風雲児カイン
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ちょっと仕事の方が忙しくて、帝国の剣共々、更新が遅れ気味ですがどうかご勘弁を……
「カイン君、少し急ぎ過ぎではありませんか?」
「相手が困惑している今が攻めどきでしょ? 冷静になられてしまう前に、何としても片を付けたいのですよ」
カインとトラヴィスの二人は、外に声が洩れぬよう、出来る限り小さな声で話す。
ここはエフト族の峡谷の村の村長の家にある、客人用の離れ。
外見は古びた木造の一般的な家屋だが、中は清掃が行き届いており、五月蠅くない程度の調度品と不自由しない程度の家具の類が配されている。
その一室でカインとトラヴィスは、今後どう動くべきかを話し合っていた。
会話を盗み聞きされぬよう、念のために扉の傍にはチェルシーを立たせ用心をさせている。
勿論、チェルシーには話の内容を公言しないように、固く言い含めてある。
「チェルシー君、誰かの足音などが聞こえたらすぐに教えてください」
トラヴィスが後ろを振り返って、チェルシーに声を掛ける。
「はい、先生!」
閉まったままの扉をじっと見つめたまま、チェルシーが元気よく返事をする。
チェルシーは平素、トラヴィスの助手として一緒に奴隷たちや学校に通って来る領民や、その子供たちに読み書きや簡単な算術を教えている。
トラヴィス曰く、チェルシーは十一歳にしては驚く程聡明であり、ネヴィル家は勿論の事、トラヴィスやその他の者に対しても、従順で手の掛からない子であるという。
特にトラヴィスに対しては、師事するかの如く言う事は何でも聞き、空いた時間は常に傍らに控えているようで、トラヴィスもそんな彼女を弟子のように可愛がっていた。
今も、トラヴィスの言い付けを守らんとして、扉にピタリと耳を付けて外の様子を覗っている。
「先生、今ならば我々が多少無茶な要求をしても、向こうは受け入れるしかありません。この谷で取れる砂金は、実に魅力的です。というよりも、トパーズの方がもうそろそろ限界に近いのです……」
現在のネヴィル家の発展の資金源のほとんどが、領内でコッソリと掘り出しているトパーズである。
このトパーズを、ロスキア商会が産地を偽装して方々に売り歩いているのだが、当然ながら流通量が多くなればそれだけ値が崩れていく。
さらには、流通量が多ければ多い程、産地偽装が困難となり、アシがついてしまう恐れが増えてしまう。
この危機を乗り越えるのに、三兄弟は苦心していたのだが、これと言って良い知恵が浮かばず、養蜂が大々的に軌道に乗るのを、ただひたすらに待つしかないと考えていた。
だがここでカインは砂金と巡り合い、こう考えた。
これはもしかすると千載一遇の機会ではないか? トパーズを売り、その代金として砂金を要求し、得た砂金をまたもや産地偽装を施して売れば、再びネヴィル家の発展に勢いをつけることが出来るだろうと。
カインは出発前に、父であるダレンからエフト族に関する一切の行動の自由を認められている。
また、次代の当主であり兄のアデルも、カインを信じて一切を任せていた。
「トパーズと砂金の取引……それがもし上手くいったとしても、いささか危険ではありませんか? 彼らはノルトとも商取引をしている様子。もし彼らがノルトとの取引にトパーズを使った場合、その情報が商人たちの口から口へと伝わって、国王陛下の耳にでも入ったとしたら…………」
「確かに、先生の仰られる通り、これには多少の危険が付き纏うかも知れません。ですが、たとえその話が国王の耳に入ったとしても、何とか躱せるのではないかと考えています。まずその情報の出所が、ノルトからだとして、その情報が敵の工作によるものだと匂わせれば……それに当家は辺境の小貴族であり、他と比べても贅沢などしておらず、館も以前通り小さいまま。領内から宝石が産出して、ぼろ儲けしているなどとの噂が立っても、誰も信じないのではないかと思っています」
言われてみれば確かにと、トラヴィスも思った。
トラヴィスがネヴィル領に来て、コールの街にあるネヴィル家の館を見たときには、位階が下である自分の実家の方が大きいのではないか、本当に貴族の館なのだろうかと思ったほど、こじんまりとした館であった。
あれから立て直しはおろか、増築すらしてはおらず、元の小さい館のまま。
あの館を見れば、誰しもがネヴィル家が金を持っているなどとは思うはずも無い。
「敵の工作を匂わせる、何か良い考えはおありですか?」
ある、とカインは頷く。
「父上と叔父上は、ノルトへの遠征で度々武功を上げられ、ノルトでは父上をネヴィルの黒豹、叔父上を白豹と呼んで恐れられているそうだ。尤も、武功の方は上の手柄にされてしまい、当家にはこれっぽっちの見返りも無かったそうだが…………そこでだ、こういうのはどうだろう? ネヴィル家からトパーズが産出しているとの噂が流れたらならば、ノルトが父上や叔父上の武勇を恐れて、離間策の流言飛語を飛ばしているのだと」
ああ、これはと、トラヴィスは思わず額を手で打った。
この智謀はまさに鬼神の如し、今後もネヴィル家が贅沢を慎む限り、この策は成功するだろうと確信する。
「確かに今ならば、向こうは食料を得るために、この取引に頷くしかありませんな。カイン君の言う通り、今が押しどきでしょう」
自分の考えにトラヴィスのお墨付きが得られたカインは、砂金を得るべく行動を開始する事に決めた。
ーーー
「あの子供は一体何者ですか? 私には到底理解しがたいのですが…………あの洞察力と発言、子供のものとは思えませぬ」
村長の本邸で、ダムザは族長のガジムと、この村を預かる村長であり古老の一人であるガルガスと膝を突き合わせるようにして話し合っていた。
「世が動く前触れかも知れぬな。ああいった者が現れるのは…………」
カインという少年が己の理解の範疇を越えていて、狼狽え気味のダムザと違い、族長のガジムは新しい時代の幕開けは近いのかも知れぬと、年甲斐も無く心をときめかせていた。
二人の話を聞いた古老のガルガスは、当面の食料の当てを喜びつつも、ダムザ同様不安を隠せない。
「族長は、そのカインという少年を風雲児だと申すのか? いや、確かに一目で砂金採りと見抜いた洞察力は大したもんだがのぅ……それだけでは、まだまだ……」
だがガジムは、ネヴィル家の館の中での取引の最中に、カインの兄であるアデルが、度々父親のダレンにアドバイスをしていたことを思い出し、そのことを二人に話す。
「どちらにせよ、今の我らに選択権は無いのだ。それにカインは、我らの言葉を覚えるために、しばらくはこの地に逗留する予定である。しばらく様子を見て、それから判断しても遅くは無い」
「族長、一つお尋ねいたすが、もし、もしもじゃが、そのカインという少年が傑物であると知れた時には、どうなさる御つもりか? こちら側へと迎え入れるのか? それとも、後々のことを考えて御隠れになっていただくのか?」
ガルガスの言葉に、ダムザがギョッと目を見開く。
ダムザには同じくらいの年ごろの娘がいる。道中もカインとその娘の姿が、時折重なって見えており、そんな年端のいかぬ子供を殺すのには、気が引けてしまう。
「ガルガス老よ。カインを殺すのは拙い。たとえ、巧妙に細工して事故死に見せかけたとしてもだ。カインの死、それは即ち食料を得られないだけでなく、彼らの復讐を呼ぶことになる。平時ならば未だしも、今の我々には戦って追い返すだけの力はないのだ。ならば、ここは我ら一族に迎え入れるのが、順当ではないか?」
やむを得ぬかと、ガルガスは頷いた。




