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真珠の使い道

評価、ブックマーク、労わりの御言葉、本当にありがとうございます!

しっかしぎっくり腰というのは厄介で、腰が痛くて眠れないぜ、ヒャッハーって感じです。寝返りうつと痛くて目が覚めちゃうんで、何だか日中もずっと眠いです。




 カインはエフト族の本拠地であるパミルに着いた早々、実家であるネヴィル家へと手紙を書いた。

 その手紙は、購入した食料を引取りに行く者たちへと手渡され、八日後に無事ネヴィル家へと届けられた。

 カインからの手紙を読んだアデルとトーヤは、その内容を見て背筋を震わせずにはいられなかった。

 

「彼らの言う山枯れとノルトの不作は、火山の噴火による酸性雨が原因ではないかと書かれているが、どう思う?」


「あり得ない話じゃないな…………こちらにまで被害が及ばなかったのは、風向きのせいか、それともこのネヴィル領をぐるりと取り囲む、山に雲が遮られたおかげか…………何にせよ、ウチも農業主体な以上、酸性雨なんかが降られでもしたら、途轍もないダメージを受けただろうな」


 トーヤの言葉に、アデルもそうだなと頷いた。


「それで、カインの要求なんだが…………土壌が酸性に傾いているため、それを中和するための石灰と、残っている蕪の種、後は土の質を比べたいので、ウチの畑の土を少々、だとさ」


「それならば問題無い。早速送ってやろう。しかし、それよりも砂金をどう扱うかだが…………」


 トパーズと交換して手に入れた砂金も、ネヴィル家が堂々と売りさばくわけにはいかない。

 そんなことをすれば、必ずや欲深な王やその取り巻きたちに目を付けられ、必ずや災いを呼び込むことになるだろう。


「トパーズ同様、産地偽装して捌くしかない。ロスコ爺ちゃんなら、王国内の砂金の産地を知っているだろうから、全て任せて上手くやって貰おう」


「そうだな、この世界の商売に関しては俺たちは素人。餅は餅屋に任せるのが一番だよな」


 前世の記憶では、三兄弟は総合卸問屋の社長であり、商取引の経験も当然有しているのだが、現代日本のシステマティックな商業体系のやり方の大半は、未だ物々交換が主流でもあるこの世界の商取引には適していない。

 そのため、三兄弟は早々に商売に関しては、自分たちでやることを諦めてもいたのだ。

 幸いにして、母方の祖父のロスコが裸一貫から身を起こした叩き上げの商人であり、この世界の商売に関する深い知識と経験を有している。

 ならば商売に関しては、全てロスコに丸投げしてしまっても問題無いだろう。


「早速父上に相談して、出来る限り早急に要求の品々を送ってやろう」


「うん、それがいい。あいつ意外とせっかちだから、送るのが遅いと自分で取りに帰ってきそうだしな」


 こうして二度目の食料の輸送の際に、カインが要求した品々の一部が積み込まれ、パミルへと送られた。



ーーー



 それから数日後の夜中のことである。

 不意に尿意を催したトーヤは、ブルリと身体を震わせながら眠い目を擦って起き上がった。


「便所か?」


 そんなトーヤに背後からアデルが声を掛ける。


「うん、小便だ。一緒に行くか?」


「うん、この年になっておねしょは嫌だ。ついでに俺も行くよ」


 光源は窓から差し込む月明かりのみ。青白く照らされた床を辿りながら、二人は外にある便所へ向かうべく廊下を歩いて階段を降りる。

 その階段のすぐ傍には、両親の寝室がある。ピッタリと締まった扉と壁の間の、僅かな隙間から中で照らされている明かりの光が、ビームのように漏れていた。

 漏れていたのは明かりだけでは無い。廊下へと微かに漏れ聞こえる激しい息遣いと、それに混じる艶やかな嬌声。

 二人は実に気まずそうに、互いの顔を見つめる。

 どうする? とトーヤが目で聞くも、アデルはどうするも何も、このまま便所に行くしか無いだろうと肩を竦めた。

 出来る限り音を立てないように、抜き足差し足忍び足で廊下を歩くが、そこは木造家屋の悲しい所。

 踏み込んだ床板が、ぎぃぃと軋んだ音を奏で上げる。

 その瞬間、両親の部屋から漏れる音がピタリと止まる。二人はそれが滑稽でもあったが、それよりも若い夫婦の邪魔をしてしまった罪悪感の方が大きかった。

 こうなっては仕方が無い。さっさと外の便所へ行って用を足して、早々に自室へと引き揚げる以外にとるべく道は無い。

 二人は、それでも気を使ってなるべく足音を立てないように気をつけながら、両親の寝室から遠ざかって行った。


「それにしても、ここの所毎晩だよな? 若いっていいなー」


 後半は棒読みの白々しい台詞を聞いて、トーヤもニヤリと笑みを浮かべる。


「母上は父上から贈り物を頂いて、それはもうこれでもかというくらい上機嫌だからな…………近いうちに弟か妹が出来そうだな」


「う~ん、出来れば今度は妹がいいなぁ…………もうこれ以上、出来の悪い弟が増えるのは勘弁願いたい」


「なにおぅ、出来の良い弟が出来の悪い兄を懸命にサポートして上げていると言うのに、言うに事欠いてお前と言う奴は! でも、俺も出来れば妹が欲しいな」


「だろ? ウチには華やかさが足りな過ぎると思うだろ?」


 小便の順番を待っているアデルが、小便をしている真っ最中のトーヤの背中に話しかける。

 

「ウチは女は母上しかいないから……後は、厳ついお爺様に、熊のような父上、ギルバートの叔父上はハンサムだけど、やっぱり武人気質で基本的に暑苦しいからなぁ……はい、お待たせ」


 今度はアデルが小便をする番である。先程と位置を入れ替え、兄弟は真夜中の束の間の会話を楽しむ。


「それにしても、父上も意外とやるもんだよなぁ。南侯から貰った真珠でネックレスを作らせて、母上に送るとは…………見た目からは全く想像出来ん行動だな」


「うん、叔父上なら未だしも…………ああ、そういえば余った真珠は叔父上にあげて、貰った叔父上は伯母上がたに真珠のブレスレットを作らせて送ったんだっけ?」


「そうそう、あっ! やっぱり兄弟だな。やってることが全く一緒だわ…………」


 二人は知らなかったが、貰った真珠の使い道をダレンが考えていた時に、横からギルバートがたまには義姉上に贈り物でもしたらどうかと、提案したのが切っ掛けであった。

 普段、領主の仕事に追われ、あまり家庭を顧みてはいなかったと反省したダレンは、そのギルバートの提案に乗って、大粒の真珠を用いて領内の腕利きの職人に、ネックレスを作らせ、妻であるクラリッサへと贈ったのである。

 見事な真珠のネックレスを貰ったクラリッサは、ダレンが引く程の喜びようでそれ以降、毎晩のように二人は、仲睦まじく床で汗を流していたのであった。

 一方、真珠のネックレスを贈るよう提案したギルバートは、ダレンから余った真珠を全て与えられた。

 ギルバートには正妻と妾が一人いる。正妻のカーミラと妾のイーリスは実の姉妹である。

 長男で跡取りのダレンが外から嫁を迎えたため、次男のギルバートは地元との結びつきを強めるために、当時ネヴィル領一の美人であると言われていた、カーミラを妻に迎えたのであった。

 だがギルバートはそれだけでは飽き足らず、同じく将来は姉をも凌ぐほどの美人になると噂されていた、カーミラの妹であるイーリスまでも側室としてしまったのである。

 その当時のことをギルバートは、三兄弟にこう話した。


「二人を迎えた頃は、男連中からのやっかみが凄かったな。男の嫉妬は、女の嫉妬以上に見苦しく酷くてな……その様子を見かねた兄上が、一計を案じたんだ。俺が二人の美女を娶る事が出来たのは、戦場で武勇を馳せたからであると。それを聞いた嫉妬していた男連中は、色めきたって戦の際に自ら進んで前に出て行って、自身の力量を弁えずに無謀な戦いを仕掛けて、その殆どがおっ死んじまったよ。その戦から帰って来て兄上は、俺にこう言ったんだ…………戦場においてまで、女の件を引き摺るような輩は、所詮使い物にならん。寧ろ前に自ら出て行き、我武者羅に斬り込んで行ってくれたお蔭で、いつもより少ない犠牲で勝利を掴むことが出来たわってな。兄上はまつりごとはからっきしだが、戦場においてのはかりごとは並ぶ者がいない恐ろしい人だぞ」


 それを聞いた三兄弟は、戦場という異様な場所で、そのような機転を利かすことの出来る父に対して、畏敬の念を抱いたのであった。

 そんなギルバートは、戦場でも戦場以外でも機転が利く男であり、貰った真珠の数ではネックレスを二つ作る事は出来ないと知ると、ブレスレットを二つ作るよう職人に命じたのであった。

 これには勿論、真珠の数的な問題でネックレスを二つ作る事が出来ないという理由と、もう一つ隠された思惑が込められていた。

 ギルバートに与えられた真珠の数からいえば、一つだけならばダレンがクラリッサに贈ったような、見事な真珠のネックレスを作る事が出来る。

 だが領主の正妻であり義姉のクラリッサと、一家臣であるギルバートの妻とが対等の物を身に纏うわけにはいかないのだ。

 ならばネックレスではなく、装飾品としてのグレードを落として小さなブレスレットとすれば、方々の角が立たず、クラリッサの面目も潰れずに済むと考えてのことである。


 その話を聞いたアデルとトーヤは、こう思った。

 世の人たちは、ネヴィル家の武ばかりに目を止めるが、実際には全くの逆であると。

 祖父といい、父といい、叔父といいその輝かしい武功の数々は、ネヴィル家の血に脈々と流れている、智謀によるものであると確信し、改めて彼らに尊敬の念を抱いたのであった。


 


 


 

 


 

 

 

 



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