スカウトの出発とその成果
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「では、行って参ります」
旅人に扮し、旅装を整えた古参の従者であるダグラスは、同僚である従者たちとともに、ネヴィル領を発ち、王国内地で遊歴の身となった騎士たちをネヴィル家に勧誘する任に赴く。
「うむ、気をつけてな」
そんなダグラスらをダレンとアデルは、ネヴィル領を守護する山海関まで見送る。
「ダグラス、みんな……御免……」
そう言ってアデルは深々と頭を下げる。
ダグラスは祖父の代より仕える、言うなればネヴィル家の筆頭家老のような存在である。
そんな彼までも、このような使い走りのような任に就けねばならないほどに、ネヴィル家には人材の余裕が無い。
「何の、若! 御顔をお上げ下され。この任務は某らに最適の任と言えましょうぞ。他家とはいえ、共に戦場を駆け、互いの顔や気心を知る者も多くおりますれば、必ずや勧誘を成功させて見せましょうぞ」
「でも、危ないと思ったら、直ぐに引き上げて来てね。必ず無事に戻って来てね」
アデルの優しい言葉が、ダグラスらの胸に染み渡る。
今回送り出すのは、ダグラスをはじめとする三十人の従者たち。
彼らを王国各地へと送り出し、仕官先が無く、あてども無く彷徨っているであろう元騎士たちをネヴィル家にスカウトするのである。
これは一種の賭けでもあった。彼らはネヴィル家の軍事的中核であり、もし彼らに万が一のことが起きれば、ネヴィル家の軍事的な損失は大きく、下手をすると立て直すことが出来ないかも知れないのである。
勿論、ロスキア商会も動かし、そちらからも騎士たちをネヴィル家に勧誘するつもりである。
だがそれだけでは手が足りないと見て、ダグラスたちを送り出すことにしたのである。
騎士の心は騎士が知る。ダグラスらは、ネヴィル家が今まで常設の騎士団を持たなかったために、ネヴィル家の従者と呼ばれているが、他家で云うところの騎士である。
ダグラスたちはアデルに言っていた通り、今回遊歴の身の上となってしまった騎士たちの中には、顔見知りの者も居り、出来れば救いの手を差し伸べてやりたいとも思っても居たのだ。
こうして三十人の従者たちは旅立ち、途中で三人一組となって別れ、王国中に散らばって行った。
次は領民の協力を仰がねばならない。
領内の顔役たちを集め、村を増やすための協力を要請する。
「村を増やす? また大量の奴隷を買い入れるのですかい?」
「いや違う。騎士を雇うことにした。と言っても、しばらくは半農半武で出来る限り自活して貰うわけだが……そんな彼らのために、領内に村を増やすことにした」
「騎士様を?」
顔役たちは、ダレンの言っている意味が分からず、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「お前たちも先日、王国内で大きな反乱が起きたことを聞いてはいるだろう? その反乱に加担した貴族家に仕えていた騎士たちが、今は浪浪の身となっている。そんな彼らを雇うのだ。これによって、お前たちの負担を軽くすることが出来るのだ」
人を動かすには、鞭だけではなく絶対に飴が必要である。
飴……つまりは、わかり易いメリットを提示してやる必要がある。
「現在、領内を護る山海関の守備には、多くの領民たちが動員されている。これには、領主として大変に感謝をしている」
そう言ってダレンは顔役たちに深々と頭を下げる。
それを見た顔役たちは、ただただオロオロと狼狽するばかりである。
「それが騎士を雇い、彼らをその守備に就けることによって、大幅に軍事的な賦役を軽減することが出来るのだ」
おお、という声が顔役たちの中から上がった。
冬などの農閑期なら未だしも、繁忙期にいくら自分たちの身を守るためとはいえ、大人数の人手を取られてしまうのは苦しい。
それが、大幅に軽減されるというのは、領民たちに対してこれ以上に無くわかり易いメリットである。
「村を増やすにしても、やはり人手はいる。そこで皆に協力を求めたい。種蒔きが終わった今、今の間に人手を掛けて一気に終わらせてしまいたいと思っている」
種蒔きが終わった今、適度な水撒きと雑草取りくらいしか農作業的には仕事が無く、比較的手が空きやすい。
それらの作業にも、奴隷を手伝わせることをダレンは約束する。
「わかりました。お館様の御指示に我らは従いまする。それで、村の建物はまたコンクリートを用いるのでしょうか?」
「それなんだが、従来の建築方法とコンクリートを用いた建築方法と、どちらが早く、楽か?」
「そりゃ、断然コンクリートですわい。何せ、前回奴隷たちの家を建てるために使った木枠などが、まだ残っておりますゆえ。それ以外は木を切り出して山から持ち帰るのも、コンクリートの土を持ち帰るのも、大した変りはねぇですだ」
「ならば、コンクリート製としよう。村の規模は…………」
案外あっさりと領民の協力を得られたことに、ダレンはホッと胸を撫で下ろした。
ーーー
それから一月ほど経った、ある日の事である……
「たのもー! たのもー!」
山海関の門前に武装した騎兵が現れ、大声を張り上げている。
その後ろには、数台の馬車。その馬車の幌の中から、おっかなびっくりといった感じで、女子供の顔が覗いている。
門の上から何者かとの誰何の声を聞いた騎兵は、より一層大きな声を張り上げる。
「我はハーロー・ヴァルダー。ネヴィル家に士分として仕えるために参った。後ろに居るのは拙者の家族である。で、あるからに、開門を要求する次第である」
「しばし待たれよ! おい、一っ走りしてお館様にこの事を伝えよ」
門を護る守衛たちは、早速お館様ことダレンへと急ぎ使いを走らせる。
報を受けたダレンは、念のためにと軽く武装を整え、若干名の兵を集めながら急ぎ山海関へと向かった。
「門を開けよ!」
ダレンの命で、山海関の門が鎖の音を周囲一帯に響かせながら開け放たれていく。
そしてダレンは開いた門から護衛に二人だけを連れて外へ出ると、騎士の前へと歩み寄った。
「儂がネヴィル家当主、ダレン・ネヴィルである」
それを聞いた騎士ハーローは驚き、素早く下馬すると、ダレンの前に片膝を着き首を垂れる。
「某、カリムラス男爵家に仕えていたハーロー・ヴァルターと申します。この度は、浪々たるこの身を受け入れて下さると聞きまして、馳せ参じて参った次第」
ハーローと言う騎士は、若くは無い。見たところ三十代半ばから後半くらいだろうか。
口髭にも白いものがぽつりぽつりと見え隠れしているが、それが老いによるものなのか、それとも苦労によって生じたものであるのかはわからない。
ただ、古めかしい鎧兜は今の身の上であっても、よく手入れされており、乗って来た馬の状態にも気を配っていることが窺い知れる。
それらを見てダレンは、これは中々の手練れだと感じて、一人頷いた。
「よく来てくれた、騎士ハーローよ。さっ、立ちたまえ」
ダレンは自らの手を以ってして、ハーローを立ち上がらせた。
「後ろに居られるのは御家族か?」
「はっ、某の妻子たちと、仕えている者たちで御座います」
「遠路遥々来られて旅の疲れも溜まっておろう。ささやかではあるが、今歓迎の準備をさせている。さぁ、中へ。先ずは腹一杯食べ、ゆっくりと休むがよい。細々としたことは、疲れが十分に癒えてから……」
「非才なる身に余る、勿体無きお言葉。ですが今は恥を忍び、そのお言葉に甘えさせて頂きとうございます」
ハーローの目に涙が浮かぶ。ここネヴィル家に来るまでに、ハーローは仕官を求め幾つもの貴族家の門を叩いたが、全てが門前払いであり、中には酷い罵声を浴びせられる事もあった。
それが今やっと仕官が叶い、その上で自身や家族を気遣う優しさに触れたのだ。
確かに、ネヴィル家は辺境中の辺境で貧しく、仕官の際の条件も以前より遥かに劣る。
だが、やっと得た安住の地。騎士ハーローは、受け入れてくれたネヴィル家に、以後変わらぬ忠節を尽くすことを胸の内で誓うのであった。




