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西候の使者

少しずつ腰の状態も良くなってきましたが、まだ長時間椅子に座ってられなくて、更新が滞ると思われますがご了承ください。

 

 騎乗した二人の騎士が、ネヴィル領へと続く崖道を慎重に進んで行く。

 この崖道には当然だが、ガードレールのような気の利いた物は一切設置されていない。

 万が一にも落ちれば、待っているのは確実な死のみ。

 馬を操る手綱にも自然と力が入ってしまい、騎士の緊張が馬へと伝わり馬の目にも怯えの影が映り出す。

 思わず崖下を覗き込む同僚に、もう片方が注意を喚起する。


「おい、気を緩めるな! 手綱捌きを誤って転落でもすれば、万に一つも助からんぞ!」


 そう忠告した騎士もまた、自身が発した言葉を想像して、ぶるりと身体を震わせた。


「まったく冗談では無いぞ。俺たちもとんだ貧乏くじを引いたもんだ。反乱の討伐に加わり武勲を立てることも敵わないばかりか、こんな危ない場所を往復せねばならんとはな」


 同僚の言葉はもっともであると頷きながら、視線は道のみに注いで慎重に手綱を捌き続ける。


「それだけではないぞ、もし仮にネヴィル男爵が反乱に加担しているとすれば、俺たちの命は無いだろうよ」


 チッ、と二人はほぼ同時に舌打ちをする。

 彼ら二人は西侯に仕える古参の騎士である。当然自分たちは、反乱の討伐軍に加えられるものだとばかり思っていたところ、侯爵の命によりネヴィル男爵家へと赴き、彼らの旗幟のありかを確かめるという任を授かったのであった。

 これは実に危険極まりない任務である。ネヴィル家が反乱に加担していれば、自分たちは殺されてしまう可能性は高い。

 これが長年仕えて来た古参に対する仕打ちかと、二人の騎士は西侯への不満を禁じ得ない。

 だが、西侯には西侯の思惑があった。

 ただ、ネヴィル家の立ち位置を問い質すだけならば、使者に騎士を送る必要はない。

 古参で戦の経験があり、かつそれなりに信に足る者を送って、ネヴィル家の現在の内情を探ろうという腹積もりであった。

 だが、権力者としての頂点に近い立場の西侯は、自身に仕える下々に対する配慮にいささか欠けていたと言わざるを得ない。

 この危険を伴う任に対して、十分な説明と手厚い恩賞を約束されていたのならば、この二人の騎士達も納得したのかも知れないが、それが無いばかりか頭ごなしに、ただ行けと命じられては彼ら二人だけでなく、その同僚たちの西侯に対する忠誠心は、ただ下がるばかりである。

 断崖絶壁に拵えた崖道を、やっとの思いで越えた先で二人の騎士が見た物は、高くそびえ立つ重厚な壁。

 突然現れた、この地にまるで似つかわしくない光景に、二人は口を半開きにしてしばし動きを忘れ、その場に佇む。


「なんだこれは? おい、お前は以前、ここに来た事があったのだろう?」


「いや、以前…………五年前に使者の護衛として来た時には、こんな壁は無かったはずだ…………」


 問われたもう片方は、首をふるふると振りながら答える。

 底知れぬ不気味さを感じながらも、二人は恐る恐るの体で壁へと近付いて行く。


「何奴! そこで止まれい!」


 その壁の上から響くのは、張りのある誰何の声。その声の主は、ネヴィル家一の驍将であるギルバートである。

 二人の騎士は万が一もあるなと互いに目配せをし、いつでも身を翻して逃げられるように、馬の手綱を強く握る。


「我らはロンデリー家より遣わされた者である。至急、ネヴィル男爵閣下へと御目通りを願いたい」


「西侯閣下の御配下とあれば、通したき所ではあるが、先ずは一つお聞かせ願おうか。西侯閣下は、どちらのお味方か? 王国軍か、それとも反乱軍か?」


「それは我らとて同じ。ネヴィル家は、一体どちらに加勢しているのか?」


「先に質問したのは我々の方である。先ずはそちらが答えるのが礼儀であろう」


 理屈としてはもっともではあるが、片や侯爵家の使い、もう片方は位階の低い男爵家の者。

 自分たちが軽んじられたのではないかと、西侯の使いの騎士の声量が大きく、かつ節々の荒々しさを増した。


「我らロンデリー侯爵家が反乱など起こすわけがなかろうが! して、ネヴィル家はどちらに与したのか」


 それを聞いたギルバートは、壁上でほくそ笑む。

 先に相手がどちらに与しているのかを問い、その答えを聞いて自分たちも合わせれば良いというのが、三兄弟の考えであった。

 

「そうか、ならば我らはこれまで通り味方というわけであるな。今、門を開けるゆえ、しばしお待ち下され」


 ギギギという軋むような音と、ジャラジャラと鳴り響く鎖の音がこの猫の額ほどの狭い平地に木霊する。

 開け放たれた門から完全武装をしたギルバートが現れた。

 西侯の使いの二人はそのギルバートへと馬を寄せ、下馬すると互いに名乗り合う。

 

「これより男爵閣下の元へとご案内致す」


 ギルバート先導の元、二人の騎士は続いて門を潜った。

 その門を潜るに当たって、二人の騎士は思わず息を飲み込んだ。

 表の鉄門扉も見事な作りであったが、分厚い壁に拵えた門の中には、格子状の落とし門が二つ設けられており、万が一にも表門を打ち破られたとしても、容易に侵入出来ぬ作りとなっている。

 それに壁についても奇妙な違和感を感じていた。石や煉瓦を積んだのではなく表面が実に滑らかであり、凹凸の無い壁を登るのはたとえ、かぎ爪を以ってしても難しいのではないかと思われる。

 キョロキョロと辺りを見回す二人を見て、ギルバートは三兄弟が想定していた通り、西侯が単なる使者では無く偵察員を送り込んで来たことを知る。

 そんな風に周囲を物珍しく見回す二人が門を抜けて目にして驚いたのは、門の内側にいた完全武装の兵たちの姿であった。

 その数はざっと見て、凡そ千人あまり。


「ギ、ギルバート卿、こ、この兵たちはいったい?」


「我々も王国内で反乱が起こった事を聞き及び、いつ陛下よりお声が掛かっても良いようにと、直ぐに動ける準備をしたまでに御座る」


「そ、それはそれは…………さすがは武門の誉高きネヴィル男爵閣下というところですな。実にすばらしい、ははは」


 動揺を隠しきれず、上擦った声で笑う騎士を見て、ギルバートも満面の笑みを浮かべた。

 こうしていつでも動ける完全武装の兵を待機させていると知れば、西侯とてどさくさ紛れの火事場泥棒的な侵攻も、諦めざるを得ないだろうとの目論見である。

 これまでの全てが、三人の幼い子供たちの手のひら上。それらを知るギルバートが笑みを堪えるのは、無理というものであった。

 ネヴィル家の館へと到着した使者は、そこで思わぬ歓待を受けた。

 当主であるダレン自ら玄関先まで出迎えて歓迎し、応接室で用向きを伺った後、すぐに酒と料理を存分に振る舞う。

 このことによって気を良くした使者たちは、酒のせいもあり、ついペラペラと中央の情勢について口を滑らせてしまう。


「反乱といっても、加担したのは大小合わせて十七家でしてな。カストール伯爵家を除けば、その殆どが規模の小さな小貴族。ただ戦火が王都に及ぶ危険があるがため、国王陛下は離宮のあるケストレイへと避難なされたよしに御座る。何にせよ陛下が御無事ならば、この反乱は失敗でありましょう。乱の収束も春までには完全に終わるものと思われまする」


 ダレンとジェラルドは互いに顔を見合わせた。遠縁の血族が加担しているとはいえ、反乱軍に与しなかったことを、この場に置いても強くアピールしておく必要があるだろう。

 それに加え、乱が完全に収束するまでは兵を集めたままにしておくことを、暗に匂わせておく。


「厚恩ある陛下に弓を引くとは許せぬ輩共よ。話を聞く限りでは、当家にお声が掛かるとは思えぬが、万が一というここともあるので、このままの状態を維持するとしよう」


 こうして使者の騎士二人の見ている前でダレンは、誓紙を書き上げて手渡す。

 そして地産のワインの小樽を、お土産として二人に持たせて、気持ちよく送り返してやるのであった。

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