンで結ばれて、父上に笑われるぞ」
「うっ、それは……嫌だが……でも……」
未だ不満げに口を尖らせているカインと、それを宥めるトーヤの二人に向かって、アデルがパンパンと手を叩く。
「よし、髪のことはそこまでだ。頭を切り替えよう。眠気が来る前に、ここ最近のネヴィル領に起きたことをカインにも知って貰わねばならない」
無邪気な子供の時間はこれで終わり。ここからは、この世界で生き抜き、伸し上がって行くための策を練る時間である。
先ず俺から……と、領内に関する出納などを統括する、云わば金庫番であるトーヤが具体的な数字を出しながら説明を始める。
「今回雇った騎士は総勢二百名弱。その内、スカウトに応じて来た五十四名は、そのまま騎士として採用。その他は一度帰農して貰い、当家に余裕が出来次第、あるいは手柄を立て次第、士分として雇うことになっている」
「二百! よくそんなに多くの者たちが、辺境の弱小貴族であるウチの門を叩いたな……」
「中央はかなり切羽詰まっているらしい。彼らが反乱軍に加担した貴族に雇われていたという、経歴上の傷もあるが、どこの貴族も戦費の捻出と、王の課した重税により、余裕の余の字も無いといった状態だそうだ」
「なるほど、新たに人を雇う余裕もないわけだ」
そうかとカインは納得し、うんうんと頷いていたが次の瞬間、パッと大きく目を見開いた。
「それって拙くないか? それほどまでに余裕が無いってことは…………」
流石は兄弟、直ぐに気が付いたかとトーヤは薄く笑う。
「そう、もうトパーズが売れないってことだ。現に巷では、資金繰りに苦しんでいる貴族たちが放出した、宝石や貴金属の類が溢れているらしい」
「なんてこった……ウチがこんな風に新事業を興したり、兵力の増強に励んだり出来たのは裏で売りさばいていたトパーズのお蔭。そりゃ最近、巷でも在庫がダブつきはじめて、価値が暴落していたけどさ」
「まぁ資金繰りのことは後で、先に報告を……その騎士たちが率いて来た家族や親類、そういった者たちの数が千四百。さらにどさくさに紛れ、ウチに入植を希望してきた棄民の類が、四百弱。その棄民たちもついでだから受け入れた。それらの結果として、ネヴィル領の人口が二千名増えたことになる」
「ちょっと待て、それって大丈夫なのか?」
今のネヴィル領の人口は、大体五千数百。そこへ一気に二千人が加わるというのだ。
それも大半が追い詰められた、持たざる者たちである。彼らが安定して税を納められるようになるまで、それなりの月日が必要である。
「はっきり言って、かなりヤバイ。だがここで父上が、頑張って愚王に取り付けた三年無税という約束が効いて来る。後二年。後二年で、何とかしないと、破産だ」
「今年の余剰生産分は、全てエフト族との友好のために消費してしまった。来年と再来年の分は、全て?の安定のために使わざるを得ないな」
「ということは、奴隷受け入れ事業は一旦中止だな。それとトパーズに代わる新しい金鉱を探さないと」
現在のネヴィル領の対外的な主力輸出物は、裏で隠れて捌いているトパーズと、農作物の他は消石灰のみ。
消石灰だけでは、いくら売りさばいても領内を潤すことは出来ないだろう。
「実はもう見つけてあるんだ。流石に宝石のトパーズほどの利益は出せないだろうが、まぁ売り方次第では、そこそこの値で売れそうな物がある」
一体何だろうとカインは首を傾げる。
「岩塩と共に、石膏も結構掘り出されていてね。石膏は、焼けば豆腐のにがりの代わりにもなるし、解熱の生薬でもあるんだ」
あっ。とカインは叫んだ。この世界での薬は、その殆どが生薬であり、総じて値が張る。
石膏を焼くのも、石灰岩を焼くために作った窖窯を使えば良い。
「それだけじゃないぞ。石膏は土壌のカルシウム不足の時に用いる肥料としても使われている。どうだ? 思い出したか? 前世でガーデニングブームの時に色々と仕入れただろ?」
「凄い、凄いぞ! 今のどろりとした豆腐よりも遥かに豆腐らしい豆腐! それに生薬に肥料! 新たな主力商品の誕生だ!」
まだネヴィル領内には手つかずの山がいくつもある。
それらの山々にもひょっとしたら、他にも宝が眠っているかも知れないと三人は期待に胸を膨らませるのであった。
workhose様、石膏のアイディアを教えて頂きありがとうございました。
さっそく物語で使わせて頂きます。ローマンコンクリートの件といい、感謝の言葉も御座いません。
本当にありがとうございました。




