秘密同盟
帝国の剣共々、更新遅くなりまして申し訳ありませんでした。
風邪を引いてしまい、治るまで更新が滞ることをお許しください。
「ガジム様、あれは一体何でしょう?」
エフト族の若頭であるダムザの視線の先には、灰色の岩壁のような得体の知れぬ建物がある。
だが聞かれた首長のガジムも、それが何なのか見当もつかない。
彼らが目にしたのは、建設途中のコンクリート製の鶏舎であった。
十年前にこの地を訪れた者たちに聞いてみるが、以前来た時にはあのような建物は無かったと言う。
「あの建物らしきものが何なのかはわかりませぬが、十年前に比べるとこの地は大きく変わっておりますな。見ただけでも豊かさを感じさせられまする」
確かにと、ダムザとガジムも頷く。
若いダムザは、これならば満足のいく取引が出来るかも知れないと、期待に胸を膨らませる。
だが老獪なガジムはネヴィル家が、ノルト王国のようにこちらの足元を見て来るのではないかと、警戒心をあらわにする。
ギルバートらの先導を受け、無事にコールの街に着くとガジムたちは直ぐにネヴィル家の館へと通された。
玄関まで当主のダレンが出迎え、長旅の労をいたわる。
「遥々ようこそ、当家は貴殿らを歓迎するものである」
出迎えたダレンの言葉を、トラヴィスが通訳する。
トラヴィスの通訳も完璧では無いので、言い回しなどに硬さが出てしまう。
だが、ダレンが笑顔で手を差し伸べて来たので、ガジムたちは握手に応じつつ、取引に応じてくれたことに謝意を述べる。
そのまま応接室へと導かれたガジムは、ダレンに家族を紹介される。
その紹介された家族とは、ネヴィル家の跡取り息子であるアデル。
アデルは大陸共通語で挨拶をすると、そのまま応接室に居残った。
通訳のトラヴィスに、アデルがネヴィル家の跡取り息子である事を教えられたガジムは、エフト語で丁寧に挨拶を返した。
席に着くと、給仕の者が豆茶を運んで来る。香ばしい香りが室内に漂う。
ガジムは勧められるがままに一口だけ口を付けると、早速に取引の話に入る。
それを見てアデルは、その余裕の無さに驚きを禁じ得ない。
普通は世間話などをして、場を和ませてからというのがセオリーであり、円滑な取引の為にもそれらは欠かせないものでもあるのだが、ガジムはそれら一切を省いたのだ。
このせっかちさにアデルは、彼らと友好的な関係を築くことが果たしてできるのだろうかと、不安になる。
だが、ガジムにはガジムの言い分がある。今こうしている間にも、部族の民たちは飢えに苦しんでいる。
食料を少しでも多く買い付け、一刻も早く民の元へと戻りたいのだ。
今回エフトの民が持って来た品は、ヤクの毛、毛皮と角、羊毛、毛糸、毛織物などである。
ガドモア王国の一部の地域でも家畜として羊を放牧しており、羊毛などの類は価値は高いが珍しい物では無い。
だがヤクの毛皮と角は違う。ヤクは標高の高い地域にしか生息しておらず、平地が多い中原には生息していない。なのでその毛皮や角は非常に珍重がられている。
流通量が少なく、安定しないので値段は常に時価。時と場合によっては、毛皮一枚にとんでもない値段がついたりする。
そんな値の付け辛い品の数々を提示され、ネヴィル家側は困惑してしまう。
そしてアデルは、エフト側の提示した品々の中に、食品の類が一切皆無であることを知る。
それをダレンに伝え、こちら側が提示する品目に多くの食品を加えてみることを提案した。
ダレンはその案を受け入れ、結果ネヴィル側が提示した品目は以下の通りとなる。
大麦、豆類、オリーブの実、鮭鱒の燻製、干し葡萄、エール、ワイン、そして最後に宝石のトパーズ。
トパーズは現物を見せるが、ガジムはそれには一切興味を示さない。
ガジムが選んだのは、大麦、豆類、オリーブの実、鮭鱒の燻製、干し葡萄と全て食べ物であった。
嗜好品の酒類であるエールやワインにすら、一切見向きもしない徹底ぶりを見てアデルは、彼らがいよいよ切羽詰まった状況なのだろうと考える。
お互いの所望する品目が決まったら、今度は価値のすり合わせ。
ここでもお互いの価値観の差異に苦労することになる。
ここは一度トラヴィスのみを残して席を外し、別の部屋で親子は協議する。
「どうするか? 値は王国基準で良いのだろうか?」
ダレンは根っからの武人。戦場での判断ならいざ知らず、このような商売の駆け引きには精通しておらず、終始戸惑い気味である。
「いえ、父上。ここは限界まで値を下げるべきです。どうせこれらの品を内地へと持って行っても、出入り口を抑える西候に高い関税を掛けられ、利益など殆ど望めません。寧ろ下手に売ろうとすればするほど、赤字になるかも知れません。ならばいっその事、余剰分は彼らに売ってしまった方が良いと思われます」
アデルの考えはこうである。
彼らが飢えているのは間違いない。ここで満足な量を手に入れられなければ、次に彼らは何をするか?
それは決まっている。生きるために、食料を奪うための戦争となるだろう。
無論、彼らとてそのような戦は望んではいないだろう。もしも戦に負けてしまえば、彼らの部族がこの世から消滅してしまう可能性もあるからだ。
ならば彼らの欲する食料を、余らせたり腐らせてしまうよりかは、彼らに安価で引き渡して恩を売り、友好を深める材料とした方が良いだろう。
息子の言を良しと見るや、ダレンは腹を決める。武断的な性格もあり、決断も早い。
幸いにして今年は稀に見る豊作。この際、余剰分の半分近くを一気に提示して見せる。
ダレンとアデルは部屋に戻り、品々の取引値を提示する。
今度はガジムが驚く番である。ネヴィル側が提示して来た値は物にもよるが、ノルト王国の相場の三分の一から五分の一であった。
ガジムは何度か確認するが、ダレンは値段はこれで良いと言う。
ただし、以下の三つの条件を提示した。
一つ、今後も定期的に当家と取引を行う事。
二つ、エフト語を学ぶために、当家から幾人かをそちら側に送る事。
三つ、当家と同盟を結ぶこと。
これら三つの条件をトラヴィスが通訳する。
ガジムには元々選択肢は無い。一つ目の条件は願ったりかなったりである。
二年続いた山枯れによって荒れた山々が回復するまで、何度か取引したいと思っていたからである。
二つめの条件も、それを考えれば受け入れて当然。
だが三つ目の条件は理解に苦しんだ。
「この三つ目の条件は何か?」
ガジムは悩む。もし、もしもであるが、今後も山枯れが続いた場合には、もう交易どころではない。
その際には、生きるために他者から奪い取る必要がある。
その他者の中には、当然このネヴィル家も含まれるのだ。
「言葉の通り、当家とエフトの民との間に同盟を結ぶというものである。同盟を結んだ相手が困っているとあらば、当家としても見過ごすわけにはいかない。出来る限りの、惜しみの無い援助を行う用意がある」
ガジムはこの申し入れを受けた。というよりも、現状を考慮すると受け入れざるを得ないのだ。
ガジムには丁度年頃の娘がいる。同盟締結の証しとして、ガジムは自分の娘を差し出すことに決めた。
だがこれにネヴィル側はノーを突きつける。理由は二つ。
一つはアデルたちがまだ七歳であること。
二つはこの同盟は、ガドモア王国とエフトの民の間で交わされたものではなく、あくまでも当ネヴィル家との間のみで交わされたもの。いうなればこれは、秘密同盟ともいうべきものであり、その痕跡を今は残したくないのである。
ゆえに、恐らくは世情が大きく変わっているであろう将来、具体的にはアデルらが成人したときまで、通婚の確約はしないというものであった。
さらに通婚する際にも、嫡男であるアデルではなく、二男のカインとの条件をつける。
ガジムは頭の切れる男である。直ぐに頭の中で、この条件の裏を探ろうとする。
だが、今この場では情報が足りな過ぎて、明確な答えを得ることは出来ない。
ならばと、ガジムは取り敢えずこの場凌ぎの一計を案じた。
「条件を飲み、同盟を結ぶものとするが……儂には、幼い娘は居ない。したがって、通婚の件に関してはこちら側の候補を選ぶのに時間を頂きたい」
ダレンはそれを了承した。ネヴィル家としては、彼らとの通婚の件は、はっきり言ってどうでも良いと言えばどうでも良いのである。
地道な富国強兵策を実施中の、もっとも重要ないま現在に、外敵の侵入を防ぐことが出来るのならば、この約束は反故にされても良いと考えていたのであった。




