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偽りの誓紙

お待たせ致しました。腰の方も痛みが引いて来て、取り敢えずは立って歩くことが出来るようになりました。ただ、まだ椅子に長時間座ったり、重い物を持ったりすることが出来ません。

なので、更新頻度もかなり空いてしまったりすると思いますが、どうかご容赦下さい。

 

 年も暮れ、後数日で新年を迎えるという時に、王都に残してあるロスキア商会の手の者が、とある一報をネヴィル家へと伝えた。

 それは王都近辺において、大規模な反乱が生じたというものであり、その報を受けたネヴィル家の当主であるダレンは、動揺し、かつ困惑していた。


「担ぎ上げられた盟主、つまりは王を称する反乱軍の頭領はポーダー公で間違いないのだな?」


 ここまで出来る限り急いで馬を飛ばして来たのだろう。報告者である商会の商人の顔には、濃い疲労の影がくっきりと浮き出ている。


「はい、ポーダー公爵で間違い御座いません。それに続く貴族家の数は、数家とも数十家とも言われており、よくは分かりませんが、御当家の本流であるハーディング子爵家もポーダー公爵に与したとのこと。王都には未だ戦火が及んではいないものの、上から下まで蜂の巣をつついたような大騒ぎで…………正確な情報を得られるまでには至らず、面目次第もありません」


「いやいや、混乱する王都より危険を冒し、急を知らせてくれたことに深い感謝を致しますぞ」


 粗方情報を聞き出した後は、従者に商人を離れへと案内させ、十分な休養を取らせるように命じた。

 そして急ぎ、父であるジェラルドと、弟のギルバート、そして三兄弟の内の二人、アデルとトーヤを呼び集める。

 ダレンから事のあらましを聞いたアデルは、興味無さそうな表情で椅子に座り、床に着かない両足を行儀悪くぷらぷらと揺らしている。


「反乱ですか…………で、そのポーター公爵とはどのようなお方で?」


 アデルの問いには、昔は王都に住んでいたジェラルドが答えた。


「ポーダー公爵は、エドマイン王の兄で御座せられる。ただ庶出ゆえ、王位継承権を与えられなんでな。大公とは言っても、領地も何の実権もない格式だけのものじゃて。その人柄は、まぁ現国王と似たり寄ったりといったところじゃの。正直なところを申せば、挿げ替えたところで、大した変りはないじゃろうな」


「つまりは、巻き込まれるだけ損というわけですか」


「うむ。しかしじゃ、ハーディング家が与しているとなると話が変わってくるのぅ」


「関係ないでしょ。もし、ウチを味方にする気ならば、父上とアデルが王都に行った時に、無理やりにでも引き込むはず。それをしなかったということはウチなんぞ、最初はなから当てになんてしていないということでは?」


 トーヤの言葉には棘がある。父やアデルから聞いた話では、ハーディング家との接触はこちらが挨拶に覗った時だけで、以降は何の音沙汰も無かったという。

 いくら位階が低く、本家から見て庶流とはいえ、返礼の使いも寄越さなかったことを見れば、ネヴィル家を軽んじているのは明らかであった。


「それよりも、まずやることがありますね。直ぐに兵を集めて、山海関の防衛に就かせましょう。このドサクサに紛れて、西侯が攻めて来るかも知れませんし」


「まさか! とは言えないところが悲しいのぅ。向こうは儂らの事を、中央から送られて来た監視役程度にしか思っておらんでのぅ」


 西侯がネヴィル家に今までしてきた数々の冷たい仕打ちを考えれば、アデルの言う事も必ずしも無いとは言い切れない。


「ならば、早速兵を集めるとしよう」


 そう言って立ち上がろうとするギルバートを、ダレンが手で制す。


「待て! ここでみだりに兵を集めでもしたら、当家も反乱に加わったと見なされてしまうのではないか?」


 その可能性は否定できないと、アデルとトーヤも頷く。


「ですが、西侯の火事場泥棒を許してしまえば、家の存続すら危ぶまれます。後からでも言い訳なら、いくらでも出来るので、先ずは防備を固めましょう」


「言い訳? 誰に対しての言い訳だ! 当家は反乱には一切関係が無いと言うのに、言い訳をせねばならぬのか!」


 急に機嫌を悪くした父を見て、アデルは自分の言葉選びに配慮が足りなかったことを悔いた。


「誰に対してかと言うと、どちらかの王に対してですよ父上」


 どちらかの王だと、とダレンとジェラルドは、アデルの言葉の意味するところがわからずに、互いの顔を見合わせる。


「まず、当家は出入り口を西侯に抑えられているため、まったく身動きが取れません。これでは反乱に加わる事も、また反乱軍討伐に向かう事も出来ません。大体が西侯がどちらに与しているのかさえ、今の我々にはわからないのですから、動きようがないんですよ」


「それもそうだったな。なるほど…………西侯が乱に加わろうが加わるまいが、どちらにせよ当家に襲い掛かって来る可能性はあるわけだな」


「ええ、西侯が反乱軍であった場合には、後背の憂いを消す為に一番に攻めて来るでしょうし、もし乱に加わっていないとしても、当家の罪をでっち上げて、攻め取ろうとして来るかも知れません。どちらにせよ、先ずは偵察がてら当家が反乱軍であるかどうかを、確かめる使者でも送って来ると思います。その使者が当家の集めた兵を見た時に、父上はこう仰ってください。陛下のご要請を受けた際に、すぐに動くことのできるように準備をしているのだと。この時に、決して王の名を出さないでください。ただ、陛下とだけ…………そうすれば、この発言を聞いた者たちが勝手に、自分たちの都合のよい解釈をしてくれるはずです」


「…………なるほど、それでどちらかの王と言ったのか。つまりはこうだろう? エドマイン王が勝っても、ポーダー公爵が勝って王位に就いたとしても、その言い方ならば向こうが勝手に、自分たちに与するために兵を集めたと勘違いするわけだな…………なるほど、考えたな…………で、その集めた兵を以って山海関を防衛するということか」


 平たく言ってしまえばどちらの王にも与せず、洞ヶ峠を決め込むということである。

 それでいて、王に忠を尽くす為というもっともな理由を以ってして兵を集め、その集めた兵で自分の領地を守るというのである。

 あざといやり方ではあるが、しがない小貴族であるネヴィル家が生き残るためには、これは仕方のない事である。


「だが、それだけでは弱いの。人の言葉など、悪意によってどうにでも捻じ曲げられようぞ」


 現国王の悪意に晒され、また西侯からも数々の嫌がらせを受けて来た、苦労人でもあるジェラルドの言葉の中には、苦い経験が含まれていた。


「それについても確たる証拠を残そうかと思います。例えば、誓紙を出すとかの方法で……」


「「「誓紙?」」」


 その場に居る大人たちが素っ頓狂な声を上げる中、アデルとトーヤは悪戯っ子のような笑みを浮かべている。


「そうです、誓紙です。誓約の起請文と言った方がわかりやすいですか? それでその誓紙にはこう書きます。王の要請が無い限りは、一兵たりとも領外へは出さない、と。ここでも王の名は書かずに、ただ王とだけ表記して下さい。これをそうですねぇ……おそらく派遣して来るであろう西侯の使者にでも、渡してみますか。ああ勿論、誓紙は同じものを二つ用意して、両方に父上とその使者の方のサインを頂くとしましょうかね」


 誓紙など乱世では何の意味も持たない事は、戦国時代の豊臣家を見ればわかるのだが、それでも忠誠の証しの証拠として後世には伝わっている。

 つまり今回の場合においては、証拠として残りさえすればそれでいいわけであり、そう言った点では誓紙というのは実に有効である。


「これが言い訳か……言い訳どころか、全ての相手をペテンに掛けているではないか。ふん、王都に続いてまた儂に一芝居打てというのだな? 全くお前たちときたら、親を何だと……」


「まぁまぁ兄上、今は抑えて。俺はアデルとトーヤの策に賛成するよ」


「賛成、反対というよりも他に良案が思い浮かばぬ以上、上手く行くことを信じて進むのみじゃ」


「…………はぁ~…………わかった。もう一度だけ、王をペテンに掛けるとしよう」


 ダレンは折れつつも、こう思った。自分は後世でどう評価されるのだろうかと。

 王を二度までもペテンに掛けたとすれば、どうあっても碌でもない評価をされるのは間違いないだろうと。


「父上、これは武略ですよ。生き残るためのね」


 そんな父親の心境を察したのか、アデルがフォローを入れるも、ダレンは生意気な奴めと、その額に思いっきりデコピンを喰らわせたのであった。

 



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