表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/237

裏庭の誓い


 数日して父親であり、ネヴィル領の当主であるダレンが、害獣退治から帰って来た。

 帰って来るなり、すっかりと変わってしまった食卓に目を白黒とさせている。

 そしてその豆を用いて作られた料理の数々が、息子たちの案によるものだと知って驚きを隠せずにいる。

 当主であるダレンが帰って来たことにより、棚上げされていたトラヴィスの退職の件が話し合われることになった。

 今度は祖父のジェラルドとトラヴィスだけではなく、当主のダレンと生徒であるアデル、カイン、トーヤの三名を呼んでの話し合いである。


「えっ! 先生辞めちゃうの?」


 話を聞いたアデルが、驚いて大声を上げる。


「ええ、君たちの学力は既に私を遥かに凌いでいます。もう私からは何も教えるものがないのですよ……」


 トラヴィスは困ったような、それでいて情けないような微笑を浮かべながら答える。


「先生、次の宛てあるの? 無いならこのままでいいじゃん。何にもない田舎だけど、水と食べ物は美味しいしこのまま家に居なよ」


 カインの実に失礼な言い草に、流石に父であるダレンは黙っておらず、カインの頭に拳骨を落とす。

 うごぉ、と頭を押さえながら悶えるカインを横目に、三男であるトーヤがトラヴィスの必要性を説いた。


「先生にはまだ教えて頂かねばならないことが沢山あります。その最たる内の一つが、宮廷作法です。お爺様と父上が教えてくれると言うのであれば、それに越したことはないのですが、お二人ともお忙しい身の上なので、それは叶わないかと思われます。そこで、先生に宮廷での作法をお教え頂きたいのです」


 ジェラルドとダレンは、ハッとしてお互いの顔を見あった。

 二人とも武辺者であり、戦場の作法ならいざ知らず、長く離れている社交界や宮廷での作法には些かの自信もないのである。


「む、そうじゃな……ダレンも儂も日々の政務もあることだし、それに年が明ければお前たちに剣の稽古を付けてやらねばならぬ。どうじゃ、トラヴィス殿……考え直してはくれぬか? 孫たちもトラヴィス殿に懐いておることじゃしのぅ」


「本当に私で良いのでしょうか?」


 先生じゃなきゃ嫌だよと、三人は間髪入れずに口をそろえて言う。


「わかりました、お言葉に甘えまして引き続き、家庭教師を務めさせていただきます」


 やったー、と三兄弟が燥ぐ。三兄弟は、トラヴィスが残ってくれたことも嬉しいが、祖父の口から出た年明けからの剣の稽古についても喜んでいたのである。

 祖父や父が、昨今の戦や現在の国の情勢についての話をしているのを知っている。

 戦争があり、物騒な世の中であることは間違いないのだ。六歳児の身の上では、そういった話を確かめる術はないが、まず自分たちの考えは間違ってはいないだろう。

 ならばせめて、自分の身は自分で守れるようにはしたいと思っていたのである。

 

 こうしてトラヴィスは引き続き家庭教師を務め、三兄弟に社交界のマナーや宮廷作法などを教えることとなった。



ーーー



 そうこうしている内に年が明ける。この世界の年齢の数え方は数え年であり、新年を迎えると一様に一つ年を重ねる。

 誕生日を祝うという習慣はないらしい。ただし、国王などの王族についてはこの限りでは無い。国王は毎年、王子や王女などは産れた時に生誕祭が行われるという。

 と、いうわけでアデル、カイン、トーヤの三人は目出度く七歳となったのであった。

 七歳といえば、日本では小学校一年生である。まだまだ幼い子供だとはいえ、幼稚園児と小学生では大きな隔たりがあるだろう。


「やぁーっ!」


 アデルは気合いを込めて、木の棒を振り下ろすが祖父のジェラルドはそれを半歩引いて避け、アデルの頭にポカリと棒を打ち下ろす。

 おごぁ、と額を抑えてアデルが地面に蹲る。ジェラルドはやり過ぎたかと内心で心配しつつも、厳しい口調で孫たちを叱咤する。


「立て、ネヴィル家の男児がそれしきの事で倒れてはならぬ。もう一度だ!」


 すでに三兄弟の頭には幾つものこぶが出来ている。年が明けてからというもの、毎日毎日、剣の稽古が行われていた。

 すぐに根を上げるだろうと、ジェラルドもダレンも思っていたのだが、三兄弟は幾ら叩きのめされようとも一向にを上げる気配を見せない。

 それどころか、こぶをこさえ涙目になりながらも、何度も何度も立ち上がっては自分たちに挑んで来るのだ。

 これはひょっとしたらモノになるやも知れぬと、二人は手に持つ棒に自然と力が入ってしまう。

 

「よし、これまで……後は、百回素振りをしたら遊んで良い」


 そう言ってジェラルドは稽古を切り上げた。そして屋敷に戻るとすぐさま二階に上がり、稽古場である裏庭が見える窓からこっそりと隠れて孫たちの様子を覗った。

 どうせ言い付けなど守らず、遊びに行ったに違いないと思いながら窓越しに裏庭を見ると、孫たちは言われた通りに素振りをしているではないか。

 この孫たちのやる気は、いったいどこから来ているのであろうかとジェラルドは首を傾げた。

 やがて言われた通りに素振りを百回終わらせた孫たちは、三人集まって剣に見立てた木の棒を掲げて、その先を交差させた。


「我ら三人、生まれし日、時を同じくして兄弟となりしからには、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。上は祖父と両親に報い、下は民を安んずることを誓う。同年、同月、同日に生まれたからには、同年、同月、同日に死せん事を願わん。皇天后土よ、実にこの心を鑑みよ。義に背き恩を忘るれば、天人共に戮すべし」


 遊ぶどころか、あろうことに三人は剣に見立てた棒を掲げ、誓いを立てているのである。その姿を見たジェラルドは、正に腰を抜かさんばかりに驚いた。七歳の子供がやることではない。驚きの余り、めまいすら感じられるほどである。

 祖父が二階から自分たちを覗いているとは、露知らずの三人は桃園の誓いもとい、裏庭の誓いだなどと言って笑っていた。

 三人にとってこれは、半ば本気であり半ば遊びだったのだが、祖父の目にはそうは映らなかったのである。

 

 儂の孫は神か悪魔か! いや、いやいや……国を興したり、大事を成し遂げる者などは、幼少の頃よりしばしばその片鱗を見せるという。ならば、あの三人も何れは……もし仮にそうだとして、儂に……儂とダレンはあの三人に何をしてやれるのであろうか? これは今晩にも、ダレンと話し合わねばなるまいて……


 その夜、ジェラルドからその話を聞いたダレンは、俄かには信じることが出来ずに何度も何度も、ジェラルドに聞き直した。


「儂とてあの姿を見なければ到底信じる事は出来なかっただろう。じゃがな、儂はしかとこの目で見て、この耳で聞いたのじゃよ……言っておくが、まだ耄碌はしておらぬぞ!」


「いや、いやいや……父上を疑っているわけではありません。確かに、確かに言われてみれば、算術はあっという間に覚え、今では妻があの子たちに教わっている始末。それに語学についても、私たちに読めないような書物をも軽々と読み上げていますし、あの豆を使った料理の数々といい、只者ではないとは常々思ってはいたのです。ですが、今聞いたような志をたった七歳の子供が持つとは……如何に子供たちの父親とはいえ、すんなりと信じられるはずがないではありませんか」


 それは自分も同じだが、事実は事実。受け入れるしかないとジェラルドは言う。


「おそらくあの三人は、このまま行けば大きく羽ばたくに違いない。儂らはその時のために、出来る限りのことをしてやらねばならぬ」


 それにはダレンも即座に頷いた。自分の子供であるからには、言われずともそうする積りである。

 だが自分に、自分たちに何が出来るのであろうか? その晩、二人は夜が白むまであの三人のために出来る事は何かを話し合った。


ブックマークありがとうございます! 感謝です!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ