六割完成、山海関
ロスキア商会からある情報がもたらされた。
それは国王が、虹石の探索を四大侯爵の一人である南侯に命じたというものであった。
南侯が支配する王国の南部辺境には海がある。玉座の間でダレンが唱えた嘘八百、でっち上げの説を王は完全に信じてのことである。
それを聞いたアデルは、人の悪い笑みを浮かべずにはいられない。
「精々探索に時間と金を費やすがいいさ。さ、面倒事に巻き込まれる前に帰りましょうか」
「そうだな、それにしても随分と色々と買い求めたな? その分、鉄鉱石の量が減ってしまったが良いのか?」
「ええ、父上……もう既に山海関の鉄門扉分は確保しておりますし、今回の鉄は農具と鏃用ですのでそれほど量は必要としておりません。それに農具ならば、青銅で我慢するのもありですから」
「そうか……だが、これらは一体何だ?」
荷馬車に次々と運び込まれていく麻袋の山をダレンは指差した。
「あれは蕪の種と大蒜です。両方とも寒い時期に育つ農作物ですから、秋の収穫後に種を撒けば冬の良い食材になりますよ」
そうか、とダレンは頷いて見せたが、ネヴィル領では蕪を育ててはいないので、詳しい事はわからなかった。
王国では蕪は割とポピュラーな冬野菜なのだが、ダレンは蕪を食べたことはない。
何故なら、ダレンが領外に出る時は殆どが戦の時であり、この世界の戦の大半は冬には行わないのが普通であり、冬の間は領内に留まっていたため、蕪を食する機会に恵まれなかったのである。
「しかし、蕪は当家に必要なのか?」
ダレンの疑問はもっともである。今の今まで、冬に季節野菜を食わずとも十分にやってこれたのだから。
「ええ、これは母上へのお土産でもあります」
「ん? どういうことか?」
愛妻家でもあるダレンは、妻であるクラリッサの名を出されてしまうと、どんな些細な事でも見過ごせなくなってしまうのであった。
「冬になると母上は肌荒れが気になる御様子でしたので…………」
それを聞いて増々ダレンはわからなくなる。肌荒れと蕪に何の関係があるのか?
「冬に肌が荒れるのは、空気の乾燥ということもありますが、ビタミン不足によるものではないかと思うのです。オリーブの実の塩漬けだけでは、どうしても肌荒れを防ぐ栄養が足りないのだと思いまして……そこで足りない栄養を補うのに適している冬野菜の蕪を食べる事で、肌荒れの症状を和らげようと思ったのです。大蒜も同じです。大蒜は芽も食べる事が出来ますし、球根も長期保存出来ます。また、先に買い求めた無花果の実も干せば長期保存出来、冬の間に食せば足りない栄養を補うことが出来るはずです」
ビタミンという聞き慣れぬ言葉が出て来たが、話の大筋をダレンは理解した。
こういう時にものを言うのが、過去の実績である。アデルら三兄弟は、既に様々な奇跡ともいえるような智の冴えを見せて来た。
それが目に見えぬ後押しとなっており、これらの件もすんなりと受け入れられたのであった。
もっとも、三兄弟の計画は母親の肌荒れ対策だけのものではない。
領民たちの冬のビタミン不足解消は勿論の事、蕪の栽培が上手く行けば、それを加工して新たな輸出品とする事も視野に入れていた。
今考えているのは、ネヴィルの赤塩を使った蕪の漬物。勿論、領内で消費するためのものだが、将来的に生産に余裕が出来れば、輸出品の一つになるだろう。
それともう一つ、考えていたことがあった。それは養鶏である。
領内に大規模な養鶏場を幾つも作り、高級品である卵の安定供給を促すという計画であった。
その鶏たちの、冬場の栄養を補うための野菜としての意味合いが蕪に込められていたのである。
「まぁ、上手く行くかどうかは、やってみないことにはわからないんですけどね。せめて蕪、大蒜、無花果のどれか一つだけでも成功してくれれば良いのですが……」
次々と積まれていく荷を眺めながら呟くアデルの肩を、ダレンは力強く励ますように叩く。
叩かれたアデルは、おっとっとと前につんのめりながら、振り返って父の顔を見る。
仰ぎ見た父の瞳は真っ直ぐに自分へと向けられており、その口許に穏やかな笑みがこぼれ出しているの見たアデルは、抱いていた不安がすっと消えていくのを感じたのであった。
ーーー
「せーの!」
ジャラジャラと太い鎖が音を立てる。
次の瞬間、ドンという音と共に土埃が舞い上がった。
ここはネヴィル領の玄関口。六割がた完成した山海関に鉄門扉と跳ね橋が設置され、その動作を確認しているのであった。
「成功じゃ!」
山海関の前に掘られた空堀の上を通る一本の跳ね橋。それは領内の鍛冶職人たちが、自分たちの技術の粋を集めて作った自慢の橋であった。
「おお、見事じゃな! よし、次は鎖の巻き上げを試すぞ」
再び太い鎖が音を立て、今度はゆっくりと跳ね橋が上がって行く。
職人たちが何度も焼き入れをした鎖は、伸びる事も、千切れることも無く重い跳ね橋を見事に上げることに成功する。
「完成じゃ! 誰か、先代様と若様がたを呼んできてくれい」
先代の当主であるジェラルドと、二の若様ことカイン、三の若様ことトーヤの三人が来ると、彼らは再び鉄門扉の開閉と跳ね橋の上げ下ろしをして見せた。
それを見た三人はその出来栄えに満足し、職人たちを激賞した。
「素晴らしい出来栄えじゃ! これほど見事な城門は、王国広しとはいえそうは無いぞ!」
「すっげー! 近くで見ると、とんでもない迫力があるな。これならちょっとやそっとじゃビクともしないだろうな」
「父上とアデルが帰って来たらきっと驚くぞ。二人の驚いた顔が今から楽しみだな」
褒められた職人たちは、堂々と胸を張って見せる。
思い返せば、短期間でこのような物を作れと無茶ぶりを振られ、農具や日用品の生産を後回しにしてまで、この鉄門扉の製造に力を注いできたのだ。
スケジュール的にも、技術的にも、そして人員的にも苦しかった分、その感動は一入である。
「諸君、良くやってくれた! 今日は今からこの山海関の鉄門扉と跳ね橋の落成を祝おうと思う」
ジェラルドの宣言に、職人たちはコンクリート製の灰色の壁を背にして、応と拳を突き上げて雄叫びを上げる。
そこから先は、次々と運び込まれてくるワインと料理で、飲めや歌えやの大騒ぎとなる。
「後はもう少し高さを増せば完成だな」
「うん、空堀の底にも設計図通りに鉄杭が敷かれているし、あの跳ね橋と鉄門扉ならば、例え相手が百万の軍勢でも防ぎきれるはずだ」
カインとトーヤは、そびえ立つ灰色の壁を誇らしげに見上げた。
「ここまで来たら後は一息。来年中には完成するだろう。次はどうする? そのまま第二門の着工に掛かるか?」
カインは現在領内の金庫番と化しているトーヤに聞く。
「う~ん、直ぐには難しいな……ここまででも職人たちに大分無理をさせたし、鉄門扉を優先させたがために農具その他の生産が滞ってしまっている。それにこれから、収穫の季節を迎えるわけだし、人の確保が厳しくなるだろう」
「領民たちにも無理をさせているからな。計画発案からこのかた、殆ど吶喊工事状態だったからな。ここいらで一息入れさせないと、彼らももたないか」
「うん、それもそうだし、金の方も持たない。父上とアデルが上手くやってくれれば、かなり余裕が生まれるけれども、大丈夫かなぁ?」
「俺に大丈夫かと言われてもなぁ、多分大丈夫だろうとしか返せないだろうが……毎晩三人で、夜更かしして父上に怒られながら練った策だ。きっと上手くいくさ」
自分たちの計画が現実のものとなった証しの最たるものが、この山海関である。
この山海関の雄姿を早く長兄であるアデルに見せてやりたいものだと、カインとトーヤはうずうずしながら壁の上に登り、領外へ続く一本道の先をそわそわと見つめるのであった。
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今日は三月十日、砂糖の日!




