けん玉、将棋、大流行
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冷たい冬の雨が降り続く中、どこの家庭でもカツン、コツンといった音が鳴り響く。
雨の日は農作業はお休み。さらに冬だと冬野菜以外は、開墾や畑に堆肥や石灰を撒いて土に馴染ませるくらいしかやることがなく、全体的に暇である。
そんな冬の日や雨の日の暇つぶしのひとつとして、けん玉を作ったのである。
「あーっ!」
「アデルは下手くそだなぁ、ほら、貸してみ。こうやるんだよ、それっと」
二人が挑戦しているのはけん玉の技の一つである、飛行機という技。
これは玉の穴を上にして持ち、けんの方を半回転させて玉の穴に入れる技である。
見た目も同じ三つ子なのに、アデルはけん玉が下手くそで、逆にトーヤは大得意であった。
けん玉というのは、思いきりや大胆さも必要であるが、それ以上に繊細さを要求する。
ことこの三兄弟においては、その繊細さを一番有しているのが、三男のトーヤなのだろう。
三兄弟がけん玉をしている横では、パチリ、パチリとまた違った音が鳴り響いていた。
「待った! 父上、待った!」
三兄弟の父、ダレンが盤面を渋い顔で見つめながら待ったの声を掛ける。
「待ったは無しじゃぞ、ふふん」
だが、三兄弟の祖父であるジェラルドは待ったの声を一蹴。
早く次の一手を打てと催促をする。
「クッ、ならばこれで!」
ダレンが打った起死回生の一手に今度はジェラルドが渋面を作る。
「むっ、むむむ、待った!」
「ふふふ、待ったは無しですよ父上」
アデルとトーヤがこの二人に将棋を教えてから、ずっとこの調子である。
最近では、暇さえあればパチパチ、パチパチと将棋を打ち続けており、相手をして貰えなくなった母であるクラリッサから、アデルとトーヤは苦言を受ける始末であった。
これはいかんということで、二人はクラリッサに将棋を教え、父と祖父を母にこてんぱんにやっつけさせたのだが、かえってこれが拙かった。
ダレンとジェラルドは、クラリッサ打倒を掲げて、前以上に将棋にのめり込んでしまったのである。
「中毒性が高すぎるな…………」
ワインをぐびぐびと飲みながら指す二人を横目で見て、アデルが困ったような表情を浮かべる。
「けど、もう何もかもあとの祭りだ。このけん玉と将棋は領内で、すでに流行しているからな」
それを見てトーヤも、困ったようにポリポリと指で頬を掻いた。
最初の切っ掛けは、雨の日に作業が無く暇を持て余している奴隷たちの姿を見て、勉強以外に雨の日でも出来る娯楽の提供という観点から、けん玉を与えてみたところ、これが取り合いで喧嘩が起きる程の大人気となった。
それを見てけん玉と将棋を領民たちに教えると、二つとも領内で爆発的な人気を博し、子供はけん玉、大人は将棋といったように、領民たちはこの二つの遊戯に夢中になってしまったのだ。
また、エフト族の元に赴いているカインからも手紙で、けん玉を見せたら現地の子供たちの間で、大ヒットしてしまったがどうしようかとの相談の手紙が来た。
これに二人は、ライセンス生産などの金儲けも考えたが、著作権もクソも無い世界では無理と諦め、好きに生産させて流行させて良いと返事を書いた。
寧ろ、双方の民が共通の遊戯を持つことによって、より親近感が増すかもしれないとの期待を持っていた。
また、カインの手紙には、カインが現地で戯れに作ったブーメランが、大人にも大流行してしまったと書かれていた。
「春になったら、こっちでもブーメランを流行らせるか?」
アデルの問いに、トーヤは首を横に振る。
「今でさえ、けん玉と将棋の生産が追い付いていなくて、木工職人たちが寝る間も惜しんで……というよりも、周り中から急かされている状態。これ以上忙しくさせたら、木工職人たちから怨嗟の声が上がり出すぞ」
「そうか、それもそうだな。それとコンテストの件もあることだし、ウチはしばらくはけん玉と将棋の二つでいくことにするか」
それがいいとトーヤは頷く。
今までのネヴィル領の娯楽といえば、季節ごとの食と酒。
これまでは生活をより豊かにするためにと、脇目も振らず農業に勤しんできたが、最近は岩塩の産出や、領民たちには明かされていないが、トパーズの産出、また石灰の輸出などで、ネヴィル領自体にも若干の余裕が生まれていた。
ならば少しぐらいは娯楽の幅を広げても良いのではないかと考え、生産性なども考えた結果、けん玉と将棋が選ばれたのである。
また、けん玉は兎も角、将棋の方は、隠された目的があった。
それは領民の知育である。また、士族階級らの戦略眼を養うという目的もある。
なので、けん玉はロスキア商会に輸出の許可を出したが、こと将棋に関しては、自然に伝わってしまったもんはしょうがないが、自ら売り込むようなことは禁止している。
そして、それらを奨励するために、年に一度領内でのコンテストを行う計画を立てていた。
このコンテストは、何もけん玉や将棋だけではない。
機織りの織物や刺繍など、女性たちの仕事に関する事柄のコンテストも計画していた。
コンテストを行い、互いに腕を競わせることで、生産性や技術力を高めていくという考えであり、いずれは他の分野にも広げていく考えである。
この考えが発表されると、領民たちは一気に活気づいた。
今まではただ食うため、生きる為だけの仕事に、今度は仕事に対する自身の腕を賞されるという、新たな目標が出来たのである。
「こんなことが出来るのも、世の中から半ば隔離された僻地だからこそだな」
「うん。ウチがもし中央貴族だったら、今頃は内戦に巻き込まれて、それどころの騒ぎじゃないだろうね」
二人は辺境には、辺境の強みがあることを再確認する。
「それにしても、内戦の方はどうなっているのやら…………」
辺境であるネヴィル領まで、最新の情報が伝わるまではかなりのタイムラグが生じる。
これが辺境の最大の弱点である。
「冬に戦を起こすのは禁忌のはずだが、あえて反乱軍はそれを行った。これをアデルはどう見る?」
「そうだなぁ、反乱軍は北のノルト王国の不作を知り、この時期……いや、次の収穫の時期までノルトからの出兵は無いと踏んだのだろう。春を待たなかったのは、勝ったとしてもしばらくはゴタゴタが続くはず、それを見越して早めの行動といったところかな?」
「なるほどね。つまりは今年の秋までに、全てを終わらせなければならないために、冬にあるにも関わらず兵を挙げたと。だが、東のイースタルがこの隙を見逃さないのでは?」
「それは俺も考えたんだが、思うに、今までのノルトとイースタルの軍事行動は、常に連携していた。ノルトが攻め、そちらに王国が兵を向けるとその隙をイースタルが突き、逆にイースタルに王国が兵を向けると、王国に出来た隙をノルトが突くという感じでね。だから今回はノルトが動けない以上、イースタルが単独で動かない可能性は高いと思われる」
「腐ってもガドモア王国は大国ってことか」
「そうだね。今のイースタルでは、単独で王国を滅ぼすだけの力は無いのだろう。だからこそノルトと連携し、二国で王国を翻弄し、その力を消耗させようとしているんだと思うよ」
その後も二人の戦略論は続く。
「結局のところ、王国軍と反乱軍のどちらが勝つだろうか?」
今握っている情報が少ないため、断定するのは難しいがとアデルは前置きしつつ、
「お爺様の話では、反乱軍の帥であるポーダー公は、エドマイン王と同じくらい無能そうだから、こうなると単純に数の勝負になりそうだな。たとえ双方に名将がいたとしても、使いこなせないだろうから、やっぱり数がものを言うという状況になるんじゃないかなぁ」
「となると、王国軍が勝つと見ておいた方がいいかな?」
うん、そうだねとトーヤの問いにアデルは頷く。
「どっちにしろ、ウチに出来る事は何も無いさ。精々、西侯の火事場泥棒的な侵攻を許さぬように、山海関を固めるぐらいかな」
そう言ってアデルは戦略議論を締め括った。
この二人が王国の行く末もとい、自家の行く末を論じ合っていた一月下旬、ガドモア王国中央部の北にあるクングエル平原にて、王国軍と反乱軍の決戦が行われようとしていた。
次は戦争回、といっても主人公たちが全く出ないので、地味で扱いも軽めの話となってしまうのですが……




