獅子の来訪
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霧の戦いより二週間が経った。秋はますます深まり、冬の足音が迫りつつ中、アデルは未だ霧ヶ原の陣に留まっていた。
右足の傷口は塞がりはしたものの、シクラム城に籠るアルタイユ軍を牽制する意味でも霧ヶ原から動けずにいた。
さすがのアデルも、強引に攻めるべきか退くべきか迷いに迷っていた。
また、寵臣であるゲンツの怪我を知ったアデルは、自分の戦略の甘さと短気のせいで怪我をさせてしまったと、嘆いた。
確かに神聖ゴルド王国の使者が来た時の対応は、結果的に見ればお粗末であったとも言えなくはない。
これが人生の酸いも甘いも知りし老練の王ならば、別の手を用いたかもしれない。
しかしながら、この件に関してアデルを非難する声は上がらなかった。
諸侯は若年の王に的確な助言が出来なかったことを深く恥じていたのである。
そして諸侯らも、乱世とはいえネヴィル王国がいささか武に傾きすぎていることに、今更ではあるが危惧するようになる。
それ以降、ネヴィルの諸侯は老いも若きも書を紐解き、自身の見識を高めるとともに教育にも力を注ぐようになる。
後世の歴史家の中には、この時の失敗こそが諸侯の敬愛を一層深くしたと言う者もいる。
つまりは完璧な人間は頼りにはなるが近寄りがたく、一般的に見て理解しにくい存在で敬遠されがちだが、どこかに欠点の一つでもある方が、親しみやすく愛されるというものであり、この点アデルは天才ではあるが結構短気で、精神的にもまだまだ青二才であるといったところが臣民に愛されるところとなったのであった。
また、ゲンツの件について嘘をつかれていたことには、
「余の身を案じたがための、優しい嘘であるからにして、今回限りは不問とする。しかしながら今は国難の時であるため、以降は余には事実を伝えるべし」
と、嘘をついた者を罰しなかった。
また、怪我の治療のために後送されたゲンツには、
「怪我が癒えるまで出仕するべからず。十分に体を休めた後に、元の地位に就き、職責を果たされたし」
と使者を送り、怪我が癒えるまで休暇を与えた。
これにはゲンツも言葉なく、使者に対して地に頭を打ち付けんばかりに頭を下げたという。
「しかしまぁ、動けんなぁ……」
三兄弟の知恵を以てしても、今すぐアルタイユ軍をどうこうすることが出来ず、しばらくは歯がゆい日々を送ることとなった。
ーーー
一方でシクラム城に留まれと命じられたアレクは、ザーム王に対してしきりに軍を養う兵糧の支援を求め続けていた。
だが、支援を求められたザームも押し返され、元の国境付近で繰り返されるガドモア王国との小競り合いに忙しい。
万が一にもここで大きく負けようものならば、付き従う諸侯の心も離れ、神聖ゴルド王国は瞬く間に滅亡の危機に瀕するだろう。
そのため、アレクからの度重なる要請は、その都度あしらわれ、ついには使者にも会わないようになった。
「いい加減にせよ! こちらとてガドモア王国との戦いで余裕はないのだ。アレク殿を総司令官として、アルタイユ軍を西部方面軍とし、その全権を預けるゆえ、兵糧に関しては現地調達なり何なりしてよいと伝えよ!」
戻ってきた使者よりこの言葉を聞いたアレクは、
「ザーム王に王たる資格なし。王というものは民を餓えさせず、軍を起こせば兵を餓えさせぬもの。それが王としての最低条件である。しかしながら、この体たらく……最早従うことは出来ぬ!」
と、怒りをあらわにしてザームを詰った。
とは言っても、明日の食事にすらこと困る有様。
兵たちは、雑草や木の根などを煮て、何とか飢えを凌いでいた。
「これでは、戦う以前に満足に動くことも出来ませぬな…………」
副将が一人、グレイザーの言葉に耳にしながら、アレクは窓越しにやせ細りあばら骨が浮き出てき始めた象の姿を見た。
餓えているのは兵ばかりではない。象もそして馬も皆等しく餓えていたのだ。
特に機動力の要でもある馬が使えないのは、平地の多いこの地方ではあまりにも厳しい。
アレクは、大きくため息を一つ吐くと、もう一人の副将のガンドルを呼び、自身が思いついた策を伝えた。
「いや、それはあまりにも無謀な…………それならばいっその事…………」
「危険です! あまりにも危険すぎる策です! どうか、どうか他の手を、どうか、どうか…………」
顔じゅうから滲み出る汗を拭いもせず、ガンドル、グレイザーの両名は狼狽えた。
「他に手はない。戦おうにも餓えた兵では戦えぬ。最早一刻の猶予もないのだ。死ぬとしても動いてみるか、それともこのまま飢え死にするかであれば、自分は動いてから死ぬ方を選ぶまでだ」
そう言いのけたアレクの目は鬼気迫るものがあった。
その目を見た二人はもう何も言い返すことが出来ない。
「な、ならば我々が供をすることをお許しくださいませ……これだけは、これだけは譲れませぬぞ…………」
「某も同じく!」
ガンドルとグレイザーの目にもアレクの目を通して鬼気が宿った。
「ふっ、何を言っても無駄であろう。許す。二人とも供をせい!」
「はっ!」
「承知致しました!」
この瞬間、三人の心は吹っ切れた。鉛のように重かった体もきびきびと、足取りも軽やかに。
アレクは、兵糧を受け取る算段をしてくると部下に告げ、ガンドル、グレイザー他数名のみで城を出ると、わき目もふらずに一路、西を目指した。
最低限の休息で馬を飛ばした一行が、霧ヶ原に着いたのは城を出て二日後であった。
「ほう、我々を牽制し続けて未だ陣を払わぬとは、やりますなぁ」
「悪い気はせぬな。それだけ我らを恐れているということだ」
遠目から整然とした陣立てを見たガンドルとグレイザーが軽口を叩く中、アレクはただ黙ってゴマ粒のような大きさの、風にはためく王旗を見つめ続けていた。
アレクたちを見つけたのか、すぐにネヴィルの騎兵、五十騎ほどが陣から土埃を上げながら、駆け出してくるのが見える。
彼らは走りながら素早く隊形を整え、アレクたちに迫ってくる。
「ほぅ、素晴らしい。神聖ゴルド王国やガドモア王国の騎士たちとは、一味も二味も違う」
「……ウチだって負けてないはずですが、確かに練度は高いですな。む、あの先頭の騎士はいつぞやの…………」
ネヴィルの騎兵たちの先頭を駆けるのは、一連の戦いで武勇を発揮したマグダルであった。
彼はアレクたちを一人たりとも逃さんとて、瞬く間に包囲した。
この時の鮮やかな手並みに、グレイザーは思わず口笛を吹いてしまう。
「貴公らに問う。まず、何者であるか。そして何用にてここへ近づいたのか」
アレクと、マグダルの距離はおよそ二十メートル。
よく通る声で問いかけられたアレクは、敵意が無い証として下馬した。
それでもマグダルは一切の油断を見せない。
「我はアルタイユ王国第二王子アレク・アルタイ。貴軍との交渉を望む!」
年若いながらそこそこ長い軍歴を誇るアレクの声もまた、マグダルに負けず劣らずよく通った。
そのアレクの言葉を聞いたマグダル麾下の騎兵たちは、
「交渉だと? 今更何の交渉か!」
「交渉ではなく、降伏の間違いであろう!」
といきり立つ。
しかしマグダルの視線による無言の一喝により、不承不承ながらも口を閉ざした。
「ご要件、三伯が一人ダグラスが義息であるこのマグダル、確かに承った。しかしながら、某の手に余りうるものであるとして、陛下のご裁断を伺う次第。ご無礼は承知なれど、どうかそのままお待ちあれ」
そう言うと、マグダルはすぐに部下を自陣に走らせた。
だが、マグダルは下馬せずに、それどころか包囲隊形を解こうともしない。
そのことにガンドル、グレイザーの両名は無礼極まるとしてマグダルを睨むも、マグダルの視線はアレクただ一人に注がれていた。
やがて、一人の騎兵が陣から飛び出した。
白馬を駆り、矢のような速さで駆ける白ずくめの偉丈夫。
その人物が出てきたことに驚くマグダルたち。白馬の白騎士がマグダルたちの元へと到着すると、白騎士はマグダルたちを一瞥。
「使者に対して無礼であるぞ。それも他国とはいえ王族であろう。直ちに全員下馬せよ!」
雷鳴のような一喝。全員が全員、弾かれたように一斉に下馬して膝を折る。
白馬の騎士もまた、優雅に馬を降りて名乗り、部下の非礼を謝罪した。
「某はネヴィル王国大将軍、ギルヴァート・ネヴィル。部下の非礼、どうかお許し願いたい。陛下は貴殿との交渉に興味をお持ちで、今すぐにでも会いたいともうしておられますが、如何に?」
「すでに聞き及んでおろうが、名乗らせていただく。我はアルタイユ王国第二王子、アレク・アルタイ。非礼など詫びるに及ばず。突然来訪したこちらこそが咎められるべきなのだから。それにしても、ネヴィル王国にはよき騎士が揃っている」
「アレク殿の寛容に感謝を、これよりはそこもとがご案内つかまつる。どうぞ」
その場にいる全員が乗馬すると、ギルバートはマグダルたちに要人警護の隊形を取らせた。
「まずは……と、言ったところですな…………」
グレイザーの耳打ちに、アレクは軽く頷く。
こうしてアレクたちは、ギルバートらに囲まれながらネヴィル王国の陣中へと招かれたのであった。
更新遅れて申し訳ありません。
閑散期に入り始めている時期なのに、妙に仕事が忙しいなと思ったらハロウィーンでしたね。
生粋の日本人の私にはどうもなじみが無くて、スーパーやコンビニ等で飾り付けや、関連商品などを見ているにも関わらず、頭の中からすっぽりと抜け落ちてました。




