収穫の秋
季節は移り変わり、夏から秋へ。
川面をゆらゆらと飛び回る蜉蝣、豊かに実り穂を垂れる大麦。
大地を照らす日差しは和らぎ、夕陽には少しだけ物悲しさが含まれる季節。
そんな秋の最中、アデル、カイン、トーヤの三兄弟は相も変わらず忙しい日々を送っていた。
王都から帰還したダレンとアデルは、一族のみで開いた秘密会議の後、従者や顔役などの領内の主だった者たちを集めて布告を発した。
一つ、ネヴィル家は三年の間、国からは免税と賦役、兵役の免除を受けたこと。
二つ、免税を受けはしたが、普段通り秋の徴税をすること。
三つ、その徴収した税を使って、将来的に領民の暮らしを豊かにすべく、新たに幾つかの事業を興すこと。
実のところ、三兄弟は領民たちがこの布告に反発をするのではないかと、内心では怯えていた。
だが、結果として領民たちは大人しくこれらの布告を受け入れてくれた。
その背景には祖父の代から延々と、この地をゆっくりとではあるが、発展させ続けて来た信頼があったからである。
「お館様、お伺いしますが、新しい事業とは一体何んで御座いましょうか?」
そう訊ねてくる顔役の顔には、不安と期待が入り混じっている。
つぶさにその表情を伺うと、不安よりも期待の方が遥かに大きいようではある。
これも祖父と父が長年行って来た仁政の賜物だと、三兄弟は思っていたのだが、実際は違った。
実は領民たちは、ある噂話を聞いていたのである。
その噂話とは、ネヴィル家が男爵へと陞爵し、その御礼のために虹石なる唯一無二の秘宝を王へ献上したのは有名な話となっていたが、それを王都へと運ぶ際に、賊の目を欺くためにワザと価値の低い豆を大量に運んだのだという話であった。
この噂話の出所は勿論ネヴィル家であり、三兄弟がロスキア商会を使って流布させたものである。
三兄弟としては、当主である父ダレンの株を上げる為、周辺貴族、特に西侯に舐められないためにと思ってしたことであったが、当のダレンはまた違う考えを持っており、その話を巷に流す際にある一言を付け加えさせたのであった。
その一言とは、この策を講じたのはネヴィル家の跡取り息子たちであるというものであった。
親として出来の良い息子たちを自慢したくなったのか、それとも後々にアデルたちが、脚光を浴びる足掛かりとするためのものなのかはわからない。
ともあれ、ネヴィル家の跡取り息子たちは相当に優秀らしいという噂が立つに至ったのである。
だが、多くの者はその優秀さを一過性のものとして受け止めていた。
幼いころは神童、だが二十歳過ぎればただの人という例は多々ある。
この話も早熟な子供の、偶々のものであると考えられてしまうのも、致し方の無い事であった。
この世間の反応に、臍を噛んだのは父であるダレンと祖父であるジェラルド、そして叔父のギルバートであった。
当の本人たちはというと、あっけらかんとした体を装ってはいたが、内心ではホッと胸をなでおろしていた。
まだ自分たちが、日の目を見るには早すぎると思っていたのである。
そんな世間一般の反応とは違い、領民たちの反応は全くの真逆。
やはり次代様の智謀は本物であると、自分たちの未来が明るいものになるだろうと喜ぶ。
それもこれも、三兄弟が今まで行って来た実績を直に見て、感じて来たからであるからこその反応であると言えよう。
よって、此度の新たなる事業というのも、次代様の英知の導きによるものであると顔役たちは確信し、且つこれは成功間違いなしと踏んでいたのである。
「うむ。新たに興す事業とはな……養鶏と養蜂、この二つだ」
「養鶏……と、養蜂で御座いますか?」
今一つピンと来ないのだろう。鶏ならば、領民の中には飼っている者もいる。
だが、養蜂とは何であるのかは理解出来ない様子であった。
「養鶏、つまりは一つ所に大量の鶏を集めて飼育し、卵や肉を得ることである。また、養蜂とは蜜蜂を飼育し、蜂たちが集めた蜜を分けて貰うものである。これらの事業に、お前たちから集めた税を投入しようと思っている。将来的には、今は高級品である卵や鶏肉などが、各家庭の食卓へと安価で提供出来るようにしたい。さらに、養蜂により得た蜂蜜を使って、エール、ワインに続く第三の酒である蜂蜜酒を作り、これもまたこの地の特産としたいと思っておるのだ」
高級品である卵の安定供給という実に魅力的な提案。それにも増して、養蜂によって得た蜂蜜を使って新たなる酒を生み出すという、夢のような話に顔役たちは興奮せざるを得ない。
顔役たちは顔を真っ赤にし、鼻息荒く、やろう、今すぐ行動すべしと意気盛んである。
いつの時代でも人を突き動かす原動力は、食であるのは変わらないのである。
こうしてネヴィル領では、新たに養鶏と養蜂が試みられることとなったのである。
ーーー
主食である大麦と豆類の収穫の最中、領内の一街三村から養蜂家志望の者が各一人づつ選ばれた。
養鶏の方は収穫期が終わり次第、今や便利な建築材としてすっかり普及し始めた、コンクリートを用いた鶏舎をこれも一街三村に建造されることとなっている。
今日、三兄弟はその選ばれた養蜂家志望の者たちと、初めての採蜜を行っていた。
養蜂家が身に着ける防具を身に纏い、蜂たちを刺激しないようゆっくりとした動作で巣箱を開ける。
勿論、声も立ててはいけない。体中にひっつく蜂たちのくすぐったさに堪えながら、粛々と作業を続けねばならない。
蜜蜂の巣は、大体が上段が蜜の貯蔵庫、中段や下段が、花粉を溜めたり幼虫や蛹の部屋だったりする。
なので上段部だけを取り外して蜜を採取すれば良い。
三兄弟が設置した巣箱は重箱式巣箱と呼ばれるものであり、その蜜を溜めた最上段が簡単に取り外せるものであった。
なぜアデルたちがこの重箱式巣箱というものを知っていたのかというと、それは前世の記憶の中にあった高瀬賢一の職業によるものであった。
高瀬賢一という男は、大学で歴史を専攻し、その後院へと進んだが、食うに食えずに実家の総合問屋を継いだ。
丁度その頃、家庭で出来る養蜂というブームが局地的に起こり、そのための養蜂キットを扱った事があったのだ。
歴史的にも養蜂は古代から続けられており、歴史を専攻していた賢一も養蜂というものに当然のように興味を持った。
そのため、キット自体を自分で詳しく調べたりしたことがあったのだ。ただ残念なことに、仕事に追われそのキット自体を用いて、個人的な養蜂を営んだということはなかった。
そのような経緯から、三兄弟は重箱式巣箱を作らせて設置させた。最初は三箱のみ。そして分封した蜂たちが巣とするようにと巣箱を増やし続け、今は二十二の巣箱が花畑に点在している。
調べてみるとその内の十四個に蜜蜂が巣を築き上げていた。
今回採蜜するのは、一番最初に設置した三箱からのみ。
まだまだ大々的な採蜜には早く、それを行うにはもっともっと蜂たちを増やす必要があるだろう。
取り外した巣を傾けたり、ナイフで表面に軽く傷を付けたりして、垂れて来る蜜を瓶へと注いでいく。
本来ならば、巣を持ち帰り遠心分離器に掛けたりして蜂蜜を根こそぎ頂くのだが、遠心分離機などの便利な機械は当然無いし、設置した最初の年であるということも踏まえ、出来る限り巣を壊さずに蜜を分けて貰うことにしたのだった。
太陽に翳した琥珀のような色をした蜜が、小瓶へと溜まって行くの見て、全員が小さく感歎の声を上げる。
作業を終えた後は出来る限り巣を元通りに戻し、喜びで大声を上げたいのを我慢しながら、蜂たちを刺激しないようにゆっくり、そっとその場を後にする。
「う~ん、甘い!」
「一種類の花から集めた蜜もいいけど、やっぱり多くの花々から集めた天然の蜂蜜には、深い味わいがあるなぁ」
「これを酒なんかにするのは、全くを以って勿体無いな。第一、酒にしても俺たち飲めないし」
小瓶に指を突っ込んで、一舐め。全員が全員とも、その甘露に身を震わせた。
今回採取した蜜は、試しに売ったらどのくらいの値になるのかを調べるために、ロスキア商会に預けることになっている。
その売り上げを以って、花の種や新たな巣箱作りの費用に充てることとなっている。
「「「いくらで売れるか楽しみだな~」」」
無邪気に燥ぐ三兄弟。この時はまだ知らなかったのだ。
この蜂蜜が運んでくるのは、富だけでは無い事を…………
評価、ブックマークありがとうございます! 励みになります、感謝感激です!
フラグ回です。後々回収致しますので、楽しみにお待ちください。
と言っても、かなり先の事になりますが………次回はまた、物語の中の季節が移り変わります。




