アンモライト
アンモライトの発する虹色の輝きに、目を奪われた大人たちが我に返ったのは、このアデルの一言であった。
「これを献上しましょう」
「な、なに? いや、これは確かに美しく見事な物ではあるが……これを幾つ納めればよいのか……」
「何個もなんてそんな勿体無い。これ一個で十分ですよ。これはウチの外交の切り札、そうそう安売りして堪るもんですか」
「いやぁ、でもこれ一個って……この、あ、あー、なんだっけ?」
ギルバートはアンモライトの名を聞いたばかりであるが、美しさに釘付けとなっていたためであろうか、その名を失念していい淀む。
「アンモライトですよ、叔父上」
すかさずカインが助け舟を出す。
「ああ、そうだったそうだった。で、アンモライトって価値はどれくらいなんだ?」
「率直に言って、わかりません」
そう言ったアデルの自信ありげな笑みを見て、大人たちは思わず、はぁ? と首を傾げてしまう。
「おいおい、ちょっと待てよ。価値がわからなきゃ、どうしようもないだろう? ロスコ殿にでも見せて、その価値を計って貰った方が……」
「爺ちゃんにはもう見せたぜ。でも、こんなもの見たことないから、正直如何ほどの値が付くのかわからんって言ってた」
「それじゃ、お手上げじゃないか!」
「えっ? 何でです? 宝石であることは間違いないのです。その価値が定まっていないのならば、こちらで自由に値段を決められるってことではありませんか」
シッシッシと三兄弟の人を食ったような笑い声が、書斎に木霊する。
「う~む、値段のことは兎も角として、一つ問題があろう? これを納めるに当たって、その出所を探られよう。我が領内から産出したものだと知れたら、王の欲に火が点いて要らぬ災いを招くやも知れぬぞ」
お爺様の言はもっともですと、頷きながらもアデルたちは笑顔を浮かべたままである。
「ですから産地偽装をします。そのアンモライトの裏を見てください」
ダレンは手渡されたアンモライトを引っくり返して裏側を見た。そしてその裏側に、浅蜊のような二枚貝の化石を発見する。
「その裏にある化石は、二枚貝の化石なんです。こういうのはどうでしょう? お爺様が王都に居た頃、二枚貝の柄が入った石を面白半分に買ってみたところ、取り扱いの不注意から落としてしまい石が割れてしまった。そしたら何と! 中から虹色に輝く宝石が現れたと。石に貝殻の柄が刻まれていることを考えるに、きっと海沿いにこの石があるに違いないのでは? とでも言えば、欲に駆られた者たちが必死になって海沿いを探すのではないでしょうか? 我が領内に海なんかありませんから、領内からの産出を疑われる心配も無いでしょう」
「そうそう、それにアンモライトの価値が決まってないなら、適当にこれ一つで城が立つかもと昔、商人に見せた時に言われたことがあるとでも伝えれば、それが価値基準になるでしょうよ」
「商人一筋うん十年のロスコ爺ちゃんが、今まで見たことが無いってことは流通なんぞほぼ皆無でしょうから、希少価値だけでべらぼうな値がつきますよ」
三兄弟の言葉には、それなりの説得力がある。思わずそれに頷きそうになって、ダレンは慌てて首を振った。
「いやいや、懸念するところはそれだけではないぞ。もし、王が我らが二つ目を持っていると邪推してきたならばどうする? そのありもしない二個目を欲して、当家に無理難題を押し付けて来るかも知れぬぞ」
「いやぁ、二個目どころかもう四つほど見つけてるんですけどね。まぁ、それは置いといて……そうですね、父上が王都に行かれるんでしょう? でしたら父上に一芝居打って貰いましょうかね。これは当家に何かあったときに使うよう言われていた品で、当家どころか辺りを見回しても二つとない品。かかる御厚情に報いるためには、もはや当家唯一の宝を献上する以外にないと思いついた次第とかなんとか言って、上手く誤魔化してください」
アデルが途中から父であるダレンの声色を真似すると、ダレンはムッと口をへの字に曲げたが、叔父のギルバートは似てる、似てると手を叩いて笑った。
それにしてもその内容のなんたることか……七つの子供が、父親に王都に行って国王を手玉に取ってこいと言っているのである。
はっきりいって滅茶苦茶ではあるが、その滅茶苦茶さ加減ゆえに、それを見破られることはないように思われた。
「二個目の心配も大丈夫だと思いますよ? だってウチは今はそうでもないけど、今まですっと貧乏だったでしょ? そんな価値ある宝石を何個も持っていたならば、とっくの昔に売り払って楽してますよって言えば納得するでしょう」
貧乏自慢をしているようで、いささか気が引けるが周知の事実でもあるため、この一言で疑いは晴れるだろう。
「わかった。お前の言う通りにしよう」
「ありがとうございます! それと一つお願いが……」
ーーー
その夜、ネヴィル家では王都より遠路はるばる来た使者をもてなすための、ささやかな宴が催された。
その宴に、三人は無理を言って出席させて貰う。
使者は女っ気の全くない宴に、最初は臍を曲げていたが注がれたワインの味わいと、王都に憧れている子供を演じるアデルらのおべっかに乗せられ、ついつい杯を重ねてしまい口が滑らかになる。
「どうです? ウチのワインの味は? 僕たちは飲んだ事は無いけれど、お客さんには好評らしいのですが……」
「うむ、悪くないぞ。何も無い田舎ではあるが、ワインだけは上等であるな」
こいつに田舎と言われると無性に腹が立つなと、アデルらは腹の内に憤りを感じるが、表面上は無邪気な七つの子供を演じ続ける。
「葡萄の実はそこそこでも、ウチは水が良いらしいのです。王都へのお土産に一杯持って帰って下さい」
「ふむ、まだ子供であるのに殊勝な心掛けである。儂はこれでも王都では、少しばかりは顔が利くでの。もし王都を訪れるようなことがあれば、訪ねて来るが良い。事と次第によっては、口を利いてやらんこともないぞ」
「その時は、是非良しなに……」
誰が手前なんぞ小役人如きの口利きに期待するものか、どうせ高額な賄賂を寄越せとでも言うつもりだろうと、喉まで出かかった言葉を飲み込みつつ、アデルたちは笑顔を絶やさない。
ダレンもにこやかな顔で、使者のグラスが少しでも空けば、そこになみなみとワインを注いでいく。
ほろ酔い気分で上機嫌になった使者に、アデルたちは無邪気な子供を演じつつ、王都に関する質問を浴びせた。
国王以外で今一番凄い人は誰? とか、近いうちに戦はあるのか? だの、間に子供らしく王都で今流行りの遊びは何か? などを交えて、少しでも情報を聞き出そうと試みる。
だが所詮は小役人。勢いのある人物の名前まではわかるものの、それ以上の情報などは得られなかった。
期待外れに終わった情報収集は、使者が酔い潰れたことで終わる。
翌日、使者に約束通りワインやオリーブ油や石鹸、豆類などをお土産として持たせて、領境まで当主であるダレンが見送った。
女を宛がわれなかったことについては、大いに不満ではあったが、無駄に沢山手渡された数々のお土産のせいか、使者の機嫌はそれほど悪くはならなかったのが救いであった。
あの使者は王都に帰り、こう報告するだろう。ネヴィル領は噂通りの辺境であり、ワインぐらいしか誇るものがないと。
それでいいのだと、三兄弟はほくそ笑む。この使者に対する、しょっぱい仕打ちすらもが国王を欺くための材料の一つになるはずであると。
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