救世主カイン?
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突然ですが、ぎっくり腰になりました。寝変えりすると痛みで飛び起きてしまい、深く眠る事が出来ません。
本当にまいってます。
峡谷の村へと着いた翌日、カインたちはガジムらに付き従い、早々にこの村を去った。
これから彼らの本拠地である、パミルと呼ばれるところへと向かうとの事である。
村を出てからというもの、カインたち……いや、カインに対する扱いが大きく変わったように思える。
何故なら、今まではカインの世話などはトラヴィスとチェルシーの二人の他は、言葉の通じないエフト族の者が行っていたのだが、族長であるガジム自ら世話を焼くことが多くなり、また若頭のダムザも、今までよりも積極的に、言葉を教えてくれるようになったのだ。
今もカインはヤクの背に乗りながら、横を歩くダムザと話をしている。
そんなダムザに、カインはそもそもの原因である、山枯れとは一体何なのか聞いてみることにした。
「山枯れとは、一体どんなものなのですか?」
「その言葉の通り、山全体が枯れる。いつもより長雨が降った後、草木は段々と枯れ始めた。我らも君たちには及ばないものの、畑を耕して作物を植えてはいるのだが、山枯れが起こってからは、種を埋めても芽吹かず、苗を植えても根付かずに枯れてしまうのだ…………」
それを聞いたカインは、土壌の問題かも知れないなと考えた。そして一つ、思いついたことがある。
それは、現代の日本でも環境問題の一つとして問題となった酸性雨である。
「でもあれは車の排気ガスや、工場の排煙なんかが原因だしなぁ……………………いや、いやいや、もう一つ自然現象でも起きる要因があったぞ! ねぇ、ダムザさん、この近くに火山はあるの?」
カインはこの近辺の火山が無いかを聞くが、ダムザはそんなものは無いと、首を横に振った。
「じゃあ、その山枯れの前の長雨が降る前に、地震…………地面が揺れたことは無かった?」
ダムザは山道を歩きながら、顎に手を添えて二年前のことを思い出す。
「ああ、確かに山が動いたことはある。だが、山は命ある生き物。動くのは珍しくも何ともないぞ。そう怯えなくても大丈夫だ」
別に地震に怯えているわけではないのだがと、思いつつもそれを聞いて、カインはこの山枯れの正体を推測する。
それはおそらくは火山活動により、舞い上がった粉塵が雨に混ざり、酸性雨としてこの地に降り注ぎ、結果として土壌の酸性値が、極めて濃くなってしまったものと思われる。
付近に火山が無いのに、どうしてこの地に火山の影響が出たのかは、これも想像だが、気流によるものだと考えれば、別に不思議では無いのかも知れない。
火山の無いこの地にまで揺れを感じたのは、火山脈が地下で繋がっているか、それともその噴火した火山の規模が相当に大きかったのかのどちらかだろう。
さらにこれらを考慮すると、この地よりさらに北にあるノルト王国の不作の原因も、酸性雨によるものと考えるのが自然である。
「もしかしたらだけど、その山枯れの状態を元に戻せるかもしれない……うわっとと!」
不意にカインの身体が宙に浮かびあがる。見れば、ダムザが真剣な顔をしてカインを抱き上げていた。
「それは本当か?」
「実際に、その枯れた畑を見ない事にはわからないけど、もし自分の考えてる通りの出来事であれば、試行錯誤はするだろうが、元に戻せるはずだよ」
ダムザの顔が驚愕へと変わる。そしてカインを抱き上げたまま、先を行く族長のガジムの元へと走り出した。
土壌が酸性に傾いてしまったのならば、答えは簡単である。
目下、売出し中の古い畑を甦らす魔法の肥料こと、石灰を撒けば済む事である。
石灰が無いのならば、草木を燃やした灰でもいいのだ。
兎に角、phを上げてやればいいだけのことなのである。
ただ、植物ごとに好むph値というものがあるので、その点は試行錯誤を重ねる他に道はない。
「ガジム様、ガジムさまーーーーー!」
連れているヤクの中でも、一際大きいヤクの背に揺られていたガジムは、呼ばれた方へと頭を巡らせる。
すると、若頭のダムザが、カインを両手で抱え上げたまま、こちらに向かって走って来るではないか。
ガジムは、大切な客人であるカインの身に何かあったのではないかと、大慌てでヤクの背から飛び降りる。
ガジムの乱暴な降り方に、ヤクは抗議の唸り声を上げるが、それどころではない。
ガジムの方からも、ダムザへと駆け寄る。
「どうした? 何事か?」
はぁはぁ、と荒い息を吐くダムザは、ずいと掲げているカインをガジムへと差し出す。
「山枯れが…………山枯れが、いや、山枯れを治すことが出来ると!」
「なに! それはまことか! 一体どういうことか?」
ガジムはダムザからカインを受け取る。カインの両脚が、プランプランと宙に揺れる。
カインはその状態のまま、ガジムに推測ではあるが、山枯れが起こった経緯を説明する。
「ですから、その酸性に傾いた畑を元に戻す肥料が、ウチにあるんですよ」
「幾らだ? 売ってくれ!」
ガジムの目の色が変わる。それを見て、カインの中に潜む悪魔が微笑む。
「それは構いませんが、一つ条件があります」
「何だ? 何を望む?」
「先日の我が領で取れる宝石を、砂金で買って頂きたいのです。もしそれが叶うのであれば、その肥料……石灰というのですが、それをお安く提供致します」
ガジムはカインの目を見つめてしばし考える。そして、決断した。
「よかろう。その条件を飲もう。ただし、量や額などの内容を煮詰めるのに些かの時間を貰うぞ?」
「それは構いませんとも。それに、その石灰もただ撒けば良いというものではないのです。草木には、それに合った土の質というものがありまして、それを探り当てるために、相当な時間と手間が掛かります」
「なるほど、だが山枯れは治せるのだな?」
「治せると思います。畑は石灰を撒くとして、山には草木を燃やした灰を土に撒けば、おそらくは…………ただ、時間は相当に掛かると思いますが…………それこそ、何年もの…………」
それは仕方がないだろうと、ガジムは頷いた。それでも、何年掛かろうとも、治るのであれば、一族が脈々と守り続けて来た土地を捨てなくてもよいのであればと……
「では、早速ウチに手紙を書きますので、次の荷物を受取に行くときにでも届けて頂けますか? 今の時期に育つのは……ああ、蕪があったな。まだ買った種が相当残っていたはずだから、畑を借りて、それで色々試してみましょう」
突如降って湧いた光明に、ガジムとダムザの顔色は明るさを取り戻す。
その晩、道中共にしているエフトの民たちにこのことを話して見るが、その反応はあまり芳しいものではなかった。
まず多かったのが、子供の作り話や与太話ではないかというものであり、それはカインの年齢ではそう思われても仕方のない面があった。
彼らの多くは、中原の共通語を話せず、カインと言葉を交わしたことも無いので、カインの冴えわたるその智に触れてもいなのである。
彼らにとっては、子供特有の物覚えの良さから言葉を学ぶのに最適であると、送り出されて来た単なる子供でしかないのである。
ガジムとダムザは、そんな彼らを粘り強く諭して兎に角、駄目で元々、半年なり一年なりカインの言う通りに、自由にやらせてみようということになった。
族長と、次期族長にそう言われてしまうと、他に手立てが無い以上、彼らも黙るしかない。
結局、半信半疑ながらも族長の決定に従う他はなかった。
一方、カインをエフトの民の元へと送り出したネヴィル家では、内と外にある出来事が生じていた。
それは、片方は見方によっては微笑ましいものであり、もう片方は、実に血生臭い香りが漂って来る類のものであった。




