表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/237

虹石お披露目


「豆と少々のワイン…………卿は王室の権威を軽んじているのではないか?」


 ここは城内の一室。だが窓も小さく、装飾の類も殆ど見当たらない。

 部屋全体に黴臭さが染みついているような、ネヴィル家がいくら田舎貴族とはいえ、貴族の応対に使用するのには相応しくない部屋。

 そんな一室で、ダレンは王の御厚情に対する返礼の品の目録を担当官へと手渡した。

 それを読み上げた担当官の顔つきは、入って来た時よりもさらに険しく、ついには目録から目を離し、ダレンを睨み付けるような目つきをする。

 だが、戦場にも立った事の無いような華奢な担当官の目による威圧など、幾多の戦場を駆け抜けたダレンにとっては何ほどの事も無い。

 

「まさか! 当家の王室に対して長年に渡る忠義を御評価頂けたからこそ此度、急ぎ馳せ参じた次第でありまして、王室の権威を軽んじるなどとは……実は、その目録に書かれている以外にも持参した品がありまして……」


「ほぅ、それは何かな?」


 最早完全にネヴィル家を分を弁えぬ田舎貴族と侮っている担当官は、然して興味なさそうな目をダレンに向けた。

 

「これに御座います」


 そう言ってダレンが懐から取り出したのは天鵞絨てんがじゅうの包み。

 その包みを解くと、薄暗いこの部屋に差し込む僅かな光を七色に反射する、見事な宝石が現れた。

 担当官はそのまばゆい輝きを目にして絶句する。

 それもそのはず、今までこのような取次ぎを幾度となく経験したが、このような宝石を目にしたのはまったくの初めてであったのだ。


「こ、ここ、これは……真珠? いや、いや、違う……卿よ、これは一体何であるか?」


 恐る恐る手に取り、しげしげと眺めた後、担当官がこの宝石の正体を問う。


「それは当家に伝わる唯一無二の秘宝。その宝石の名は、数多くの商人たちに見せても判別致しませんでした。故に当家ではその宝石を虹石と呼んでおりまする。此度は、目録の品だけでは王の御厚情に報いることは叶わずと思い、当家の秘宝中の秘宝である、この虹石を献上致す所存でありますれば……」


 これほどの品を、まさか貧乏な田舎貴族が所有しているとはと、担当官は何度も虹石とダレンの顔を見比べた。

 そして担当官は、この珍品中の珍品である虹石を、自分の懐に収めてしまいたい衝動に駆られ始める。

 だがそれは寸での所で理性によって引き止められる。このような珍品、売れば巨額の富を得られるのは想像に難くは無いが、珍品であるがために必ずや足がつく。

 もしこれを密かに奪って売り払い、富を得たとしても、その出所や入手経緯などを調べられた場合、待っているのは身の破滅なのは間違いない。

 虹色に輝く石に魅せられてしまった担当官は、諦めの溜息をつくと再び天鵞絨に虹石を包み込んだ。


「この虹石は多くの商人が売れば、城の一つや二つ建てられると申しておりました。当家と致しましては、もしもの事態に備えて今まで秘蔵しておりましたが、王の御厚情に応えるには、これを納めるしかないと思いました次第」


「あい、わかった。見事なる一品、必ずや王もお喜びになるであろう。卿は今しばらくこの部屋にお留まりあれ。もしやとも思うが、王からお褒めの言葉を授かる栄誉を賜るかも知れぬゆえ……」


「はっ」


 担当官は慎重に包みを持つと、退出する。

 一人部屋に残されたダレンは、俯きながらニヤリと口元を綻ばす。


 ここまでは息子たちの策通り。この後は、果たしてどうなるやら……



ーーー






 この世にある享楽の殆どを味わいつくしたエドマイン王はここ最近、退屈な日々を送っていた。

 その退屈を一瞬で塗り替えた輝き、それがこの虹石であった。

 石の中にめり込むようにあるそれは、今まで見たどのような宝石とも違う輝きを放っている。

 王はしばらくその場にほかの者がいる事も忘れ、半ば呆けた顔をしながら虹石を手に取り、飽くることなく眺めつづけていた。


「なんと、眩いことか……これは一体何と言う宝石であるか?」


 エドマイン王の下問に担当官は、ダレンより聞いたまま虹石のことを答える。

 

「虹石? なるほど、光の当てる角度によって七色に光よるわ。その……何であったか……」


 帝国の一貴族、それも高々準男爵であったネヴィル家の名が、王には思い出せない。

 ネヴィル家先代の当主であるジェラルドの剣に、小便を引っ掛けて穢したことなど、本人は当に忘れ去っていた。 


「ネヴィル男爵のことで御座いましょうか?」


 こめかみに指を当て思い出そうとしている王に、近臣が助け舟を出す。


「そうそう、そうであった。その……ネヴィル男爵とやらが持参してきたのは、これ一つだけであるか?」


「はっ、ネヴィル卿が申すには、家に伝わる唯一無二の秘宝であると申しておりました」


「ふむ。では、これを何処で手に入れたかは聞いたか?」


「あ、いえ、そこまでは……申し訳ございませぬ」


 話にならぬと、王は両手を軽く上げる。


「ならば、陛下がお声をお掛けになられる栄誉を彼の者に与え、その際に聞き出してみては如何で御座いましょう?」


 おお、それは良いと、近臣に直ちにこの謁見の間に連れてくるように言いつける。

 僅かな時を置いて、近臣に連れられて来たダレンは、王の御前で跪き深々と首を垂れる。


「本日は某ごとき小身の者に、拝謁の栄誉を与えて下さりましたること、生涯の誉でありまする。また、陛下の御厚情により、準の字を取り除いて頂きましたること、まことに感謝に堪えませぬ。当家と致しましては、御恩に報いるためには急ぎ馳せ参じ、当家秘蔵の秘宝を陛下にご献上致すほかはないと愚考致しました次第。ご献上致しましたる虹石が、陛下のお気に召されればよろしいのですが……」


「ネヴィル卿、面を上げい。陛下は卿に直答をお許しになられた。礼を失する事の無いように」


 近臣の言葉を受け、ダレンは面を上げる。


「はっ、重ね重ねの栄誉を賜りまして、感無量で御座います」


「ふむ、ネヴィル卿……遠路はるばる御苦労であったな。今日、そちをこの場に呼んだのは、卿が余に献上してくれたこの虹石とやらについて、詳しい話を聞きたいと思っての事でな……卿はこれを一体何処で手に入れたのか?」


 王の関心を買う事に成功した時点で、策は成功したも同然。

 ダレンは心中で力強く片腕を天高く上げ、勝利の雄叫びを叫んだ。

 後は、息子たちが考えた嘘の話をすれば良いだけである。


「それは先々代がここ、王都にて露天商より手に入れたとのことでありまして、実はその虹石は元はただの石くれに過ぎなかったのであります。ある時、不注意によりその石くれを落としてしまった際に二つに割れ、中からその虹石が現れた次第でありまして……」


「ふむ。すると最初から、このままの形で手に入れたのではないのだな?」


「はっ、その通りでございます。もし、今の形で売られていたのであれば、当家の財力ではとてもではありませぬが手に入れる事は出来なかったでありましょう。当家がその虹石を手に入れましたるのは、まったくの偶然の産物であります」


 王はそれを聞いて落胆した。


「しかしながら手掛かりといいましょうか、それらしきものは御座いますれば……」


「手掛かりじゃと、それは一体何であるのか? 遠慮などせずに申すが良い」


 玉座から身を乗り出さんばかりに、ダレンの一言に喰い付いたエドマイン王の目は、最早完全に虹石ことアンモライトに、魅入られてしまっていた。


「はっ、これは単なる憶測に過ぎませぬが……」


「良い、良いから申せ!」


「はっ、それでは……そのお手にありまする虹石の裏をご覧くださいませ」


 王は手の上にある虹石を引っくり返して、言われた通り裏を見る。


「何も無いではないか? これがどうか致したのか? ええい、率直に申せ!」


 癇癪を起した子供のような甲高い声を上げるエドマイン王を見て、ダレンは王の器ではないとあきれ返るしかなかった。

ブックマークありがとうございます! 感謝です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ