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甘い夢


 ガドモア王国の内地で起きた反乱の最中、ここネヴィル領は至って平和の限りであった。

 反乱の際の混乱に乗じて攻めて来るかも知れない西侯に対しては、自ら率先して誓紙を差し出すという奇策を以ってその動きを封じた。

 誓紙を受け取った西侯は、先手を打たれた事、そしてネヴィル家が片時も油断していない事を知ると、火事場泥棒よろしく、混乱に乗じての侵攻を諦め、領境にネヴィル家からの逆侵攻に備えて兵を配すと、エドマイン王の要請に従って反乱軍討伐に向かった。

 その動きを知ったアデルらは、こちらも念のために山海関の守備兵を普段の倍ほど配置し、後は誓紙の通りに領外へ、ただの一兵たりとも出すようなことはしなかった。


「よーし、みんな集まったな~」


 年も明けて年始の行事も一段落ついたそんなある日の事、アデルとトーヤの二人は、手の空いている街の子供たちを集めた。

 集まった子供の数は、凡そ六十人ほど。吹き荒ぶ冬の風もなんのその、集まった子供たちは鼻を啜りながらも元気いっぱいである。

 そんな子供たちの他にも、武装した大人が三十人ほど集まっている。

 

「お、おい、アデル、な、なんだよこの大人たちは」


 剣を佩き、槍を手にし、中には弓を携えた大人たちを見て、怯えたように近所に住むマルス少年がアデルに問う。

 領主の息子にタメ口を聞いているのは、アデルがそうしないと怒るためであり、領内に住む者は大人子供に関わらず、三兄弟が成人するまでは、無理して敬語を使わなくても良いという布告を受けていたからでもある。


「今日は遠足さ。みんなで山に入って、ある物を見つけて貰いたいんだ。勿論、見つければお手柄! 褒美も出すよ」


 褒美と聞いて、子供たちがざわめきだす。

 随伴の大人たちには、事前に日当が支払われており、これから何をするのかも説明済みである。


「手柄を立てた者だけでなく、参加した全員に参加賞を出すから、気軽に楽しんでよ。ただし、危険な山に入るので、大人の言う事は絶対に守る事。もしそれを破って手柄を立てても、それは功として認めないのであしからず」


 冬の山、熊は冬眠中だが、狼は元気に野山を走り回っており、子供たちだけでは危険である。

 それはアデルに言われずとも、この厳しい辺境で暮らしている子供たちも、十分に理解している。

 だが、褒美につられて無理をする者が出ないとは限らないので、念を押しておくことは大切である。


「それはわかったけどよ、俺たちは一体何を探せばいいんだ?」


 いくら布告が発せられているとはいえ、他の子供たちがアデルとトーヤに対して一線を引いているのに比べ、マルスはずけずけと質問をしてくる。

 それを見てアデルとトーヤは、このマルスの肝の太さに目を付け、その将来性に期待する。


「ウチが今、養蜂に力を注いでいるのは知ってるか?」


「う~ん、ああ、そういえば親父が将来、新しい酒が飲めるかもって言ってたあれか! 蜂を飼って蜂蜜を取るってやつだろ?」


「そうそう。その養蜂の規模を広げたいと思うんだけど、女王蜂の数が足りないんだよね。分蜂した蜂の全てが、用意しといた空の巣箱に入ってくれれば文句ないんだけど、そうはいかなくて、野山に散っちゃったのも多いんだ。そういった蜂たちの越冬中の女王蜂を見つけるのが、今回の目的なんだ」


 分蜂だの越冬だのと、子供たちには少し難しく、小首をかしげている者も多いが、兎に角女王蜂を見つければ褒美が貰えるらしいことは理解したようである。


「さ、刺されたりしないか?」


「この時期なら大丈夫。働き蜂はみんな冬に死んでしまうし、女王蜂も冬の間は深く眠っているからね。見つけたら、丁寧に傷つけないように捕まえて欲しい」


「わかった。で、褒美って何だ?」


「蜂蜜の小瓶を一つでどうかな?」


 子供たちは蜂蜜の価値を良くわかってないらしく、中には渋い顔をしている者も居る。

 が、褒美の内容を聞いた大人たちからは、どよめきの声が上がる。

 蜂蜜の小瓶は金貨に相当するほど高価な物である。それを子供の遊び半分の褒美に出すとは、次代様は豪儀であると褒めそやす。


「蜂蜜? よくわかんねぇが、美味いのか?」


「それは食べてからのお楽しみだね。そうだなぁ、それじゃもう一つ褒美を奮発するとしよう。次にエフト族の商隊が来た時に、ヤクの背中に乗せて貰えるってのはどうだ?」


 これにはわかり易い反応が返って来た。この地には生息しておらず、珍しいヤクの背に跨った事のあるカインとトーヤを羨んでいる子供たちも多い。


「おおー! そいつはすげーぜ! 俄然とやる気が出て来たぞ! さぁ、さっさと山に行こうぜ!」


 興奮した子供たちは、今にも山に向かって走り出さんばかりの有り様。

 そんな彼らを宥めながら、アデルとトーヤは子供三人に対して大人二人を割り当て、隊列を組んで山へと向かった。



ーーー


 大人たちが猛獣、害獣はいないかと目を光らせる中、子供たちは縦横無尽に山の中を駆け巡る。


「なぁ、アデル、トーヤ…………カインはどうしたんだよ?」


 アデルとトーヤと一緒にマルスは木の洞を覗き込みながら、最近姿を見せないカインの事を心配そうに聞いて来る。


「カインは今、エフト族のところへ行って、エフト語の勉強をしているはずだよ。まぁ、今年中には帰って来るだろうから、心配はいらないよ。マルスもちゃんと勉強してるか?」


「うへぇ、勉強かよ。俺、勉強苦手。なぁ、何で急に俺たちに勉強なんてさせるようになったんだ?」


「別にやりたくなければやらなくてもいいけど、そういった人間は、ウチではこれからは出世出来ないからね。騎士になるにしても、その上を目指すにしても、言葉の読み書きと簡単な計算は出来ないとね」


「騎士? 何言ってんだ? 俺ん家は平民だぞ?」


「ウチは余所とは違うから。優秀なら、出自は問わずに出世させるよ」


「「な、なんだってーーーー!」」


 それを聞いていた子供たちが一斉にアデルとトーヤの元に集まる。

 二人はそんな子供たちに肩を掴まれて、それは本当なのかと何度も激しく揺さぶられる。


「ほ、ほ、本当だよ。ウチは人口が少ない分、質を高めないとね。いずれは全ての領民を、読み書きと簡単な計算が出来るようにするのが今の自分の夢だね。賢ければ、その分だけ人生以外にも様々な選択肢を持つことが出来るようになるはずだから…………」


 アデルが自分の抱く夢を他人に語ったのは、これが初めてのことである。

 それを聞いた子供たちは、今一つピンと来ない表情を浮かべていたが、周囲の大人たちは違った。

 常に領民の未来を見据えているネヴィル家に対して、改めて深い畏敬の念と忠誠を誓うのであった。

 

 そして日が傾き始めた頃に、子供たちの女王蜂探しは終了する。

 約束を破ったものもおらず、猛獣に出くわすことも無く、怪我人も無しという最良の形で終了する。

 今回見つかったのは僅かに三匹のみ。見つけた三人には、約束通り蜂蜜の小瓶を与え、功を賞した。

 そして見つけられなかった子供全員に、参加賞として蜂蜜を一匙だけ試食させる。

 恐る恐る蜂蜜を口に含んだ子供たちは、皆一様に蜂蜜の甘さに驚いて興奮する。


「んん~~~~~! あまーーーーーーい!」


 マルスも蜂蜜の甘さに、頬を両手で抑え身悶えている。


「まだ今は蜂蜜は貴重な物で、高価な薬としてしか流通させていないけど、みんなが大人になる頃には、普通に各家庭で食べられるようにしたいね」


 子供たちは蜂蜜の甘さに酔いしれながら、それに激しく同意を示す。

 その後もアデルとトーヤは、領内の三つの村でも同様の催しを行い、甘い夢を追う同志を作り上げることに成功する。

 後にこの寒中の女王蜂探しは、子供たち主役の年中行事としてネヴィル領内で受け継がれていくとこになったのだった。

 

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