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珍客到来


「駄目であったか……」


 車座になって座っている老人たちの肩が、力なく落ちる。


「はっ、ノルトはガドモア王国と戦の最中ゆえ、糧秣となる食料は売れぬと……」


 車座になって座っている老人たちの中に、ただ一人精悍な顔つきをした若者がいる。

 

「ダムザよ、それだけではなかろう? ノルトの輩共、我らエフトの民を人とは認めてはおらぬからのぅ」


 確かに今回は、取引内容を伝えた瞬間に門前払い。それ以前も、運よく取引が出来たとしても、かなり足元を見られ、不当な取引を強いられてきた。


「このままでは、もたぬ」


「まさか、二年続けて山枯れが起きるとはのぅ……」


「今はヤクや山羊を潰して、どうにか凌いでいるが、これ以上ヤクの数を減らすとなると……」


「……口減らしをするしかあるまいか……先ずは儂ら…………次に、子供…………」


 待ってくれ! と、老人たちの中に居るただ一人の若者、ダムザが立ち上がる。


「今までも山枯れは何度かあったはず、だがそれでも何とかしてきたからこそ今がある。今回もきっと、何かまだ打つ手はあるはずだ!」


「ダムザよ。お主の言いたいことも、その胸に抱く思いも儂らはじゅうにぶんにわかっておるつもりじゃ。じゃがのぅ、以前の山枯れとは違うのじゃよ……これまでは山枯れが連年続いたことなど、一度もなかったのじゃ。以前に山枯れが起こったのは十年も前かの? その翌年には山は再び平穏を取り戻したものじゃが……」


「古老殿、その時はどうやって糊口を凌いだので?」


「確か、あの時は……」


 古老たちはこめかみに指を当てたり、長く伸ばした白い髭を扱いたりしながら、十年前の酷い山枯れの時のことを思い出そうとする。


「今と同じように北の人……ノルトから食料を買ったような……」


「それだけでは足りずに、南の人からも僅かだが買ったような……」


「おお、そうじゃった、そうじゃった。南の人から豆を買ったのを覚えておるわ」


「南の人? 南の人とは何ですか? 一体、どのような人なのですか?」


 ダムザは初めて聞く南の人と言う言葉に、一縷の望みがあればと喰い付いた。


「ああ、確か……ネヴィル……とか申したかかの? 一度だけじゃが、取引をしたことがあるのじゃよ」


「おお、では!」


 喜び、勇み立つダムザに、古老は申し訳なさそうに首を振った。


「彼の者たちも貧しく、今回のような大きな山枯れを補うほどの食料はとてもではないが、売ってはくれぬであろう」


 それを聞いたダムザは、クッ、と呻き、ぎりりと音を立てて歯を食いしばりながら顔を歪めた。

 そこで今の今まで一言も言葉を発していなかった、首長であるガジムが口を開いた。


「僅かでも、僅かでも売ってもらえれば、それで助かる命もあろう。ダムザよ……いや、此度は儂自ら交渉に赴くとしよう」


「御伴致します!」


 間髪を入れずにダムザが伴を申し出る。

 部族の危機に、居ても立っても居られないのだろう。ダムザのその言葉にガジムは微笑むと、大きく首を縦に振った。

 こうしてエフト族は、駄目で元々であるとしながらも、一縷の希望を抱いて南の人……ネヴィル家に食料を譲って貰えるようにと、交渉をすることにしたのであった。




ーーー



「なに? 見知らぬ集団が山から降りて来ただと?」


 猟師が目撃した謎の集団、その集団が一路ここを目指してきていると聞いたダレンは、すぐさま全領土に警戒体制を取るようにと伝令を飛ばす。


「父上、もしかするとまたあの時と同じように……」


 ダレンにジェラルドはうむと頷き、おそらくはそうじゃろうと同意する。


「ねぇねぇ、父上、あの時って? それにここを目指してくる人たちって何者なの?」


 父と祖父の顔つきには険しいものがあったが、外敵の侵入というのとは、また違った表情である。

 それは敵意というよりも困惑と言った方が、しっくりと来るのかも知れない。

 そんな二人の表情に強い興味を惹かれた三兄弟は、謎の集団について聞いてみることにした。

 その孫たちの問いに答えたのは祖父のジェラルド。なんのかんの言っても、孫が可愛くて仕方がないらしい。


「うむ。おそらくじゃが、ここに来ようとしている者たちはエフトの民じゃろうな。お前たちが産まれる前、そう丁度十年ほど前に、彼らは今回のように山を下りて来ての。その時に一度だけ、交易したことがあるのじゃよ」


「エフトの民?」


「そうじゃ、儂の書斎にあった本にも書いてあったはずじゃが……」


「ああ、あの大昔に栄えていたというエフト王国ってやつ?」


「そうそう、それじゃよ。彼らはその末裔とも言われておる。山を住処として、細々と遊牧などをしておると聞くが、なにせ接触を持ったのは十年前に一度きり、詳しい事は一切わからぬ」


 エフトの民とは山岳遊牧民だなと、三兄弟は納得した。

 それに目撃した猟師たちの話によると、身を守るための最低限の武装と兵しか伴っておらず、侵略の可能性は限りなく低いものと考えられる。


「交易かぁ、良かった、良かった」


「まだわからんぞ、交易だと思わせておいて油断を誘う気かも知れぬ」


 それはどうかなと三兄弟は首を傾げる。


「侵略の意図は無いのでは? もし、侵略するつもりならば、その姿を堂々と晒すのはおかしいですし、何より山から大勢の兵を降ろすには時間が掛かるため、最初にその時間を稼ぐ橋頭堡を築こうとするのでは? それをしないということは、今回は単に交易が目的なのではないかと思いますが」


「確かにお前の言う通りではあるが……ん? 今、今回はと言ったか?」


 ええ、とアデルが頷く。


「それは一体、どういう意味か?」


 父の問いにトーヤが答える。


「相手の話を聞くまでは確証が持てませんが、前回の取引の話を聞く限りだと、何らかの理由により食料不足に陥ったがゆえの交易みたいですし、今回もおそらくは同じでしょう。ただ、もし今回の取引を当家が突っぱねたりすると、拙いかもしれないということです」


「つまり、食料を手に入れるために、襲って来る可能性があるということか?」


「その通りです。ですが、いきなり襲って来るのではなく、先ずは交渉を求めて来るあたり、そのエフトの民というのは温厚なんでしょうね。それに、当家にとってこれは、渡りに船かもしれませんね」


 どういうことかと、ダレンとジェラルドが目を瞬かせながらトーヤを見る。


「当家は現在のところ、交易はガドモア王国内地へと続く、あの崖の一本道に頼るのみの状態です。ここが封鎖されると、領内の経済活動が文字通り停滞します。ですが、彼らとの間に新たに交易を行う事が出来れば、例え内地への道が封鎖されたとしても、完全に経済活動が止まるのを防ぐことが出来るかと」


 なるほど、と二人は頷いた。現在のところ、内地へと続く道の出口は西候が抑えている。

 つまりは極端な話、西候の気分次第でネヴィル家は完全に陸の孤島と化す恐れがあるのだ。

 それを完全にとまでは行かなくとも、回避するのにエフトの民と親交を深めた方が良いと言うのである。


「と、すると当家は彼らを厚遇せねばならぬと言う事だな……よし、先ずは彼らに使いを出そう。そしてその意図を聞き、対策を練るとしよう。だが、ここで一つ問題があるのだが……」


「問題? 問題とは何ですか?」


 父であるダレンの神妙な顔つきに、三兄弟は不安を覚える。


「儂は彼らの話す、エフト語が全くわからん」


 三兄弟は文字通りその場でずっこけた。


「それじゃ、じゅ、十年前は、どうやって取引したのですか?」


「それは、まぁ、こうやってのぅ、ようは身振り手振りというやつじゃて」


 はっはっはと、ジェラルドが開き直ったように豪快に笑う。

 三兄弟は、先ずは使いよりも何よりも先に、大急ぎでエフト語がわかる者を探さなければと、頭を抱えるのであった。


 

  

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