カイン、衝撃の事実を知り動揺する
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カインがエフト族の元に赴き滞在すること早半年、元々片言であれエフト語を話せたトラヴィスを始め、全く話すことの出来なかったカインと奴隷のチェルシーも、同年代の子供たちとの交流のおかげか、かなり流暢にエフト語を話すことが出来るようになっていた。
カインたちから見れば古代文字であるエフト文字も、トラヴィスが持ち前の生真面目さで丁寧に模写し、今や自分の名前や簡単な物の名前ならば、模写した文字を見る事無く書くことが出来るまでになっていた。
チェルシーも同年代の女の子たちと仲良くなり、編み物や刺繍を教わっているようである。
交流を深め、この地での大体の目標を達成したカインたちは、ネヴィル領への帰還を考え始めていた。
「えーっ! カイン、帰っちゃうのかよ! なんでだよ、ずっとウチにいろよ!」
そろそろ故郷に戻らないと、とカインがサリーマに告げると、サリーマは怒ったり、泣きべそをかいたりと目まぐるしく顔色を変えながら、なんとかカインを引き留めようとする。
「こら、サリーマ! あまり無理を言うものではない。カイン…………義弟よ、お前には大変に世話になった。一族に代わって礼を言う。出来ればサリーマの言う通り、このままここに残って欲しいのだが……そうはいかないのだろうな」
で、いつここを発つのか? とサリーマの兄であり、カインを義弟と可愛がってくれるスイルが聞くと、冬になる前、秋には戻る積りだとカインが答える。
「なんだよ、なんだよ! もうすぐじゃんか! カインの馬鹿! ウンコ垂れ! チビ!」
それを聞いたサリーマが、ひとしきり悪態をついた後で、両目いっぱいに涙を溜めながら部屋を飛び出して行ってしまった。
謂れのない子供らしい悪態をつかれたカインは、どうも釈然としない面持ちである。
「馬鹿はまだいいとして、ウンコ垂れは無いだろう。俺はここに来てから漏らしたことはないし、そもそもウンコは、生きてりゃ誰だって垂れるもんだろうが。それに、背だってそんなに変わらないじゃないか」
「すまないな、義弟よ。妹も寂しいのだ。とはいえ、客人に対する無礼は許し難いので、後できつく言っておくから許して欲しい」
「まぁ義兄上がそう言うのであれば………………い、妹? え? 妹? ってことは、サリーマは女の子?」
半年近く共に生活していて初めて知る衝撃の事実である。
カインが目を白黒させながら、オロオロと狼狽する様を見たスイルは、腹を揺すって大笑い。
堪えきれずに地に転がりながら、なおも笑い続けている。
「はははっ、なんだ義弟よ、今まで気付いていなかったのか? はははっ、こりゃ傑作だ! だが無理も無い、アイツはお転婆でちっとも女らしくないものな。だけど、ちょっとは変だと思うだろ? アイツだけ夜は別の部屋で寝てるんだし。しかし義弟は、変なところが抜けているな」
確かに言われてみれば、水浴びもカインとスイルは共に浴びたことはあるが、サリーマとは一度も無い。
それにスイルの言うように、夜にはスイルとサリーマは別々の部屋で寝ていたのを思い出した。
「いや、だって、でも…………」
カインとしては、猛烈に言い訳がしたい。
だいたい、エフト族の一般的な髪形が悪いのだと。
エフト族は男女共に、後ろ髪を伸ばして結わえている。
衣服もモンゴルの民族衣装のデールのような感じであり、さらにデールと違って男女の明確な差は無きに等しい。
そのため、後ろ姿などのパッと見で男女の区別が付き難く、カインも最初は正面にまわって、胸のふくらみや髭の有無で一々確認していた程である。
ましてや子供などの男女を見分けるのは、それに輪を掛けて難しいのは言うまでもない。
スイルのように、声変わりをして喉仏が出ているなら未だしも、十歳未満の子供たちの男女の見分けは、半年いても困難であった。
「まぁ、このことは内緒にしておいてやろう。義弟よ、これは貸し一つだぞ。アイツはお転婆の癖に、男扱いされると猛烈に怒るからな」
そんな理不尽な、とカインはがっくりと肩を落とす。
だいたい、サリーマが女の子らしい仕草や行動を取った事はこの半年の間、ただの一度も無かったじゃないかと。
エフト族の女の子たちは、女の子同士で集まって刺繍をしたり、編み物をしたりして遊んでいる中で、サリーマはカインと共に、山野を駆け巡っていた。
サリーマは特に、カインがもたらしたブーメランに夢中になり、晴れていればカインを誘ってブーメランを投げて遊んでいたのだ。
確かにまつ毛も長く、線は細めで時折その横顔に見入ってしまう事はあったが、普段の荒々しい言動と行動から、女の子だと見抜くのは不可能だとカインは思った。
名前に関しても、確かに音の綺麗な女性っぽい響きだなと感じていたのだが、ここで前世の知識がその感性の邪魔をしてしまう。
日本人の名前として、男性とも女性とも受け止められるようなものは多数ある。
薫だとか晶だとかの中性的な名前の例を思い出し、サリーマという名前もそれと似たような感じだろうと確認もせずに、当たり前のように受け入れてしまったのだった。
これは非常に大きなミスである。この世界は日本では無く、名前一つに関してもこの世界、地域、部族特有のルールや基準があるにもかかわらず、前世の記憶の中にあるルールや基準を、無意識的にこの世界にまで当て嵌めてしまっていたのだ。
それはさておき、今後自分はどのようにサリーマに接したら良いのかがわからず、カインは困惑し、頭を抱えてしまうのであった。
ーーー
「母上、お婆様! 刺繍を、刺繍を教えて!」
両目に涙を一杯溜めながら、女性が刺繍や編み物をするための部屋へと、飛び込んで来たサリーマの姿を見て、サリーマの母親であるアズーラと祖母のモイラは驚き、アズーラはサリーマを手繰り寄せてその胸にかき抱く。
「いったいどういう風の吹き回しだい? あれほど編み物や刺繍を習うのを嫌がっていたというのに」
モイラが編み物の手を休めてサリーマに聞くが、サリーマは俯いたまま中々口を開こうとはしない。
「誰かにからかわれたのかい?」
違うと、サリーマは首をフルフルと横に振った。
「じゃあ、いったいどうしたの?」
優しくアズーラが問い掛けると、サリーマはぽつりぽつりとその理由を話し始める。
「…………そう…………カインが帰ってしまうのね。それで、あなたは刺繍を…………わかったわ、教えてあげる。でも、今までサボってきた分、厳しく行くわよ? そうでないと、間に合わないかも知れないのだからね?」
それでいいと、サリーマは頷く。
その日からサリーマは、いつものようにカインを遊びに誘わず、朝から晩まで母親たちと過ごすようになっていった。
カインとしては、自分が帰ると言ったのでサリーマが怒ってしまったのだと思い、どうしたら仲直りできるのだろうかと連日悩み続けていた。
義兄と慕うスイルにサリーマの様子を聞いても、スイルは適当にはぐらかすのみであり、頼りになりそうもない。
カインがこれ程までに悩んだのは、産まれてから初めての事だったかも知れない。
そうこうしている内に、どんどんと月日は流れて行ってしまう。
喧嘩と言うほどではないが、関係が拗れたままで別れたくはないなと思っていたが、遂にその別れの日が来てしまう。
ーーー
あっという間に夏は過ぎ去り、秋がやって来た。
ここでカインは前々から話していた通り、ネヴィル家へ戻ることにした。
「長々とお世話になりました。皆様のご厚意に厚く御礼申し上げます」
カインが代表して礼述べて頭を下げる。
「いや、こちらこそたくさん世話になった。カイン殿の知恵とネヴィル家の好意には、感謝の言葉も無い」
族長のガジムがカインの小さな手を取り、感謝の意を示す。
一族総出での見送りである。
寄宿させて貰った家の家長であるダムザを始め、義弟とカインを呼び可愛がってくれたスイルや、その母親のアズーラや祖母であるモイラも居る。
その母親であるアズーラの後ろに隠れるようにして、こちらをチラチラと覗うサリーマの姿があった。
「サリーマ、お別れを言いなさい」
アズーラに言われておずおずとその陰から出て来たサリーマは、普段とは違って正装で髪に花飾りを付けていたりと何処から見ても見間違う事の無い、女の子の恰好をしていた。
「カイン、これ」
そう言って差し出して来た手には、刺繍が施されたハンカチがあった。
「ありがとう。大事にするよ」
カインはハンカチを手に取りその刺繍を見る。
刺繍は、サリーマの家…………ダムザの家の家紋であった。
だが、不慣れなのかどこかしら歪んでいて、決して上手とは言い難い出来栄えである。
それでもカインは、サリーマが一生懸命自分のために作ってくれたこの贈り物を、心から嬉しく思った。
「実は俺もサリーマに渡したい物があるんだ。これなんだけど、受け取って欲しい」
カインが差し出したのはピンク色のオパールで作った勾玉のネックレス。
革紐を通し、そっとサリーマの首に掛ける。
首に掛けられた勾玉を見てサリーマは、驚いてその目を誰も見たことが無いくらいに大きく見開いた。
「い、いいのか? これって、宝石だろ?」
「うん、ウチで少しだけ取れるオパールって言う宝石なんだ。これはピンク色だから、ピンクオパールって言うんだよ。それで、これは勾玉と言って魂の姿を象った物で、御守りみたいなものかな? 気に入ってくれると嬉しいんだけど…………」
ここでサリーマは感極まって泣き出してしまう。
そして泣きながらカインを抱きしめ、絶対にまた来いよと何度も呟き続ける。
カインはそっとサリーマの肩に手を伸ばして抱きしめて約束する。絶対にまた来ると。




