スカウトキャラバン
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「あなた、いかがでしたか?」
お腹の膨れた妻の問いかけに、男は力なく首を振った。
「大丈夫ですよ。あなたほどの騎士はそうはいませんから、すぐにお声が掛かると思います」
身重な妻の励ましを受けた男は、顔にある大きな傷跡を歪めながら、心底悔しそうに顔を歪める。
男の名は、ザウエル・クリーブナーと言う。
鼻梁を真一文字に切り裂かれた傷跡と、左頬から耳まで切り裂かれた大きな醜い傷跡が特徴で、体にも無数の矢傷などを受けていることから、同僚には傷だらけのザウエルと呼ばれていた。
腰に佩いた長剣を外すと、柄に刻まれたバーゲスト子爵家の紋章が目に入る。
それはつい先日まで仕えていた家の紋章。親の跡を継いで騎士となり、この剣をバーゲスト子爵家の前当主から拝領して以降十二年、大小様々な戦場を駆け廻り、武功を積み上げて来た。
だが、顔にある大きな傷跡を当主に嫌われ、バーゲスト子爵家では長らく冷や飯を喰わされ、不遇をかこつ日々を送る。
武功抜群とはいえ、元々美男子の類では無いうえに、顔にある大きな傷跡、そして当主に疎んじられているとなれば、結婚すらままならない。
家系を絶やすわけにはいかないと、どうにかツテを辿って現在の妻を娶ったが、この妻は平民の出であり、今度は同僚たちからも陰口を叩かれる始末となってしまった。
その居心地の悪いバーゲスト子爵家は、先に起こった反乱でポーダー公爵に与したために、当主とその直系は死罪となり、お家御取り潰しとなってしまう。
功を賞せず、疎んじられてきたバーゲスト子爵家に対する義理はこれによって断ち切られ、ザウエルは晴れて自由の身の上となった。
これ幸いと王都へと登って宿住まいをしながら、貴族の屋敷に自ら足を運んで自分の腕を売り込みに行くが、反乱に与した家に仕えていたという経歴上の傷と、顔に刻まれた大きな傷跡のせいで、仕官どころか門前払いを受ける日々。
それもそのはず、経歴上の傷もさることながら、王都で持て囃される騎士というのは、武功よりもその見栄えや家柄が重視される。
ゆえに、武功傷とはいえ醜い容貌のザウエルを雇おうとする家は、今の所皆無であった。
心の底に鬱々と降り積もった澱が溢れ出し、目の下に大きな黒々としたくまが生じ、その容貌は手負いの猛獣そのものといった感じである。
そんな痛々しい姿を見て、ザウエルの妻は大きくなった腹を気遣いながらそっと椅子から立ち上がると、ザウエルに歩み寄り、柔らかな手でそっとその顔を包み込む。
そしてゆっくりと、細い指先で鼻梁の傷跡と左頬の傷跡を撫でながら言う。
「申し訳ありません、あなた。わたくしが身重でなければ、この地を去って他の地で仕官先を求めることも出来ますのに……」
ザウエルは、硬い大きな手で割れ物を扱うかのように、優しくその肩を抱き寄せた。
「何を言うか……その腹の子は、クリーブナー家を継ぐ大事な跡取り。いや、まだ男と決まった訳では無かったな。まぁなんにせよ、お前と腹の子にこれ以上苦労をさせるわけにはいかぬ。明日はまた別の家を訪れてみるつもりだ。こう見えても俺は、それなりに他家の騎士たちの間でも名が通っていてな……必ずどこか召し抱えてくれる家があるはずだ」
妻と腹の子だけは何としても守り抜かねばならない。そうはいうものの、先行きの見えぬ人生に、戦場では抱いた事の無い恐怖心を感じ、その巨躯をぶるりと震わせる。
そんなザウエルの心情を察してか、妻はそっとその大きな体を手繰り寄せ、そっと口づけをする。
二人はそのまま、借宿の窓から夕陽が落ちるまで静かに抱き合い続けるのであった。
ーーー
三人一組で方々に散ったネヴィル家の従者たち。
その従者筆頭であるダグラスは、ネヴィル領を出て一路東へと進んで行く。
「親父殿、我々はどちらへ?」
付き従う若い二人の従者は、クレイヴとロルト。二人の父親とダグラスは同じ時期にネヴィル家に仕えた、朋輩の間柄であるが、既にクレイヴの父親は戦死、ロルトの父親も戦傷を拗らせて病死している。
それ以来、朋輩の遺児たちをダグラスは実の子のように可愛がっていた。
また、二人も親代わりとして親身になって育ててくれたダグラスを、親父殿と呼んで慕っている。
「我々は王都へ行く」
ダグラスの言葉にクレイヴは驚く。
「王都へですか? 失礼ながら親父殿、親父殿は以前よりよくこう仰られていたではありませんか。王都で貴族家の館に詰めているような騎士どもは、軟弱で話にならぬと。そんなところへ仕官をしようとするような者たちが、いざという時に役に立つとは思えませんが」
クレイヴの言葉を継ぐように、ロルトも意見する。
「なのになぜ? それに誠に残念ながら、王都に屋敷を構えるような貴族たちとウチでは、その……何と言いますか……経済力に差がありますので…………そういった家々と取り合いをしてもウチに勝ち目は無いのではないかと」
二人の意見は正しい。ダグラスはジェラルドが王都に居るころからの臣である。
それ以降も、ジェラルドやダレンの御伴に度々王都を訪れており、王都に居る貴族家に仕える騎士たちの軟弱ぶりを見知っている。
それに、ネヴィル家はいま現在のところ、宝石や塩が産出し養蜂も始めてはいるが、宝石と塩は極秘中の極秘扱いで、表立っての取引は無く、その利は家中の者にさえ伏せられている。
養蜂も始めたばかりであり、富を生み出すには今しばらくの時が必要だろう。
つまりネヴィル家は表向きはド辺境の極貧の貴族家である。
そんなド辺境の極貧のネヴィル家が、遊歴の身の騎士相手に出せる条件など、たかが知れており、他家との人材の取り合いとなれば、間違いなく勝ち目は無いと思われる。
だがダグラスは、二人の言葉を聞いても王都への歩みを止めようとはしない。
それどころか、実に楽しそうに口元には笑みさえ浮かべている。
その余裕と自信がどこからくるのだろうかと、二人が訝しんでいるのを見たダグラスは、笑いながら種明かしをする。
「儂に王都へ行けと命じたのは若様よ。最初は儂もその命に疑問を抱いたが、若様はこう仰られたのだ。王都の騎士たちが、儂の言う通り軟弱である事は自分も王都へ行ってわかった。それに父上の話を聞くと、王都の貴族たちの屋敷に詰める騎士たちは皆、血筋や容姿で選ばれているらしい。だが、おそらく今回クビになった騎士たちの多くは、再仕官先を求めて貴族が多く住まう王都へと向かうだろうと」
なるほどと二人は納得し、頷く。
「ですが、それならば尚更のこと、王都へ向かうのは無駄では? 我々が向かう間にも彼らは再仕官をしてしまうのではありませんか?」
「そう結論を急くな。若様の話にはまだ続きがあるわい。王都はその名の通り王のお膝下。そんな所で、反乱に与した家に仕えていた騎士を雇えるわけがない。彼らはなかなか仕官先が見つからず、厳しい現実にぶつかり気落ちしているはず。そんな時こそ当家にとって絶好の機会である。俸禄が安くても、仕官先が定まらない彼らはきっと飛びついてくるはずだと」
それを聞いてクレイヴとロルトは呆気にとられてしまう。
「若様って、まだ八つだよな?」
互いの顔を見合わせ驚いている二人に、ダグラスは喝を入れる。
「これ、二人とも! 呆けてる場合か! 若様は我らを信じて送り出したのだぞ。我らは一刻も早く王都へと行き、そのあぶれ者たちの中から当家の役に立つ者を見定め、一人でも多く連れ帰らねばならぬのじゃ。他の組もそれぞれ、我ら同様な理由で方々にある大都市へと向かっておる。その中でも我らは、王都という一番重要な場所を任されたのじゃ。二人とも気合いを入れぬか!」
親父殿に喝を入れられるのは、何も今に始まった事では無い。
二人は幼少の頃より度々こうして、ダグラスに厳しく育てられてきたのだ。
「今回年若いお前たちに、このような大役をお任せになられたのは、他ならぬ若様よ。お前たちはいづれ若様に仕える事になろう。その時に、当家の中心として働けるように、今の内から功を立てさせ、箔を付けさせる御つもりじゃろうて。お前たちは、それほどまでに若様に期待されておるのじゃ、励めよ」
僅か八つの子供に期待されてるといっても、今一つピンとは来ないが、自分たちがネヴィル家の次代を担う者として考えられていることについては、二人は素直に喜びを顕にする。
だが二人は自分の事よりもまず、親父殿の面子を潰してはならないと、この任務に邁進することを誓うのであった。




