してやったり!
「よくよく御覧になれば、裏に貝のようなものがめり込んでおりましょう。とは言っても、某の領地は山間でして、貝というものに詳しくはありませぬが……」
エドマイン王は言われた通り、虹石の裏側をよくよく目を凝らして見つめた。
「おお、確かに! 確かにこれは貝じゃな! む、するとこの虹石は、貝の取れるような所にあるということか?」
「ご明察恐れ入りまする。先程も申し上げました通り、某の領地は山間であり貝というものは獲れませぬ。ゆえにこの推測が当たっているのかはわかりかねます。何せ、某は貝が獲れるという海というものを見たことがありませぬので……」
「そうか、卿は海を見たことが無いのか……」
献上された虹石を気に入り、すっかり気を良くしたエドマイン王は、ダレンの無知を笑い得々と海について語り出す。
ダレンも武辺者とはいえ、貴族の端くれ。実に良いタイミングで相槌を打ち、また自分の無知ぶりを前面に押し出して、以降の判断をエドマイン王へと巧みに投げ出した。
「話が逸れてしまったな。確かにこれを見る限り、虹石は海、もしくは海の近くで獲れる物だと思える。これは、貴重な情報であるぞ。この情報をもたらしてくれた卿には、何か褒美を与えてやろうぞ。何か望む物はあるか?」
興奮が興奮を呼び、機嫌が鰻登りに上がり続けるエドマイン王は、周囲が止める間もなくその時の思いつきをそのまま口に出してしまう。
「あ、ありがたき幸せに御座いまする。では、一つだけ……」
ダレンは大仰しく畏まりながら願いを口に出そうとする。
「これ、ネヴィル卿! 慎まぬか!」
だが、それを咎めるように近臣の叱責が飛ぶ。
「良い。卿よ、その願いとやらを申すが良い」
「陛下!」
「余が良いと申しておる!」
エドマイン王は、口を尖らせ唾を飛ばしながら近臣たちを睨み付ける。
こういった時に、エドマイン王に逆うべきではない。逆らったがゆえに、粛清された者の数は両の手の指に余るほどいるのである。
「陛下がよろしいのであれば……ネヴィル卿よ、分は弁えるように……」
「はっ、心得まして御座いまする。では、陛下のご慈悲に甘えまして……此度、陛下の御厚情により、準男爵位から準の字を取り除いて頂きましたが、恥ずかしながらその用意を整えることが未だ出来ておりませぬ。そこで、今しばらく爵位相当の実力を蓄えるお時間を頂きとう存じ上げまする次第でありまして、五年……いや、三年の間、税と賦役、兵役の寛恕を賜りとう御座います」
なんだそんなことかと、エドマイン王はあっけに取られたような表情を浮かべる。
もっとこう自分が欲するように、美女だとか金銀財宝だのを求めて来るものだと考えていたのだ。
また近臣たちも、その程度ならば大した問題ではないと考え、納得した。
ネヴィル家は辺境中の辺境であり、そのようなところから幾ら税を搾り取ってもたかが知れている。
ならば、今は太らせるだけ太らせておき、後でまとめて搾り取れば良いとも考えていた。
「宜しい。許す。三年であったな。望みはそれだけか? ならば、下がるがよい。余はこう見えても、忙しい身の上でな……」
「はっ、陛下の重ね重ねの御厚情、感謝の言葉もありませぬ、本日は貴重なお時間を某如きに裂いて頂き、まことに申し訳なく……」
「良い、良い。では卿よ、御苦労であった」
「はっ」
ダレンは再び跪いて深々と首を垂れた後、立ち上がり一礼して御前からその身を憚るようにして玉座の間から退出する。
退出すると取次ぎの担当官から、先程の部屋で待つようにと言われ、ダレンは再びあの薄暗くて黴臭い一室へと足を運んだ。
「豆は納めなくても良い。ただし、ワインは納めよとの仰せである。それとこれが男爵位の印綬、そしてこちらが証書である、それともう一枚、これが陛下より卿に対する褒美、三年間の租税と賦役、兵役の免除を記したものである。くれぐれも紛失したりせぬように……以上である」
ダレンはそれらを受け取ると、懐から小さな革袋を取り出して担当官の手に握らせる。
革袋の中身は金貨。所謂、後付というものである。
これを怠ると、あらぬ噂が立てられたりする恐れがあるのだ。
小袋を受け取った担当官は、袋ごしの手触りと重さから金貨である事を知り、満足気に頷きダレンに退出を促した。
こうして無事に、三兄弟の考えた策どおりに事を運ぶことが出来たダレンは、長居は無用とばかりに急ぎ王城を後にした。
帰りの馬車の中で、ダレンは同乗する古参の家臣であるダグラスも、今まで一度も見たこと無いような満面の笑みを浮かべていた。
そして逗留しているロスキア商会の本店に着くなり馬車を飛び降り、アデルの名を呼び探し求めた。
父の戦場でも良く通る声は、直ぐにアデルの耳へと届く。
「父上、父上! 首尾は如何でしたか?」
「アデル、アデル! まったくお前もカインもトーヤも大したものだ! お前たちの策は見事図に当たり、当家は無事三年間の租税と賦役、兵役の免除を頂いたぞ」
ダレンはアデルを抱きかかえ、その幼い頬に頬擦りをする。
母クラリッサの言う通り、熊のような硬い髭がアデルの頬に突き刺さる。
じょりじょりという、まるで亀の子たわしを擦りつけるような感触に、アデルは辟易しつつも、何故かその感触を嫌いにはなれずにいるのであった。
「では、三年の間にどれだけ力を蓄える事が出来るのか、ということですね」
「そういうことになるな。この三年という貴重な時間、一日たりとも無駄には出来ぬ」
ダレンの言葉に、アデルもその通りであると頷く。
「その御様子を見る限りでは、何か良い事でもおありになりましたか?」
じゃれ合う親子に声を掛けて来たのは、ダレンの義兄であるエリオットであった。
ダレンはエリオットに、王より男爵位を授かるだけでなく、三年間の租税と賦役、さらに兵役の免除を頂くことが出来たのだと語った。
これにはエリオットも驚かずにはいられない。
「それで義兄上、此度領内から遥々運んできた献上品、ワインは納める事となったのだが、豆類は要らぬと突っ返された。そこでこの豆類を売り払って、その売り上げで鉄鉱石などを買えるだけ買って帰りたいのだが……」
「それは丁度良いタイミングでした。御存じかとは思われますが、収穫期の前である今の時期は、丁度食料が高騰する時期でもあります。近年はさらに値上がりの傾向を見せており……何故だかわかりますか? アデル殿」
エリオットはこれも丁度良い機会だと、アデルの智を試してみた。
「ええと、おそらくですが、長年に渡る戦で農民たちが兵役に就いたことで田畑が荒れたことと、重税に堪えかね、民たちが棄民と化したことで全体の収穫量が減ったのではないでしょうか?」
エリオットは目を大きく見開いて驚きつつも、口元を綻ばせる。
アデルの答えは満点であった。そしてエリオットはこうも思った。
この子は確かに我ら商家の血を受け継いでいる、貴族になどしておくのは勿体無いと。
この若さでこれだけの智の冴えがあれば、ゆくゆくは国をも動かす大商人になれるのではないかと。
「まったく驚いてしまうことばかりですね。その通りです。それで豆ですが、ざっと計算しても昨年の三倍から五倍の値が付くと思いますよ」
「ご、ごごご、五倍! そ、そんなにも?」
今度はアデルが小さな両目を大きく見開いて驚く番である。
これは暴騰などというレベルではない。これが意味するのは、それだけこの国の食料生産事情が悪いということであり、このままの調子でいけば、国の崩壊は近いかも知れないとアデルは思うのであった。
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