城取り
ジリジリと照りつける真夏の太陽の下で、日焼けした浅黒い肌を晒しながら、子供たちが野原を元気に駆け巡る。
「右だ! 右の支城を守れ!」
「今だ! 手薄になった本城に集中攻撃だ!」
原っぱには三本の旗が立っており、その内の一本は他の二本に比べて、少し大きめの旗が風に揺らめいている。
傍から見ると子供たちが、その旗を廻って取り合いの喧嘩をしているようにも受け取れる。
そんな子供たちを、少しだけ小高い場所からアデルとトーヤが声も上げずに見つめていた。
アデルとトーヤのすぐ後ろには、奴隷の身でありながら領主の嫡男の護衛として抜擢された、ブルーノの姿がある。
流石に領内と云えども、領主の息子を奴隷の護衛であるブルーノ一人に任せては置けない。
少し離れた所に、大人の護衛が数名待機している。
今までは、気心知れたネヴィル領には領民たちだけであったが、昨今は雇った騎士やその家族や一族らが大量に入植している最中である。
もし仮に何かの間違いで、アデルたちが傷つきでもするならば、たちまちネヴィル領を追われ、元の浪々の身となってしまう。このネヴィル家に仕えるまでに味わった艱難辛苦を思えば、もう二度と浪々の身の上には戻りたくはないであろう。
それ故に彼らは、自ら率先してアデルたちの護衛の任を買って出ていた。
今日、アデルとトーヤの護衛についている騎士たちは、アデルの指名した三人。
傷だらけのザウエル、蛮斧バルタレス、逃げ馬のシュルトの三名。
アデルは、古参の重臣であるダグラスが推すこの三人を一目見て気に入っていた。
「流石はダグラスが見つけて来た者たちだ。勇将、猛将、智将ってところだな」
アデルが勇将と称したのはザウエル、猛将はバルタレス、智将はシュルトである。
「あのハーローって騎士はどう?」
駆け回る子供たちから目をそらさずに、トーヤはアデルに問いかけた。
「結構いいと思う。少なくともいの一番にウチの門を叩いたってことは、どこも自分を雇ってはくれない現状に、早々に見切りを付けたということで、即断性はありそうだし。後はどのくらいウチに染まってくれるのかだね」
アデルも同じように子供たちから目を離さずに答えた。
さらに、
「ブルーノには、彼らに負けない将になって貰わないとね」
と、背後に控えているブルーノに発破を掛ける。
「はっ、そのお言葉を肝に命じ、日々精進致します!」
既にアデルの智に心酔し始めているブルーノは、その場で膝を着いて首を垂れた。
ーーー
「変わった子供たちだ……」
少し離れた場所に佇む、三人の騎士の内の一人であるザウエルは、その変わった子供たちに聞こえぬよう、声を落として呟いた。
「同感」
これは蛮斧バルタレス。彼はあまり雄弁な質ではなく、その言葉は極端に短い。
「あの子供たちが、今やっている遊びを知っていますか? 私も初めて見る遊びなので、若君にお尋ねしたところ、若君が考案なされた新しい遊びで、その名も城取りというのです」
シュルトの言葉にザウエルは眼を細め、目尻に細かい皺を寄せた。
「ルールは単純明快。あの三本の旗が城の代わりで、その中の大きい物が本城、後の二本は支城といい、攻撃側と防衛側の二手に別れて取り合うというものですが、中々に良く考えられておりましてな」
「興味があるな。詳しく教えてくれ」
ザウエルの言葉に、バルタレスも乗っかって頷いた。
「今申し上げた通り、攻撃側と防衛側の二手に別れ、制限時間内に攻撃側が、防衛側に触れられずに本城の旗を倒せば勝ち。もし防衛側の子供に攻撃側の子供が手で触れられてしまうと、戦死扱いとなり以後、勝負が終わるまでは一切参加出来なくなります。時間が来たら攻守交代。勝負に甲乙付けがたい場合は、倒した旗の数や戦死した人数などで白黒を付けるそうで……」
説明を聞いた二人は、開いた口が塞がらない。
「これが遊びだと? まるで軍事教練ではないか……」
「左様。それも考えたのが、僅か八つである若様がただというのだから驚きだ。遊んでいる内に子供たちは、知恵を巡らせて様々な戦法を編み出していると聞く。いやはや、我らはとんでもない家に仕えてしまったのかも知れんな」
シュルトは、アデルとトーヤを見つめながら、半ば呆れたような溜息をついた。
「で、若様がたはなぜ見ているだけなのか?」
「それがまた…………多少荒っぽい遊びなので、諍いが起きないように、審判役を引き受けているというのだから参ってしまうよ」
それを聞いてザウエルは無言、シュルトもアデルとトーヤを注視する。
だがいくら見つめても、見かけはただの子供にしか見えないのだ。
「俺はあの若様が好きだ。俺を見て恐れないばかりか、得物であるこの斧を見て、古の豪傑のようだと仰られたそうだ」
バルタレスは手に持つ大きな戦斧を見ながら、嬉しそうに語った。
今まで、この戦斧で数々の功を立てて来たが皆、口を揃えて野蛮な武器であると言い、騎士らしからぬと陰口を叩かれて来た。
だがアデルは、軽々と戦斧を扱うバルタレスを見て、水滸伝に出て来る好漢の一人である李逵のようだと喜んだのだった。
「それは俺も同じだ。俺の顔の傷を、向こう傷は勇気の証しだと仰られた」
ザウエルも異名通りの顔の傷を、幼いアデルたちに恐れられ、忌み嫌われるかと思っていたが、蓋を開けてみれば全くの逆の反応である。
寧ろ、恐れを知らぬ勇将であると持ち上げられてしまったのだった。
「私も、逃げ馬などというあだ名は好きでは無かったのですが、退路を常に確保しようとするのは、名将ゆえなどとおだてられてしまいましてね…………ええ、悪い気はしませんでしたとも」
戦の際に慎重論や退路の確保を進言しただけで、逃げ腰であるとか、臆病者であるとか罵られて来たシュルトもまた、そういった進言はどんどんするようにと言われ驚き、にわかには信じられずに何度も瞬きをして、その姿をアデルとトーヤに笑われていた。
アデルとしては見どころのありそうな三人を、ごく普通に扱っただけなのだが、ネヴィル家に仕えるまで、散々不当な扱いを受けて来た三人は、そうは受け取らなかったのである。
このごく普通に接して来ることと、アデルが見せる年相応ではない智恵や言動に、三人は怖れや奇妙さを感じながらも、既にグイグイと引き込まれてしまっていた。
そうこう話している内に、アデルが高台から駆け下りて、子供たちの中へと走って行く。
そしてそのまま揉めている子供たちの間に割って入り、審判としての裁定を下すと、再び高台へと駆け戻り、遊びの再開を告げる。
いくら審判とはいえ、これが普通の子供の裁定ならば、諍いを起こした子供たちも易々とは従わなかったのかも知れないが、アデルは領主の嫡男である。
これに逆らうことが出来ようはずも無い。もっともアデルが下す裁定は、いつも皆が納得するようなものであるため、子供たちも今ではアデルの審判を信じて素直に従うようになっていたのだが。
「まったく不思議なお方だ。人の心を掴むのが上手いというか、何というか……」
審判役として何度も行ったり来たり、原っぱを駆けずり回っているアデルを見て、ザウエルは口の端に笑みをこぼす。
「そういえばザウエル卿、御子がお生まれになられたようで……お祝い申し上げますぞ」
シュルトが祝いの言葉を述べると、ザウエルは少しだけ顔を赤らめながら礼を述べた。
「感謝を。まだ首がすわっておらんので王都を動けぬが、近いうちにこちらに来るそうだ」
「名は?」
バルタレスの言葉は相変わらず短い。
「いや、まだ決めかねている。まぁ、こっちに来るまでまだ日があるので、ゆっくりと考えさせて貰うさ」
「良き名を」
バルタレスに向かって、ザウエルは頷いた。
そして同時に、自分が今仕えているあの二人のように、元気で聡明に育ってほしいと願うのであった。




