成るか? 婚姻同盟
「我らと同盟を結びたいですと? 一体どういうことなのでしょうか?」
晩餐の後、客室へと案内されたガジムとダムザは、そこで今日の取引の内容や条件等を確認しあう。
取引の場には居らず、外で荷の積み下ろしの指揮を執っていたダムザは、ガジムから聞かされた内容に驚き、目を瞬かせる。
「普段のノルトとの取引の相場よりも低い……いや、これはいくらなんでも低すぎませんか? 本当に彼らはこの値で穀物を売ると?」
「うむ、信じられぬのも無理はない。儂も正直驚いておる」
最終的にネヴィル家が、この量までなら融通出来ると提示された穀類の量は、数千人が半年食っていくことが出来るほどの量であった。
これはネヴィル家が王国に反旗を翻すなり、離脱するなりした際を想定して、蓄えていたものである。
だがネヴィル家は夏に王都に赴き国王にアンモライトを献上して、三年の免税を受けた。
そのためにそれらの納税及び非常用の食糧は必要がなくなり、現在のところ倉庫の肥やしとなってしまっていたのである。
この時代に冷暗所はあっても、冷蔵庫や冷凍庫は無い。
いくら保管に気配りを尽くしていても、時間が経てば風味は落ちるし、黴も生える。
この先、一、二年は当家も安泰だろうと見込んで、この際これらの古くなった穀類を安価でも良いので売り払い、尚且つ外交的にも有効活用してしまおうとの腹があった。
「これほどの量を得られるならば、間引きなどせずとも、秋まで何とかなるのではありませんか?」
「おそらくはな……後、一、二回同じように取引すれば、秋までは耐えることが出来るだろう」
本来ならば喜び合うはずの二人の顔には、拭い去れない疑いの表情が張り付いている。
「…………わからぬのだ…………奴らの意図がまるで掴めぬ。掴めぬが、ここは彼らの思惑通りに動く他はなかろうて……」
「彼らは我らと、本当の意味で誼を結びたいと思っているのでは?」
ダムザの言葉に、ガジムは鼻を鳴らす。
それは暗に、ダムザのお人好しを窘めるものであった。
「ダムザよ、なぜノルトが我らとの取引に応じなかったかがわかったぞ」
「それは何故です? まさかこの地に来てわかったのですか?」
普段から蛮族と謗られ、取引では常に足元を見られては来たが、それでもノルトとは、交易自体は細々とながらも長年続いてきた。
それが今年になって、突然の門前払いである。その屈辱を直に味わったダムザは、その理由が知りたくて、思わず腰を浮かせて身を乗り出してしまう。
ガジムはそんなダムザを落ち着かせるように、手で制した。
「山枯れで食糧不足に喘いでいたのは我らだけでは無かったのだ。ノルトもまた、不作で苦しんでいるそうだ。ここ、ネヴィル家が属するガドモア王国とノルト王国は、戦の最中であるのは知っておろう? とは言っても、ここ最近は両国ともに大きな動きはなく、ただ睨み合いが続いているだけのようだが……」
「なるほど、不作と戦……それならば合点がいきますな……一体誰からその情報を?」
そこでガジムは自らも呆れるような薄い笑い声を上げた。
その様子に訝しむダムザをよそに、ガジムは淡々と語りだす。
「当主自ら、ご丁寧に教えてくれたのよ。ダムザよ、この意味がわかるか?」
ダムザはコクリと頷いた。
「つまりは、もうお前らと取引するのは、自分たちだけだぞ、ということでありましょう?」
「その通りだ。善意を見せておきつつ、堂々と退路を断って来おったわい。まったくを以て、食えぬ奴よ……」
その口調のわりには、妙に嬉しそうな顔をしていると、ガジムの顔を見たダムザは思った。
「ダムザよ、ネヴィル家は我らと通婚したいと申して来ておるが、どう思うか?」
ガドモア王国とノルト王国は文化的に、大した違いはない。
ノルトからはエフトの民は蛮族と侮られている。ならば、ガドモア王国からもそのような扱いを受ける可能性は高い。
そしてそのガドモア王国に属しているここ、ネヴィル家もそうなのではないか?
「軽々に答えられるようなことではありますまい。古老たちの意見も聞かねばなりますまい。まさか! もうお取り決めになられたので?」
「まだだ。しかしその条件がまた変わっておってな……嫡男とではなく二男を差し出すというのだ」
それを聞いたダムザの目つきが剣呑なものへと変わっていく。
やはりここネヴィル家もノルトと同じく、自分たちを蛮族と侮るのかと。
「その理由がまた面白い。本来ならば嫡男でも良いのだが、嫡男だと王国の知るところとなってしまう。王国には知られずに、密かに我らと強い誼を結びたいと申すのだ」
「…………つまりネヴィル家は、ガドモアの国王に服従してはいないと? 腹に一物を抱えているということでしょうか?」
「おそらくはな。ガドモア王国の現国王の噂話くらいは、お主も聞いたことがあるだろう? これから先、世は麻のごとく乱れるかも知れぬということよ。そこでだ、儂は思うのだが…………今回のように、天候一つで部族全体の生き死にが、左右されてしまうが如き状況を変えるためにも、動くべきではないのかと」
「つまり彼らと婚姻関係を結ぶと?」
「そうだ。事と次第によっては、彼らとともに我らの故地である中原に、撃って出ることも考えておる」
元々エフトの民は中原にある一国家であった。それが二百数十年前に滅び、民たちは追いに追われて、今の地へとたどり着き定住したのである。
「では、ユエリ様を?」
ユエリは族長であるガジムの末娘であり未婚、ダムザは当然彼女が嫁ぐものだろうと考えた。
「いや、それが困ったことになってな……ユエリはもうすぐ十五で、確かに適齢期ではあるのだが、相手となるネヴィル家の二男がまだ七つの幼子なのだ。そこでだが、ダムザよ……お主の娘、サリーマを宛がおうと考えておるのだが……」
ダムザの娘である長女のサリーマは八歳。確かに年齢の釣合は取れる。
だが父親であるダムザは即答することが出来ない。第一、そのネヴィル家の二男とやらの為人など何一つ知らないのである。
はっきり言って、どこの馬の骨かもわからないような輩に、大事な一人娘をやるわけにはいかない。
「ですが、わたくしは族長ではなく若頭に過ぎませぬ。それで向こうが承知するでしょうか?」
「お主は儂の弟の子であり、正式な猶子であり、あと何年かして儂が退いた後は族長となる身。その娘とあれば、問題はなかろう」
確かにそうではあるのだがダムザは、はいそうですねと頷くわけにはいかない。
誰しも親ならば、わが子は可愛く、その幸せを切に願うものである。
よくも知らない他家の息子のもとへ嫁がせるなど、考えたくもないことであった。
「……何にせよ、一度古老たちの意見も聞いたほうが良いかと思われますが……」
ダムザはこの場では明言を避けることにした。
「それもそうだな。相談せねば、後々しこりが残ろう」
意外とあっさりとガジムが退いたのをダムザは不思議に思いつつも、とりあえずわが娘の身を守ることが出来て安堵していた。
「それと、食事の際の我らの言葉を覚えさせるために、ネヴィル家から人を三人派遣するというのは?」
「受け入れざるを得ぬだろう。あれも駄目、これも駄目と突っぱねて、彼らの機嫌を損ねでもしたならば、我らに生きる道は無いのだからな」
それもそうですね、とダムザは頷く。
「それにしても大人一人というのはわかりますが、子供を二人とは一体どういうことでしょうか?」
「わからぬ。だが彼らの説明、筋は通っておる。なればこそ、胡散臭いのだがな……如何にせよ、大人と子供合わせて三人程度ならば、大して心配することもあるまい」
荷の積み下ろしを終えて出発するのは二日後の朝の予定。そこで彼らは、驚くべきものを目にすることになるのである。




