異常性に対する恐怖心
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爽やかな風と照りつける日差しの中、ダレンとアデルはネヴィル領の最初で最後の防衛拠点である、山海関の前で新たに雇った騎士たちを集め、ネヴィル家の基本的な防衛構想を説明する。
「諸君らもここを通って来たのでおわかりだろうが、この山海関は断崖絶壁を抉り作られた道の蓋をする、当家の最重要拠点であり、絶対に死守すべき場所である」
整列した騎士たちが見上げる山海関の壁は、戦国大名の加藤清正が築城した熊本城のように、独特の反り返った石垣である武者返しが施されており、上の方が少しだけ反っているのが特徴である。
この武者返しのせいで容易には壁を登れないことが、一目見ただけでもわかり、壁の厚さと二重の鉄門扉により、ネヴィル家がこの防衛拠点に、どれほどの心血を注いだのかが窺い知れる。
壁は表向きは他の城などにもある普通の石積みのように見えるが、その石積みはいうなれば外骨格であり、その内側には砂利と、大昔に地面に堆積した火山灰に含まれているガラス質などを混ぜた、ローマンコンクリートで満たされている。
このようにして作られたローマンコンクリートの壁は非常に強固ではあるが、ローマンコンクリートの性質上、完全に固まり、その頑健さを発揮するには長い年月を必要とする。
この場にいる山海関の生みの親の一人であるアデルは、壁の厚さから考えて、ただ固まるのに数年、本来の強固さを発揮するには数十年かかるのではないかと見ていた。
「父上、ここからは私が……」
「うむ、よかろう。任せる」
当主であるダレンは、簡単にこの場の仕切りを八歳児である嫡男のアデルへと譲った。
この時点ですでに世間一般の常識とはかけ離れていることに、アデルは兎も角として、息子たちが神から遣わされたと信じて止まないダレンは気付いていない。
最早、非常識という名のネヴィル家の異様な常識に骨の髄まで毒されてしまっている。
「もうすでにこの場にいる者は見知っているとは思うが、改めて自己紹介を。私がネヴィル家当主であるダレンが嫡子、アデル・ネヴィルである!」
幼いとはいえ仕えるネヴィル家の嫡男。騎士たちが膝を折ろうとするのをアデルは手で制し、山海関における外敵からの防衛構想について語り始める。
「先程父上が申された通り、山海関は当家の要である。断崖絶壁に設けられた道そのものが要害であるが、山海関はそれを利用しつつ、地の利を最大限に引き出した難攻不落の関門である。これを落とすにはどうすればよいか?」
アデルはつかつかと最前列に並んでいた騎士ハーローに歩み寄ると、山海関の攻略法を下問する。
騎士ハーローが選ばれたのは、最前列であったことと、一番最初に仕官を求めて来た騎士であり、その容姿が印象に残っていたためである。
一方、山海関の攻略法を下問されたハーローは、混乱の極みにあった。
それは当然である。たかが八歳の子供に、いきなりこの関門をどう攻めるかと質問されて、すらすらと答えられるものなど居ようはずもない。
あまりのことに身動き一つ出来ず、口を開ける事さえ叶わぬハーローの様子を見て、アデルは満足気に笑みを漏らした。
「ふむ、無理も無い。この関門を突破するにあたって、攻城兵器を用いるのは先ず不可能と言っても良い。何故なら、攻城兵器を組み立てた状態で崖道を通るのは不可能であるし、山海関前の僅かな平地で攻城兵器を組み立てようと試みれば、関門より降り注ぐ矢の雨にて失敗することは必定である。また、僅かに反り返った壁は、鈎爪を用いて登ろうとしても困難を極めるだろう。崖道を通る事の出来る小型の破城槌や衝角など、壁は勿論の事、二重の鉄門扉を打ち破る事は不可能に近い」
騎士たちは、山海関の難攻不落さよりも、それを雄弁に語るアデル自身に驚きを隠せないでいた。
だがアデルは、そんな騎士たちの反応を、難攻不落の山海関の強固さによるものだと勘違いをしていた。
気を良くしたアデルは、さらに言葉を続け、山海関による防衛構想を語った。
これはある意味で、アデルの子供らしい一面でもあった。
ただ、普通の子供が玩具を自慢するのに対して、アデルは自身も設計に深く関わった、難攻不落の関門を自慢するという、いささか世間一般の常識からは外れすぎた、子供らしさではあったのだが……
三兄弟が考えるに、この関門を陥落させる方法は現在のところ、たったの二通りしかない。
航空兵力があればこのような関門、意図も容易く突破は可能ではあるが、その様な物が無い以上、損害を無視した人海戦術と、関門の内側からの内応の二通りしかないと考えている。
まず前者である、人海戦術だが、これはおそらくは実行不可能である。
大量の味方の死体で空堀を埋め、さらにその上に文字通り死体の山を築き上げるという攻略法で、山海関を陥落させることは出来るだろう。
だが、誰が好き好んで自らの命を捨てて、後続の味方のための足場になろうとするだろうか?
このような戦法を取れば、直ぐに士気は崩壊してしまうのが目に見えている。
よってこの戦法は、理論的には可能ではあるが、先ず実行されないと見ていいだろう。
後者の内応で門を開けるという方法が、この山海関の現在最も危惧されている攻略法である。
これには鉄門扉を二重にすることと、その鉄門扉を開くには、二ヶ所の開閉装置を制圧しなければならないようにすることによって対応している。
開閉装置の傍には、詰所が設けられており、現在ここを任されているのはネヴィル家に古くから仕えている、古参の忠誠心の厚い者たちである。
「このように山海関は難攻不落と言っても良いが、やはりその防衛の要は人である。つまり、卿らが山海関の要なのだ! 卿らには明日から交代で、この山海関の守備に就いて貰うことになる。難攻不落とはいえ、ネヴィル領の最初で最後の防衛線。ゆめゆめ気を抜くことの無きよう、気を引き締めてかかるように。以上である」
アデルが後ろに下がろうとしたその時、一人の騎士が挙手をして質問を投げかけてきた。
その騎士は、逃げ馬の異名を持つシュルトであった。
「一つお尋ねしたき儀が御座います。御当家が想定なされている敵とは、一体どのような者でありましょうか? この山海関は野盗、山賊の類に対しての備えとは到底思えぬ、堅牢さ加減でありますが?」
「それは決まっておろう。当家に隣接するは西侯のみ。それが答えだ」
それを聞いたシュルトは言葉に詰まる。そんなシュルトに変わって、挙手をして発言したのは、蛮斧ことバルタレスであった。
「……西侯は御当家と同じく、王国に忠を誓っており、敵とは申せませぬが…………」
「ははは、西侯は当家と同じく王国に忠を誓っているか……果たしてそうかな?」
「と、申されますと西侯が、王国に対して叛意を持っているということでありましょうか?」
今度は傷だらけの異名を持つザウエルが、手を挙げて質問する。
最初ザウエルは、自身の顔に刻まれた傷跡をアデルが見て、恐れ嫌われるのではないかと思い、質問を躊躇ったのだが、アデルが作り出した異常性の高い雰囲気に引き摺られるように、自然と手を挙げてしまったのだった。
「ザウエル卿、西侯が表だって王国に叛意を示したという話は私も聞いたことは無い。だが、卿らはもうその身を以ってして十分に理解したのではないか? 先の反乱を思い出して見よ。今のご時世、何時、誰が王国に反旗を翻すのかはわからぬのだ。当家に隣接するのは西侯のみであれば、西候を仮想敵とするのは至極当然のことではないか?」
この場にいる騎士たちは、アデルの言葉に対して……いや、たかが八歳の子供とは思えぬ言葉と振る舞いに、鳥肌を立て、冷たい脂汗を浮かべ、ゴクリと生唾を飲み込みながら恐怖する。
マキャベリズムの君主は愛されるよりも恐れられよという言葉通り、アデルは新参の騎士たちの心に、その愛らしい容姿から紡ぎだされる異常ともいえる言動を以って、底知れぬ恐怖を植え付けることに成功していた。
最も、アデル自身は、新参の騎士たちに舐められないようにという、ごく軽い気持ち程度の思いでしかなかったのだが、居並ぶ騎士たちはそうは受け取ってはいないことに、アデルもダレンも最後まで気付くことは無かった。
関門に使われたローマンコンクリートは、修正後の設定となっております。
今回は簡単な防衛構想回、次回は三兄弟が考案した変わった遊びのお話となります。




