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王都見学に行くぞ


 夏の日差しを受けて焼けたように熱い石畳の上を、豆を満載した馬車が幾つも連なり進む。

 この馬車の行き先は、商業区にある倉庫群の一角にあるロスキア商会所有の倉庫である。

 一応、建前としては王への献上品であり、その一時保管場所として借り受けたということになってはいるが、アデルの考えどおりに事が進めば、この大量の豆類はそっくりそのままロスキア商会が卸す品となる。

 少しだけ埃っぽい冷やりとした倉庫の中でアデルは母親の兄、つまりはもう一人の伯父であるエリオットに会う。


「ようこそ、ロスキア商会エーレプル本店へ。それしにても、少し見ない内に随分と大きくなられましたな、アデル殿」


「お久しぶりです、エリオット伯父さん」


 二人が顔を合わせるのは約二年ぶり。エリオットはアデルの伸びた背丈を見ては、子供の成長の早さを改めて思い知る。

 もっと幼いころから、三兄弟のその目に深い知性が宿っているのを知ってはいたが、今改めて見るとその輝きは、以前よりも大分増しているように思える。

 ネヴィル領から戻ってくるたびに父が、あの三人は傑物であると褒めちぎるのも、こうして相対すれば頷けようものだとエリオットは、倉庫をもの珍しそうに見回しているアデルを優しげに見つめる。


「義兄上、御無沙汰をしております」


「ダレン様、遥々王都までようこそ、それから此度は陞爵しょうしゃくおめでとうございます……と、言いたいところですが、此度は災難でしたな」


 エリオットは父であるロスコよりも、ダレンの妻であるクラリッサと同じく母親似の物優しげな風貌をしている。

 そのエリオットが挨拶もそこそこにダレンへと近付き、王都の近況を報告する。


「実は陞爵の御沙汰があったのは、ネヴィル家だけではないのです。他にも多数……それも子爵位より低い御方ばかりが、丁度収穫期の前のこの時期に陞爵致しまして……当然、今期の納税から位階相応の分を納めねばなりませんので、その工面にどの家も悲鳴を上げていると聞き及んでおります」


 やはりそうだったか、とダレンは納得した。今まで幾たびも戦場に駆り出され、功を上げても一向に音沙汰がなかったのが、つい先日にいきなり陞爵というのは、どうも腑に落ちぬと思っていたのだ。

 

「やはりアデルたちの言う通りであったか……」


 三兄弟は既にこれを予想していた。王家は度重なる戦と大規模土木工事で、国庫が空になったため先ずは平民たちに重税を課して財を搾り取った。

 そしてもう平民たちから、もう搾り取れるものがないと知った王家が次に目を付けたのが、下級貴族たちである。

 今度はこの下級貴族たちから、搾り取れるだけ搾り取ろうというのだろう。

 しかもそのやり方は、欲望丸出しでありながらも実にあざといやり方であり、これはダレンも勿論そうだが、下級貴族たちの王家に対する忠誠心を無くさせ、かえって反発を招く結果となるだろうと睨んでいた。


「……アデル殿が、ですか?」


 エリオットは、父であるロスコから三兄弟の聡明さを聞かされてはいたが、やはり見た目は普通の七歳児であるがために、どうしても心の底からその話を鵜呑みにすることが出来ずにいた。

 今も倉庫に積まれている数々の物品を見て燥いでいる姿を見てしまうと、ロスコの話もとてもではないが、孫可愛さの作り話ではないかと思ってしまう。


「アデル、アデル!」


 ダレンが手招きをしてアデルを呼ぶと、幼い甥はボールを追いかける子犬のように、全力で父親目掛けて駆け出して来る。


「なんです? 父上」


「お前たちの言う通りらしい。我が家のみならず、他家も同じように陞爵の御沙汰があるらしい」


「やっぱりそうでしたか。平民から搾り取った次は、富裕層や支配階級から金を引き出そうとするでしょうし、当たり前といっちゃ当たり前ですね。と、なると次はこの金を使い果たすであろう二、三年後に今度は戦かな? 戦に勝って領土を奪うなり、賠償金をせしめるなりして凌ぐって考えではないでしょうか?」


 ダレンはなるほど、陛下のお考えになりそうなことだと頷いているが、エリオットはアデルの言葉に驚くあまり、口を大きく開けてポカンと放心してしまっていた。

 アデルの話す内容はとてもではないが、七歳の子供のものではない。


「なるほど……お前はそれを見越して、三年の税の免除を求めるつもりだったのだな?」


 ええそうです、とアデルが白い歯を見せて笑う。

 最近は感化されてきたのか、ダレンにもアデルの考えが後追いではあるが、大分わかるようになってきている。

 その三年の間に国が倒れたとしてもそれはそれでよし、国が健在であっても三年で何とか男爵位相当の戦力を整えればよし、ということである。

 エリオットには税の免除とやらのことはわからなかったが、父の言っていたことは本当であったのだと、ネヴィルの家は間違いなく躍進するであろうという、確信を持つに至った。


「私はこれから取次ぎの申請に行って来る。ダグラス、何人かでアデルを護衛しつつ王都を見せてやってくれ。ただし行くのはここ商業区だけ、貴族街は避けろ。王都に何度も来ているお前ならわかっているだろうが、絶対に貧民街には入るんじゃないぞ。アデルよ、ダグラスの言う事を聞くのだぞ。それと……これを持って行くが良い。ただし、自分の身に危険が及ぶとき以外は決して抜くでないぞ」


 ダグラスに指示を出しつつ、ダレンがアデルへと差し出したのは刃渡り三十センチほどの短剣であった。

 それを見てアデルは思わず、ゴクリと喉を鳴らして生唾を飲み込んでしまう。 

 有無を言わさずに手渡された短剣。生まれて初めて持つ本物の武器の冷たさと重さに、アデルの全身に未だかつて味わったことのない緊張がはしる。


「それほどまでに治安が悪いのですか?」


「念の為だ。あと他の貴族とは、くれぐれも事を構えないようにな。道で鉢合わせしたら、変な気を起こさずに素直に道を譲ってしまえ。たとえそれが格下であろうともだ。格下であっても、大貴族の血縁であったりするとタチが悪いのでな……」


「わかりました、後はダグラスの指示に従います。父上の方も、お気を付け下さい」


 ダレンは頷くと二十名ほどを引き連れて倉庫を後にした。


「さて若様、早速我らも行きますか?」


 ダグラスは手慣れた手つきで身に纏っていた革鎧を脱ぎ、腰に長剣一本履いた身軽な姿に早変わりする。

 そして引き連れて来た者たちの中から手練れを三人選び、アデルの護衛につかせた。


「他の者は交代で、献上品の見張りをせよ。いいか、気を抜くなよ。王都は今、すこぶる治安が悪いそうだからな」


「そうですね、年々王都の治安は悪くなっています。ウチからも護衛兼案内を一人付けましょう」


 エリオットも甥の身を案じて店の者の中でも手練れを一人、護衛としてつけた。

 それほどまでかと、アデルは少しだけだが恐怖を感じずにはいられない。


「あ、そうだ! ブルーノも連れて行くとしよう。誰か、ブルーノにも武器を……」


「若! この者は奴隷ですぞ! 武器はいけませぬ」


 これには流石にダグラスが異を唱える。奴隷に武器を渡すのは危険であると。


「構わない、僕が許す。元々、彼は僕の護衛として連れて来たのだからな。ブルーノ、剣を持って着いて来い。いざという時には、叔父上仕込みの剣術をもって僕を守ってくれ」


 七歳の子供の両の目に、奴隷という立場であるにもかかわらず、自分への強い信頼を感じたブルーノは、感極まってその場で跪き忠義を誓う。


「はっ、このブルーノ、この身に代えても若様をお守り致します」


「うん、頼りにしてるよ」


 ダグラスは渋々ながらもブルーノに剣を渡す。その剣を受け取り腰紐に差したブルーノは、小さな主の信頼に応えるべくアデルの背後に付き従うのであった。


 

 

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