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商会退避計画


 餅は餅屋ということで、豆と鉄の売買に関してはロスキア商会に丸投げした。

 ロスキア商会を取り仕切る旦那であるエリオットはネヴィル家当主であるダレンの義兄。

 身内であるがゆえにその信頼は厚い。ロスコは現在、アデルたちと入れ違いでネヴィル領へと前々から頼まれていた鉄鉱石を運んでいる最中であった。

 それゆえに、現在のロスキア商会のトップは王都に居るエリオットということになる。

 エリオットは義弟ダレンの信頼に見事応えた。僅か数日で、倉庫一杯の豆類を全て捌き切り、その利益で鉄鉱石とアデルご所望の無花果の若木を百本用意して見せたのだ。

 数々の名のある大店おおだながひしめく王都で、中規模のロスキア商会が生き残って来れたのは、偏にロスコとこのエリオットの手腕によるもの。特にエリオットは、取引の規模が大きくなればなるほどに、辣腕を振るう事の出来る、ロスコ自慢の跡取り息子であった。

 

「さすがだな、義兄に任せておけば何も心配はいらないだろう」


「まさかこの短期間で、無花果の若木をこれほどの数揃えてくれるなんて思いもしませんでした」


 次から次へと荷馬車へ運び込まれる若木を見ながら、親子は感歎の声を上げた。

 

「明日、王都を発つ。今日は早めに寝るようにな」


「はい、わかりました」


 やる事はすべて行い、もう王都に留まる必要は無い以上、一刻も早く自領へと引き揚げた方が良いだろうと二人は考えていた。

 何せ王都は治安も悪ければ、飯も不味い。さらには、下手に逗留し続けると虹石のこともあり、他家がネヴィル家に接触を図って来る恐れがある。

 今のネヴィル家には、中央で貴族付き合いを楽しむような余裕はない。

 面倒なことに巻き込まれない内に、速やかに帰るべきであろう。

 

 その晩、夕食を終え早めの床に就こうとするアデルを、ダレンが呼び止めた。


「そういえば、一つ気になっていたことがあってな……」


 神妙な顔をしてアデルの顔を見つめるダレン。

 そんな視線を受けたアデルは、子供らしく小首をかしげて見せる。


「何です? 父上」


「うむ。アデルよ、今回はお前たちの考え通りに事が運んだが、どうしてこのようになるとわかったのだ?」


 ああ、なんだそのことか。何か別の新しい問題でも発生したのかと思ったと、アデルはホッとして胸を撫で下ろす。


「ああ、それはですね……お爺様やロスコ爺ちゃん、叔父上とエリオット叔父さん、父上と母上でしょ? 後はダグラスやロスキア商会の人達などから、国王陛下の人となりや逸話などを聞いて廻り、三人で色々と考えた結果と言いますか……母上の言葉が一番参考になったかな……」


「クラリッサがか? あれは陛下の事を何と言っておったのか?」


「えと……まるで大きな子供みたいねって……」


 なるほど、とダレンは頷かざるを得ない。現に、エドマイン王に拝謁して抱いた感想の一つが、それであったからだ。


「ならば、自分たちと同じ子供の目線で考えてみようとなって、自分たちを含め、子供と言うのは何が好きで、どんなものに興味を示すかということを考えました。それで自分たちもそうですが、子供と言うのは新しい物、珍しい物に強く惹かれるのです」


 あっ、とダレンが思わず声を上げた。今まで見た事の無い新しい物、そしてこれまた世に出回っていない珍しい物。それに当て嵌まるのが、虹石ことアンモライトであった。


「そうか、そうだったのか……なるほど、得心がいったわ。すると今後は、そういった考えで接すれば当家は……」


 それはどうでしょうと、アデルは首を捻る。


「父上、父上はよく自分たちに、まったく子供は何を仕出かすかわからんと、散々仰っていたではありませんか」


 アデルの言葉に、ダレンはうっ、と言葉を詰まらせる。


「しかもタチの悪いことに、相手は子供ではなく、子供のような大人なのです。子供としての好奇心や即物的な欲の他に、大人の名誉欲だの見栄だの何だのが絡んでくると、予測が難しくなります。自分たちが聞いた話の中だけでも、強欲で好色、短気で粗暴、見栄っ張りであり、その興味も熱しやすく冷めやすい、しかも堪え性は皆無と、接触は出来る限り控える方が良いと思いますが……」


「ああ、お前の言う通りだ。どうも、今回の事があまりにも上手く行き過ぎたせいで、柄にもなく、儂にもくだらぬ欲が生じてしまったようだ。儂は父譲りの武人堅気。戦場でならいざ知らず、宮中ではかりごとを巡らすような質ではないというのにな…………」


 僅か七つの息子に諭され、ダレンは自分を笑うしかない。

 自家の立場を有利にするために、エドマイン王を操れるのではないかと、僅かでも思った自分を恥じた。

 それでは現在宮中に巣食う佞臣、奸臣たちと同類ではないかと。


「寝ようとしていたところを、すまなかったな。…………アデル、ありがとう」


 父から真顔で礼を言われたアデルは、しばしキョトンとした後、はにかむ様に笑顔を浮かべた。


「父上、僕は少しでも父上のお役に立てましたか?」


「ああ、勿論だとも、お前は儂の自慢の息子だ」


 それを聞いたアデルは、胸の奥が熱を帯びて行くのを確かに感じ、自然と目が潤んでいく。

 アデルたち三兄弟の誓いの一つに、前世で出来なかった親孝行をするというものがある。

 この程度の事で親孝行などというのは、非常におこがましいことではあるが、それでも、僅かでも父の助けとなれたのであれば、これほど嬉しいことはない。

 もっと多くのことを父と話し合いたいのも山々ではあるが、翌朝王都を発つということでもあり、今夜は諦め素直に床に就くことにした。

 まだまだこれからも、父上と話し合う機会は幾らでもあると、この頃のアデルは実に楽観的に考えていたのではあるが…………




ーーー



 アデルが床に就いた後、ダレンは今度は義兄であるエリオットと、今後の見通しについて話し合いをする。 


「我々ロスキア商会は、遅くても来年中には王都からネヴィル領へ本店を移そうと思っております」


「計画よりも些か早いですな。何か変事でも?」


 実は……と、エリオットがその理由を語り始める。

 単純に王都とその近辺の治安が年々悪化の一途を辿っている事と、それに伴い護衛の数を以前よりも増やさねばならないので、利益が出にくいというのが表向きの理由。

 もっとも、これは表向きとはいえ事実であり、下手に安い商品などを取り扱うと、輸送とそれを護衛する費用で、とんでもない赤字を生み出してしまう事態となっている。

 そしてその表向きの理由に隠された真の理由とは、おそらく近年中に商家への大増税が行われるであろうとの情報を入手したためである。

 

「年々棄民が増え続け、税収が少なくなってきています。そうなると足りない分を何処で補うか? 今回のように各貴族家を陞爵させて返礼をせびるという手は、そう何度も使えません。与える土地も無限にあるわけではないですからね。では、何処から取るのか? 次に狙うのは商家や富裕層だと思われます」


 なるほど、理に適っている。おそらくは義兄の考えに間違いは無いだろうと、ダレンも頷いた。


「そうなると、平民である我々に対する取り立ては、非常に厳しいものになると思われます。ですから、次の税収の結果を見定めて、前年よりも悪化の一途を辿っていたとするならば、我々は直ちに王都から拠点をネヴィル領へと移そうと思っております。その際に、我々は表向きには商会を解散させて帰農という形を取らせて頂きます」


 商人から農民へと表向き職を変える事で、その大増税を躱すという算段であった。

 これが普通の商家ならば許されるはずも無いが、ロスキア商会はネヴィル家の身内である。

 商売を辞めて身内であるネヴィル家を頼り、同地に於いて帰農するという理由ならば、きちんとした手続きさえ踏めば、咎めだてを受ける可能性は低いだろうと思われる。


「我らネヴィル家は諸手を上げて歓迎しますぞ。義兄上が傍におられるだけで、心強いというものです」


「ダレン様、感謝致します。目途と致しましては来年の春には、王都には僅かな者たちのみを残して、全て引き払ってしまおうと考えております」


「わかりました。こちらでも、それに合せるように準備致しますので、ご心配なく」


 こうしてロスキア商会は、当初の計画よりも幾分か早めに、ネヴィル領へと退避する次第となったのである。

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