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豆に含まれた意味


 ネヴィル領の長い崖道を越えた先に建てられている関所、それはネヴィル領と西候との領境を意味するものである。

 関所では普通、御禁制の品を運んでいないか、また指名手配されている犯罪者がいないかを確認し、通る時に幾ばくかの金銭を取るものだが、貴族が通るとなるとこれはまた違って来る。

 特に今回は、国王陛下への献上品という名目であるため、これに関税を掛けたりすることが出来ない。

 もしそのようなことをすれば、責任者の首が飛ぶだけでは済まず、その場に居る全員の命が無くなるのは明白である。

 

「……一応、御役目にてお尋ねしますが、積荷の種類は一体何でありましょうか?」


 関税の一部は関所に詰める者たちの懐に入るものだが、今回はそれが無い。ゆえに関所に詰める者たちのやる気の無さが傍目からも見て取れる。

 関所の責任者からそう問われたダレンは、積荷は全て豆だと伝えた。


「ま、豆で御座いますか?」


 ご献上の品と聞いていたのにもかかわらず、ダレンの口から出たのは至って普通の品である豆であると聞いて、責任者は少しばかり狼狽えてしまう。


「そうだ、豆だ。荷を改めるのは構わぬが、ご献上の品であるから傷一つ付けぬよう願いたい」


「しょ、承知致しました。それとこれも一応の事ではありますが、面改めを行っても宜しゅう御座いますか?」


「構わぬ。だが、随行する者たちは全て我が家中の者たちだぞ」


「はっ、失礼いたしました! どうぞ、お通り下さい」


 御役目ご苦労と言い残して、献上品を積んだ馬車が関所を通り抜けて行く。

 それを尻目に、兵たちは小声で囁き合う。


「おい、聞いたか? あれ全部豆だってよ」


「ああ、しっかしよ……ご献上の品ってのは、こうもっと……価値のあるというか、そういった物じゃないのか?」


「仕方あるめぇよ。なんて言ったって、あの田舎者のネヴィル家だぜ? あそこは辺境中の辺境、豆でも高級品なんじゃねぇのか」


「ぷっ、豆なんて下手すりゃ家畜の餌だぜ? 国王陛下がそんな豆なんか貰って喜ぶかねぇ?」


「喜ぶわけねぇ……だからよ……下手すりゃ、お怒りを買って首が飛ぶかもな」


 兵の一人が首筋に人差し指を当てて、横に引く。

 それを見て他の兵も意地の悪い含み笑いを浮かべるのであった。

 そんな兵たちの軽侮、憐憫の視線をダレンはその身にひしひしと感じ、怒りでこめかみに青筋を立てる。

 幾ら田舎の弱小貴族とはいえ、貴族は貴族。貴族とは何よりも面子を重んじるものである。

 そんな父を見て、アデルは放っておきましょうとあっけらかんと笑って見せる。


「父上、お怒りを鎮めて下さい。多分これが終われば、父上の名声は鰻登りになるでしょうから……今は我慢の時です」


「ん? 名声が鰻登り? それは一体、どういうことか?」


 息子の言う事が理解出来ないのか、ダレンは怪訝な表情をして聞き返した。


「このアンモライトですよ。これは確実に陛下の気を引きます。この珍宝を無事陛下の元へお届けするために、敢えて価値の無い豆を大量に運び、道中に賊に襲われないようにと欺いたのだと、向こうに着いたらロスキア商会を使って噂を流します。この噂が広まれば、人々は父上を智将名将であると褒めそやすでしょう」


「お、お前……まさか、それを見越してこの豆を……」


 まぁ、他にも色々と考えはありますが……とアデルはニヤリと笑う。

 その全てを聞かせよと、ダレンが凄む。そんな父の鋭い視線に、アデルはたじたじになりながらも、自分とカインとトーヤの三人で考えたことを、ここで包み隠さず話すことにした。


「えーと、先ずは出発前にお話しした通り、当家が貧乏であることのアピール。そして豆しか納められないようなその貧乏な当家が、唯一持つお宝を献上するという、インパクトを与える為の出汁ダシとしての豆です。二つ目は今話したことですが、これにはもう一つの側面があります。価値の無い豆とはいえご献上品。それを賊がいつも以上のリスクを冒してまで奪いに来るでしょうか?」


 確かにそこまでして、価値の低い豆を奪うのは、馬鹿げていると言えるだろう。

 それに献上品を奪ったとなれば、国の面子としては絶対に見逃がすことは出来ない。


「襲ってくる可能性があるのは、食に困って棄民となり賊徒と化した者たちくらい。だけど、それらも通過する土地の領主によって排除されるはずです。なんたって当家はご献上品を積んでいるんですからね。例え豆でもそれを奪われれば、当家だけでなくその土地の領主も罰せられる事間違いなし。そう言った意味でも道中の安全は確保されているようなものです。油断はできませんがね」


 息子の言にダレンは唸る。そして馬車に同乗している古参の臣であるダグラスも、目を白黒させていた。

 そして最後に、とアデルは前置きしてから話し出す。


「おそらくですが、この豆は多分突っ返されると思います。価値の低い豆ごときをご献上の品と受け取れば、王家の沽券に係わるとか何とか言うんじゃないですか? そこで当家は、この豆を仕方が無いので王都で売ろうと思います。今王都では、棄民たちが流れ込み食料の値が暴騰しているそうですよ。ロスコお爺様からそのような話を、父上も聞いたことがあるのでは? ですから豆を高値で売って、その金で鉄鉱石でも買って帰りたいと思っているのです」


 ダレンは唖然とする。たかが豆を運ぶことの裏に、まさかこのような意味が秘められていようとは、思いもよらぬことであったのだ。

 また古参の臣であるダグラスは、初めて直にアデルの智に触れて恐怖した。

 アデルはまだ七つである。それがこのまま成長したら、どのような化け物になってしまうのだろうかと……


「ああ、後一つ……もし、陛下がアンモライトを気に入って、いや俗物的な陛下ならば見た事の無い新しい宝石には飛びつくはず。そこで父上は、陛下のご機嫌を伺いつつ当家の窮状を訴え、今秋から男爵位相当の納税を三年免除して貰うよう頼んで下さい。その際にも最初は五年と言ってから、せめて三年と言ってくださいね」


 これはアデルの前世である高瀬賢一の知恵であった。自営業で自ら営業を行っていた高瀬賢一が使っていた手で、最初に多めに納期を提示してから、ある程度一気に納期を下げると、客はお得感を感じてその後の交渉がスムーズ進むというものであった。

 これにはダレンも絶句するしかない。アデルは王国が講じた、時期を見計らって徴税前にワザと陞爵しょうしゃくさせ、一気に税を毟り取らんとする策をも破る積りなのだ。

 そしてこれは、アデルの言うように俗物的で気分屋である国王であれば、成算は極めて高いと思わざるを得ない。


「ふぅ……まったくお前らと来たら……しかし、その策見事であると言う他は無いな。お前が講じた策、何としても成功させようぞ」


 こうしてアデルたちは、価値の無い豆を運ぶことで、王都まで安全に進むことが出来たのである。

 途中、西候の元へ寄り挨拶に伺ったが、男爵へと陞爵したとはいえ侯爵までは天と地ほどの位階の開きがあるため、殆ど門前払い同然の扱いで追い払われてしまう。

 これには自分の西方への進出を拒むように立ち塞がる、ネヴィル家への苛立ちが多分に含まれているのが窺い知れる。

 これだから小物はと、憤りつつ西候の器量の無さを嘲笑うダレン。

 その西候に対するアデルの言はこうである。 


「まぁ、今はほっときましょう。奴とはいずれ、確実に剣を交えることになるでしょうし。その時にいくらでも吠え面をかかせてやりますから……」


 位階がいくら上であったとしても、そこには敬意の一欠けらすら感じない、そんな息子の言葉にダレンの背筋は凍りつくと共に、確実に自分の血が流れていることを、誇らしくも思うのであった。

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