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抑えきれぬ野心

評価、ブックマークありがとうございます! 感謝です!


「馬鹿な! 三倍の兵力差があるのに平地で決戦?」


「王国軍も王国軍だ、なんで三倍もの兵力差があるのに、そんなにも大きな損害を出すんだ? 普通に正面が支え、左右の両翼から包み込めばいいだけではないか!」


 ネヴィル家にクングエル平原の戦いの報がもたらされたのは、戦いが終わっておよそ一月後のこと。

 すでに冬は去り、春が訪れ、野山には新緑が芽吹き始めている。

 王都に残っているロスキア商会に所属する商人たちが集めて来た情報は、数字に多少のバラつきはあるものの、それ以外は概ね正確であった。

 そして商人からその報を受けたアデルとトーヤは、両軍の愚かさにあきれ返ってしまう。


「……王が指揮を執ると聞き、大体は予想できたことじゃが、酷いものよな」


「当家が参戦していなくて正解でしたな。結局はどちらに与したとしても、馬鹿馬鹿しい限り」


「双方無能となれば、単純に数の多い方が勝つということがわかっただけ。にしても、両軍に出た無駄な戦死者の多さは……これはもう無能ではなく、害悪というものだ」


 アデルとトーヤの二人だけではなく、ダレン、ジェラルド、ギルバートの三人もまた、あまりの酷さに顔を顰めている。

 開け放たれた窓から、春を感じさせる穏やかな日差しと共に、心地の良いそよかぜが飛び込んで来るが、室内に居る者たちの表情が変わることは無い。


「ハーディング子爵家はどうなった?」


 ハーディング子爵家は、ネヴィル家と祖を同じくする家柄であり、此度の戦いでは反乱軍に与している。

 もっとも向こうは本流で、ネヴィル家は支流のそのまた支流といった風ではあるのだが、同族としてその処遇については気になる所ではある。


「はっ、ハーディング子爵家を始め、反乱軍に加担した貴族たちの全てが、お家御取り潰し……断絶となりました」


 商人からそれを聞いたジェラルドは、ああ、と大きな手のひらで目を覆った。

 お家御取り潰し、それは文字通り貴族位を奪われ、領地を失うことである。

 断絶とは、その貴族家及び、その直系全ての者…………老若男女関わらずその全てが処刑されたことを意味している。

 アデルとトーヤの二人は、それを聞いて憐れには思いつつも、拙い戦をし、多くの将兵を無駄死にさせた報いであるとも考えていた。

 将兵は、確かに戦場に於いては単なる駒や数字にしか過ぎないが、彼らも人である。

 それぞれ一人一人に、親兄弟家族がおり、友人や恋人などもいるのだ。

 なので決して戦争だからといっても、無駄にして良い命では無い。

 

「…………そんな当たり前の事すら弁えていないから…………」


 それは横に居るトーヤにしか聞き取れないほどの、小さな小さなアデルの呟き。

 その微かな呟きの中には、途轍もない怒りが含まれていることを、真横にいるトーヤだけが理解していた。

 そんなアデルの心の中に、怒りの他にもある感情が芽生え始めていた。

 その感情は、直ぐに冷徹なる頭脳と結びつき、瞬時に膨れ上がっていく。

 このままあの愚かな王に仕え続けるのか? そして散って行った将兵たちのように、ボロ雑巾のように使い捨てられるのを良しとするのか?


 否! 否!


 それは決して許容出来ることではない! ならば、どうする? 決まっているじゃないか……自分が…………いや、自分たちが王になればいいだけのことだ!


 一度芽生え、膨れ上がった野心は山を転がるように、刻一刻と速度を上げつつ走り始める。

 ギュッと握り締めた拳。その手のひらに爪が食い込む痛みで、アデルはハッと我に返る。

 そして慌てて横に居るトーヤの顔を覗き見ると、そこには今さっきの自分と同じ目をした兄弟の姿があった。

 それを見てアデルは思う。


 当たり前だよな。こんな時代に男子として生まれれば、腹に一物の一つや二つ抱えるのは…………それに、俺たちは両親より血と肉を分け合って産まれた兄弟。それもただの兄弟では無く、三つ子だ。しかもただの三つ子では無い。前世の記憶すらも共有しているという特異の存在。だから血肉だけはなく、心までも強く結びついている。

 

「トーヤ、やるか?」


 アデルの真剣な眼差しを受けたトーヤは、眼はそのままで、口元をニヤリと緩めながら、応! と頷く。

 二人は今ここにいない兄弟、カインもまたこの場にいれば、同じ野心を抱いたであろうことを確信している。


「父上、ハーディング子爵家やその他の貴族家に仕えていた者たちは、どうなるのですか?」


 アデルのその問い掛けは、憐れみから出たのだろうとダレンは思い、剣ダコが出来て硬い手のひらで、その心根の優しい長男の頭を撫でた。

 

「そうだな…………今回の場合はちょっと特別でな…………普通に失職するのとはわけが違う。なにせ、国に対して反旗を翻したわけだしな。普通ならば……例えば仕えている貴族家が後継ぎに恵まれずお家御取り潰しとなった場合などは、騎士ならば遊歴の身の上となり、自分を他家に売り込んでいくことも出来ようが、今回の場合は、いくら主の命とはいえ国に反旗を翻したとなると、経歴に大きな傷を抱えてしまう。それこそ、近隣に轟く武名の持ち主でもあれば、召し抱える家もあるやも知れぬが…………」


 そんな騎士たちの末路を想像したのだろうか、ダレンは語尾をそれとなく濁した。


「兄上、この子たちは聡い。厳しい現実を見せたくはない気持ちもわかるが、この子たちならば結局は今教えなくても近いうちに自分で知るに違いない。アデル、トーヤ、いいか? 貴族家が騎士を雇う時には、戦歴、経歴というものを重視する。彼らは云わば国に背いた反逆者、またはその子分扱い。しかも戦に負けたという大きな経歴上の傷を抱えている。どこの貴族家も、そんな者たちを雇うとは思えぬ」


 ギルバートは、優しすぎる兄に変わり、自分が二人に厳しい現実を教えた。

 これによって兄との間に、多少の確執が生まれてもしょうがないとの覚悟を以って。

 それほどまでにギルバートは、この二人、いや三兄弟の器量を買っていたのである。


「つまりは、どこにも雇ってもらえないということですか?」


 アデルの問いに、大人三人はそうだと頷く。


「そうなると彼らはどうなるのです? 野垂れ死にですか?」


「そうなる者もおるじゃろうが、多くは傭兵に身をやつしたり、他国に奔るしかないじゃろうな」


 なるほどと、アデルとトーヤは頷いた。

 そして二人はほぼ同時に、クスクスと笑い出す。


「絶好の機会じゃないか」


「次の一手は決まったな」


 そんな二人を見て、ジェラルドとダレンの顔は驚愕に染まる。

 そして次の一言で、正に度肝を抜かれてしまう。


「我が家の武力を大幅に上げる絶好の機会ではありませんか! 父上、その騎士たちをウチが雇い入れましょう。そんな境遇ですから、こちらの言値や条件をすんなりと飲んでくれるはずです」


「ははは、そいつはいい考えだ。それでこそ我が甥、将来俺を使いこなすには、そうでなくてはな!」


 ギルバートはアデルの言や良しと、大笑いをする。


「アデル! お前は人の話を聞いていたのか? 経歴に傷……しかも反逆者を雇い入れれば、当家が王や他家からどのように見られるか、わかっておるのか?」


「無論。ですが先程、お爺様が仰られたではありませんか……このままでは、彼らは他国に奔ってしまうと。当家はそんな彼らを雇い、他国の戦力増強を未然に防ぐのですよ? 寧ろ、王国のために他国が利するのを防ぐという功を立てるのです。この建前を以ってして彼らを雇えば、表向きには当家を非難出来ぬはず。それよりも、負け戦を知っている騎士というのが重要。彼らはこのような厳しい状況に陥って、相当悔しい思いをしているはず。そんな彼らは次に雇われれば、今度こそは何が何でも勝たんとして、我武者羅に働くはずですからね。きっと当家の精鋭になるでしょう」


 ダレンはそれを聞いてゾッとした。先程の問いが、憐れみだけのものでは無かったと気付いたのだ。


「ア、アデル…………お、お前はいったい…………」


「富国強兵ですよ父上。名を捨ててでも実利を取らねば、当家のような小貴族、この乱れた世で生き残れません。さぁ、御決断下さい」


 この時初めてダレンは知ったのだ。自分の息子たちが、自分たちが守って来た古き慣習の外側に居る事を……

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