二狼、象を所望す
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更新遅くなり申し訳ございません。
仕事、大分落ち着きました。これからは元通り、最低でも週一の更新が出来そうです。
突然の出来事にアレクは戸惑いを隠せなかった。
驚いたのはアレクだけではない、付き従うガンドルとグレイザーらも同様であった。
そしてこの場にいる誰よりも驚いていたのは、ネヴィル王国大将軍たるギルバートであった。
「よう、半月ぶりくらいか? なっ、カイン、本人だろ?」
「ああ、俺だって本人が来るって思ってたさ」
アデルとカインはブルーノら数名を引き連れていただけで、アレクをまるで友人かの如く気軽な感じで出迎えたのだった。
何か言いたそうな顔をしているギルバートを見て、アデルたちは一瞬ばつの悪そうな顔をしたがすぐに元の気さくな笑みを浮かべてアレクに向き直った。
慌てて跪こうとするアレクを制して、立ち話もなんだからとアデルたちは自身が出てきた天幕へと誘う。
そこでアレクたちは、アデルたちが何ら気にすることなく無防備な背中を見せたことに、声にならない驚きを受けた。
天幕内に入り、再びアデルの前で跪こうとするアレクたちであったが、またしてもアデル自らに制され、促されるがままに席へと座った。
アレクの対面にはアデル、アレクの左にガンドルが座りその向かいにはカインが座る。
そしてアレクの右隣にはグレイザーが座り、向かいには案内をしてきたギルバートが座った。
他に付き従ってきた者は背後に立ち、彼らを囲むようにネヴィル王国の諸将らが立った。
「急な来訪、無礼千万なれどどうかお許し願いたく、そしてこのように会談の場を設けていただいたことに深く感謝致しまする」
アレク以下、アルタイユ勢が深々と頭を下げた。
それにたいしてアデルは、うむ、と頷くとすぐにアレクに声を掛けた。
「まず話し合う前に一つ確認しておきたいことがある。貴殿が、神聖ゴルド王国の使者として参ったのかどうかだ…………」
この問いかけにアレク以外の者たちの身が揺れた。
アレクは真っすぐにアデルを見たまま、はっきりとした口調で問いかけに答えた。
「いえ、違います陛下。わたくしは、いえ、我々は神聖ゴルド王国の使者として来たのでは御座いません。アルタイユの……いや…………」
アレクは頭を振って一瞬言いよどむが次には、はきとした声で来訪の目的を述べた。
「わたくし、アレク・アルタイ個人が陛下にお願いが御座いまして参った次第であります」
「ほぅ、願いか……余の力で叶えることが出来る願いであればよいが…………」
アデルは笑みを崩さない。
「その願いとやらを聞こう。申せ」
「はっ、ではお言葉に甘えまして……実は…………」
アレクは流暢にカルディナ半島の標準語であるゴルド語で、自身の生い立ちから今現在の境遇について述べた。
そして自身が率いるアルタイユ軍の大半が、国内で反乱を起こした諸部族の者で構成されていること、神聖ゴルド王国への援軍とは名目的なもので、その実はアレクを含めた厄介者払いであること、神聖ゴルド王国のガドモア王国討伐が最早、機を逸して不可能であること、そしてガドモア王国の討伐に失敗した自分たちは、たとえ生きて故郷の土を踏もうとも、その責を負って罰せられ、死を与えられるであろうことなどを、客観的な視点を交えつつ述べた。
「このまま神聖ゴルド王国に付き従ったとしても、使い潰されて死ぬのみ。そのような死に方は、わたくしのみならず付き従う者たちにとっても無念極まりなく、無い知恵を絞った結果、陛下の御助力をと愚考した次第であります」
再び頭を下げるアレクたちを見つつ、アデルは左右のカインとギルバートを見た。
ここでギルバートが軽く咳ばらいをし、アレクに降伏の意思を聞いた。
それに対してアレクは、降伏の是非については語らず、
「出来ますれば、わたくしに十万、いえ、五万の兵を御貸し願いたい。その兵を以て北海を今一度渡って、アルタイユ本国に討ち入り、王と王太子を討ち、遺恨を晴らすとともに彼の地を治めたく思っております」
と自身の要求を述べた。
「何と!」
「我らが兵を借りて謀反すると申すか!」
これには豪胆なネヴィルの諸将らも目を剥いて驚く。
さらにはたとえ自身の命が危険にさらされていようとも、謀反すると聞いては眦を険しくし、眉間に皺を寄せざるを得ない。
アデルとカインも驚いたが、その内容は諸将らとは全くの別で、二人はほぼ身一つで敵地に乗り込み、自身の要求を通さんとするアレクのその姿に、かつてのアデルの姿を重ねていたのだった。
「ふむ、降伏はしないが兵を貸せと? 率直に聞こう。見返りは何だ?」
アデルはそう聞きながらも、もう決めていた。
横目にカインを見ると、カインも頷いていた。
「陛下の覇業のお手伝いを致しとうございます。ネヴィル王国がこのカルディナ半島の覇者となった暁には、どうかわたくしめに五万の兵を御貸しくださいませ」
「あははは、俺を覇者にしてくれると? つまりは客将として手を貸す代わりに、兵を貸せということだな?」
「はっ、陛下にこそ敗れはしましたが、我らはガドモア王国に対しては一度たりとも遅れを取っては御座いませぬ。必ずやお役に立ちますゆえ、何卒、御一考くださいますよう」
「いやさ、先の戦いならば貴公は負けてはおるまい。特に個人的には未熟者とはいえ、我ら三人掛かりでも太刀打ちできないほどの強さであったし、何よりも突然の濃霧のせいで象も満足に使えなかった。もしも晴れており、互いに正面からぶつかったのならば、貴公が勝ったに違いない。あの戦いで敗れたのは、ゴルドのザーム王ただ一人だと思うぞ。まぁ、何にせよ貴公の要求はわかった。結論から先に言おう。貴公の要求を全面的に飲もう」
「陛下! ここは急がずにじっくりと御勘考なされるべきかと!」
ギルバートが慌てて、改めて御一考下さいませと言うも、アデルは首を横に振った。
「兵を貸すと言っても先のことだ。五年、いや十年かかるやもしれんが、それでも良いのだな?」
「はっ、元よりすぐにお借りできるとは思うておりませぬ。必ずやご期待にかなう働きをお見せいたしまするゆえ…………」
「期待しておこう。それで今日この日より、貴公らは我が客人となるとして、まず何よりも最初に貴公らが占拠している城についてだが…………」
「もちろん今すぐにでもお返し致しまする」
「いや、返さなくていい」
「はぁ?」
「いや、暫くの間はな。貴公が、聖ゴルド王国にまだ与しているとザームに思わせておきたいのだ。その間に工夫を送って、あの城を難攻不落の城塞に変えてしまおうと思ってる。あと、これは私事なのだが、象をだな…………その、数頭貸して頂けないだろうか?」
アデルは、最後は少し気恥しそうにはにかみながら、アレクに頼み込んだ。
元よりアレクに拒否権があろうはずもない。何に使うのか見当もつかないが、ここは二つ返事で象を差し出す他はない。
「いやさ、その…………来年には余はけ、結婚するのだが、そのお披露目のパレードに象を用いてみようかと思って…………」
「あっ、それいいな! 俺にも貸してくれ! 俺も今年中には結婚式を挙げるんで。いや、これは名案だな。きっとあいつ喜ぶぞ!」
名案だとばかりに、アデルの案にカインも飛び乗った。
婚約者であるサリーマは、剣弓姫などと呼ばれるほどのお転婆娘。象を見ても怖がるどころか興味津々に違いないと、カインが言うと、幼いころからの彼女をよく知るアデルも同意する。
「なるほど、そういうことならば喜んで」
どこか恥ずかし気に、それでいて象に乗れる興奮を隠しきれない二人を見て、アレクの顔にも笑みが灯る。
アルタイユの王侯貴族の結婚式では、象を用いたパレードが行われることもしばしば。
だが、長いカルディナ半島の歴史の中で、結婚式に象を用いた者は皆無である。
もしこのままアデルが結婚式に象を用いたとすれば、半島で最初に行った人物として歴史に名が残るだろう。




