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領民総精鋭化計画


 次代様ことアデルが最初の家臣を得てから数日後、 どこから話を聞きつけたのか、今度は各村の顔役たちが押しかけて来た。

 話の内容は従者たちと同じく、奴隷の教育についてである。


「次代様はまだお若いのでお分かりにはならないのでしょうが、奴隷というのはですなぁ」


 アデルは手を、サッと上げて最後まで語らせない。

 これはあまりいいやり方では無いのだが、どうせ語らせたところで内容は以前に従者たちが言ったことと、大して変りが無いだろう。

 ちょっと強引だったかなと思って後ろを振り返ると、祖父が鋭い眼光でアデルをきつく睨んでいるのが目に入った。

 やり方が拙いと言いたいのだろう。アデルは首を竦め背筋を震わせながら、再び顔役たちに向き直ると自らの口で説明を始めた。


「言いたいことはわかっています。今、奴隷たちに教育を施しているのは、言い方が悪いかも知れませんがあれは実験なのです」


「実験?」


「そう……実験です。貴族以外の子供たちに教育を施すにはどうしたらよいか? またより効率的な教育の在り方や、教育する側の教育に対するノウハウの蓄積などを目的とした実験です」


 それだけを聞いても顔役たちは、さっぱりである。


「ですからそれが何の役に立つというのでしょうか? 奴隷たちが要らぬ知恵を付ければ扱い難くなるだけではありませんか」


 そうだ、そうだと顔役たちの声が幾重にも重なった。


「ひとつ皆さんにお尋ねしますが、この領内の外に出たことのある方はおられますか? もしいらっしゃれば手を上げて頂きたい」


 集まった十数人の顔役たちの中から、一人二人、三人とポツリポツリと手が上がる。

 外の世界を知るのはたったこれだけしかいないのかと、アデルは内心で驚きつつも納得する。

 領内に住む者で外へ出たことのある人間は、そう多くは無い。ここは辺境中の辺境であり、陸の孤島。

 多くの者たちは外の世界を知らずに生き、死んでいく。


「お爺様は王都に住んでいたのでおわかりでしょうが、王都と我が領都であるラウリアの街と比べて人口の差はいかほどでしょうか?」


 話を振られた祖父は、こめかみを人差し指で軽く叩いて数十年前の記憶を掘り起こす。


「儂がまだ王都に居た頃だと、王都とその近辺には十万人以上は住んでおったじゃろうな」


 王都だけで十万人と聞いた顔役たちは、皆ギョッとした顔をして驚く。

 総人口五千ちょいのネヴィル領など、比べものにもなりはしない。


「対する我らがラウリアの人口は、多く見積もっても二千数百人……まったく比べものになりませんね。桟道を抜けた先にある街でさえ、ラウリアより大きく人も多いと聞きます。この人口の差は、武力、生産力ともに絶対に越える事の出来ない差が生じます。このままでは、戦いでも商売でも彼らの後塵を拝し続けることになるでしょう。だが、それでいいのでしょうか? 我が領内には人口も少なく、大した産業も無く、決して裕福であるとは言えない状況です。このまま子々孫々、ずっと貧乏のままで良いのでしょうか?」


 誰だって貧乏暮しなど御免である。妻や子、孫たちに少しぐらいは贅沢をさせてやりたいと思った事はあるだろう。


「その貧乏から脱するため教育なのです。人が足りない? ならば知恵を巡らせて、効率的に働けばよいでしょう。例えば今までは、それぞれの家で口伝で教えていたものを、教わる者たちを一つ所に集めてまとめて教えてしまえば、それぞれの家庭での負担は減ります。また、産業が無いなら新たに興せばいいのです。文字が読めれば、本などの書物から新たな知識を得ることが出来ます。また文字が書ければ、体得した経験や知識を書に記して、後々の世代へと伝える事も出来るでしょう。算術が出来れば、今までのようにいちいち一つずつ数えずとも、誰もが簡単に物の数を計ることが出来て、時間の短縮が図れるでしょう。建築物の図面を描くにも算術は必須です。つまり、絶対的な人口差を少しでも補うためには、この領内の人間一人一人を優秀な人間として育てるしかないのです。あなた方大人たちが、今まで必死に努力してくれたおかげで、食に困る事は無くなりました。ならば私たち次の世代は、あなた方が築いたものを足掛かりとして、新たな一歩を踏み出して行かねばなりません。私たちの子孫たちが笑って過ごせる……そんな日を作るための一歩が、この教育というものなのです。この実験でのノウハウが溜まったのならば、奴隷たちだけでなく、領内の子供全員に教育を施していきたいと思っています」


 アデルは僅か七つの子供ではあるが、コンクリートや豆腐料理、石灰による古い畑の再生など、領内に大小さまざまな恩恵をもたらしている。特に豆腐料理は直ぐに広まり、各家庭の食卓を賑やかせている。

 その異常な聡明さから、神童だの神の子だのと呼ぶ者も多く、次期当主であるアデルに領民たちは大いに期待していた。

 そんなアデルが、先々の事を考えてのことだと言うのだ。その思惑が完全に理解出来ないとはいえ、自分たちの子や孫のためになるのならばと、この政策を渋々ながらも受け入れることにした。


「お爺様からも、皆さんにお話があるそうです」


 アデルから引き継いだジェラルドは、近いうちに王国が税が上げるであろうことを報告する。

 それを聞いた顔役たちの顔に、険のある朱が差した。当然である。今でも高すぎる程の税を納めているのだ。

 ジェラルドは口角の端に泡を溜めていきり立つ顔役たちを、宥めて抑える。


「まぁ落ち着け……これ以上税を上げられて、その税を払えぬのは何も我らだけではない。この先、王国内の多くの者が土地を棄てて棄民となるだろう。また、悪政に耐えかねての反乱が起きるかもしれぬ。そうなれば増税どころでは無くなるかもしれない。だが、棄民たちが暴徒と化して、この食料豊かなネヴィルの地を目指してくるのは間違いない。そのためにも、急ぎあの壁を完成させねばならぬ。皆の一層の努力と協力を願いたい」


「奴隷たちは子供なので重労働は出来ませんが、草むしりや水やりなどをさせて、少しでも皆の負担を軽くするようにする積りですので、余った人手は全て壁の建設の方へと回すようにお願いします」


 顔役たちは苦い顔をしながらも頷く。実はこの話は、すでにロスキア商会の者たちがそれとなく領民たちの間に、広めていたのである。もっとも、その話を広めるようと命じたのは他ならぬアデルたちであったのだが……

 ロスキア商会の者たちが語る中央の情勢は、日に日に悪化の一途を辿っているという。

 だが中央から離れた自分らには、関係が無いのではないかと高を括っていたのであった。

 だが今、先代の領主であるジェラルドの口から、ロスキア商会の者たちが言っていた話と全く同じ事を聞いてしまっては、危機感を募らせずにはいられない。

 自分たちに直接害があるとなれば、例えどんなに苦しかろうと壁の建設に尽力するしかないのである。


 

ーーー

 

 

 顔役たちが下がった後、アデルとジェラルドは互いの顔を見てほくそ笑む。


「上手く行きましたね。彼らの頭の中はもう、最初に詰め寄って来た奴隷の教育の話なんてどこかへ吹き飛んでしまっているでしょうね」


 アデルが、クックッと笑うと、ジェラルドは半ば呆れたような表情で孫を嗜める。


「まったく、お前たちの悪知恵には困ったものじゃて……」


 そう言われてアデルは、お爺様だってノリノリだったじゃないですかと、頬を軽く膨らませる。

 アデルもジェラルドも、紛う事無き貴族である。武門の家柄とはいえ、あの程度の腹芸などお手の物。

 最初に穏やかに話を進めておき、後からそれを吹き飛ばすインパクトのある話題を振って、前の話を忘れさせるというあくどいやり方である。

 奴隷たちで実験をしているのだというのは、半分は嘘。アデルたちの真の目的は、領民たちに危機感を抱かせることである。

 先ずは奴隷たちを教育し、有為の人材に育て上げ彼らを優遇する。それに対して領民たちは反発するだろう。

 そこで、領民たちにも教育を受け役立つ人材となれば優遇するぞと、発破をかけるのである。

 得てして多くの人間は、危機が訪れない限りは、自発的には行動しないものである。

 危機感を散々に煽ってやって、やっと動き出すのである。

 そうすれば領民たちは奴隷どもに負けるかと、必死になって勉学に励むことだろう。

 こうして領民たちの能力の底上げを図るという考えであった。

 限られた人口で、大国である王国に立ち向かうには少数精鋭以外の道は無い。

 

「どうせ頭ごなしにやれと言っても、人間は動きませんからね」


 そう言ってアデルは嘯いたのであった。

 

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