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クングエル平原の戦い

評価、ブックマークありがとうございます! 感謝です!

 

 後世において、この時代におけるもっとも愚かな戦いと評されたのは、大陸歴1024年、ガドモア王国歴463年の冬に起きたクングエル平原での反乱軍との決戦、クングエルの乱である。

 無能かつ横暴なガドモア王国の国王を打倒すべく立ち上がったポーダー公爵は、エドマイン王の庶兄である。

 エドマイン王、ポーダー公爵ともに知っているジェラルド曰く、双方ともに人の上に立つ器では無いという。

 ではなぜ、そのような出来の悪いポーダー公爵を反乱軍が担ぎ上げたのか?

 反乱を起こした貴族たちは、エドマイン王やその取り巻きたちから疎まれ、実権を奪われた者たちである。

 彼らは今、春を謳歌しているその取り巻きたちを羨み、それにとって代わるべく、ポーダー公爵を担いだに過ぎない。

 無能な王の施政を嘆き、国を憂いての挙兵ではなく、単に私利私欲のための挙兵である。

 そんな私利私欲塗れの貴族たちが担ぐ神輿であるから、軽ければ軽い方が良いに決まっている。

 そういった理由から数多く居る王族たちの中から選ばれたのが、現国王に勝るとも劣らぬ無能と称されるポーダー公爵だったのだ。

 担ぎ上げた当初は、操り易い人形を手に入れた程度としか思っていなかったが、彼らはやがて自分たちの人選が間違っていたことをその身を以って知る事になる。

 それがこのクングエルの乱と呼ばれる、クングエル平原での戦い……通称、愚者たちの舞踏会や酔漢たちの殴り合いと呼ばれる戦いであった。


 王国軍より数に劣るにもかかわらず、正面からの決戦を叫び続け、他の一切の言葉を受け付けずにクングエル平原に布陣した反乱軍の総数は七万四千三百。

 それに対し、国中から兵力を掻き集めて乱の鎮圧に当たる王国軍の総数は二十三万八千四百。

 兵力差は三倍以上、それでも何か勝つための秘策があるのではないかと、反乱軍の末端の将兵は期待していたが、勿論無能なポーダー公爵とそのような人物を選ぶような愚か者たちに、そんな気の利いたものは持ち合わせているはずが無い。

 ポーダー公爵は、自分の方がエドマイン王より遥かに優れているのに、王位を継げなかったのは出自が低いせいだと思っていた。

 つまり、優れている自分ならば、エドマイン王がいくら数多くの兵を率いていようが、自分が勝つのが当たり前であるという考えである。


「公爵閣下、敵の数はこちらの三倍以上。ここは一度退き、後方のファーレン山地に陣を敷きなおすのが良いかと……」


 馬鹿者! と、進言する貴族に真っ赤な顔をしながら口を尖らせ、唾を飛ばすポーダー公爵。


「たとえ三倍の兵力差とはいえ、率いているのはあのエドマインぞ! 貴公たちと貴公たちが率いる兵は、そのエドマインが率いる兵たちよりも弱いと申すか?」


「そうは言ってはおりませぬ。ただ、数の上で当方が圧倒的に不利であると申しているだけであります」


 なんだそんなことか、とポーダー公爵は鼻で笑う。


「安心するが良い。余の頭の中には、すでに勝利の絵図が描かれておるわ」


 気の早い事に、既に王位を得た気でいるのだろう。反乱を起こして以来、公爵は余と称するようになっていた。

 人差し指でコツコツとこめかみを叩く公爵を見ても、参集した貴族たちの顔色が晴れることは無い。

 なぜならば、自分たちは自分たちの利益を得るためにあえて、無能者を担ぎ上げたのだから……

 その後も何度も粘り強く、撤退を進言するものの、公爵はそれらを一蹴し続け、遂には王国軍の布陣も終わり、退却すらままならぬ状況へと陥ってしまう。

 ことここに至っては仕方なしと、反乱軍を実質的に率いる貴族たちは腹を決める。

 数に物を言わせて両翼を伸ばしつつある王国軍に対し、中央に翻る王旗目掛けての突撃隊形を整える反乱軍。

 だが、両軍とも戦う前にその陣形は崩れに崩れてしまう。

 その理由は至極簡単。この時代を代表する無能な軍事的才能が砂粒ほども無い両軍の頂点が、自ら指揮を執ると言い、無意味且つ、ちぐはぐな命令を思いつきだけで乱発したからである。

 エドマインは、右翼に配置されている自分のお気に入りの者を、敵が目前に居るにも関わらず中央や左翼に配置しなおしたり、またポーダー公爵は、折角密集させた部隊を、敵に合せて左右に伸ばしたりと言った具合に、常識では考えられないような愚かな命令を発し続ける。

 命を受けた将兵たちは、敵を目の前にして、鉾を交える事無く混乱し、その混乱は時間と共に拡大し続け、やがて戦場は戦うことなく混乱の坩堝と化した。

 そうしているうちに戦端が開かれ、両軍は配置、指揮系統も乱れに乱れたまま戦う事になる。

 こうなってしまえば、単純に数の上で王国軍が有利のはずなのだが、エドマイン王の発するタイミング遅れの命令等により、部隊そのものがまともには機能せず、反乱軍を圧倒する事が出来ずにいた。

 そう言った王国軍の足並みの乱れや隙を、反乱軍が突くかといえばそうではなく、反乱軍もまた王国軍と同じように、ポーダー公爵が発する意味不明な命令に右往左往し続けている。

 こうして朝に始まった締まらぬ戦いは、その後もだらだらと続き、夕刻になってやっと双方鉾を収める。

 そして双方の首脳たちは、そのあまりにも無意味な損害の大きさに愕然とし、その顔色を青ざめさせる。


「流石は陛下、見事な采配に御座いますな! 此度の戦は陛下のおかげをもちまして、御味方の大勝利で御座います。最早敵は虫の息。後は掃討戦に移行するのみで御座いますれば、これ以降は陛下のお手を煩わせるまでも御座いませぬ。どうか、これより先は、臣たちに手柄を御恵み下さるよう、お願いしとう御座いますれば、陛下は後方にて戦に疲れた玉体をお休めになられるが宜しいかと、存じあげまする」


 エドマイン王を取り巻く阿諛追従の者たちも、偶には役に立つこともある。

 自分のお蔭で大勝したと言われたエドマイン王は、その言葉に従い、戦塵を落とすべくさっさと後方へと引き下がって行った。

 これによってまともな指揮権を取り戻した王国軍は、夜中の内に軍を再編し、翌朝の本当の意味での決戦に備える。


 一方、反乱軍では、その損害の多さにポーダー公爵は憤慨し、自分が悪いのではなく、自分の指揮通りに動かぬ兵が悪いのだと陣幕の中で顔色を赤黒く染め、諸将にたいして激昂する。

 そして翌朝に再度決戦を挑むとの意志を露わにしつつ、怒りを鎮めるために酒を呷った。

 翌朝、深酒したポーダー公爵が、酔いの醒めぬ眠気眼で、自軍を見渡すと昨晩よりも兵の数が大分減っていることに気が付く。

 そう、将兵の一部がポーダー公爵に見切りを付け、夜中の内に離陣、脱走したのである。

 こうなってしまうと、流石の無能者の公爵も旗色の悪い事を知り、残っている者たちの進言に従い、陣を払って後方へと退却した。

 その後は、日を追うごとに去って行く将兵たちを口汚く罵りながら、退却に退却を続け、ポーダー公爵は本拠であるボルゲレンにて捕縛され、その場で斬刑に処されたのであった。


 目障りだった庶兄の最後を聞いたエドマイン王の機嫌はすこぶる良い。

 とりわけ、クングエル平原での勝利は自分の采配によるものであると、周囲に自慢をし、その偽りの勝利の美酒に酔いしれていた。


「此度の勝利の余勢をかって、小癪なるノルトに余自ら天誅を下さんと思うが、どうか?」


 そのエドマイン王の言葉に、近臣たちはギョッと目を見開いて驚く。


「それも宜しゅう御座いますが、まずはポーダー公爵の仕出かした不始末を片付けませんと。それと、かの戦いに於いての戦功の第一は勿論陛下で御座いますが、陛下が功をお譲りになられた下々の者たちにも、何卒、ご慈悲を以って、賞与とお声をお掛け下さいませんことを……」


 クングエル平原での戦いで出た損害は、決して小さなものではない。

 彼らエドマイン王の取り巻きたちは、佞臣、奸臣の類ではあるが、国が亡ぶことを良しとはしてはいないのだ。

 国があってこそ、自分たちが贅を貪る事が出来ることぐらいは、弁えている。

 そのために彼らは必死で、この無能な王を操縦する。


「そうか……しかし、余は諦めてはおらぬぞ。近いうちに必ずや、ノルトの小倅の首を挙げてやるわ」


 そう息巻くエドマイン王に、近臣たちは愛想笑いをしながら、論功行賞をなるべく引き伸ばさねばと考えていた。

明日明後日は、ちょっと腰痛に良いという温泉に浸かりに行ってきますので、もう一作の帝国の剣ともども、更新はお休みさせて頂きます。

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