黒狼王の豪胆
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前線が崩れ始めていた頃、神聖ゴルド王国軍の後方すなわち国王直下の部隊三千も南北から現れたネヴィル王国軍の猛攻を受けていた。
南から仕掛けたのは潜伏していたベルトラン率いる千の兵。
彼らは霧が晴れ始めるとすぐに行動を開始した。
与えられた一千の兵力で、敵の主力と正面から戦っては不利と考えたベルトランは、弧を描くように敵の後方へと移動した。
そこで待機していたザーム王率いる三千の部隊を見つけると、餓えた猛犬のように襲い掛かった。
突然現れた敵にザームは狼狽えた。そして前線に送り出した部隊を呼び戻すために伝令を発したが、これは悪手となってしまった。
命令を受けたいくつかの部隊が後方へと転進するのを見た兵たちは、これを退却と勘違いしてしまったのだ。
彼らは慌てて後方へと転進する部隊を見て慌てふためき、敗北したと勘違いしてそれぞれ勝手に逃走を開始してしまったのだった。
そうした混乱の中、ネヴィル王国軍とエフト王国軍の混成部隊が北より現れ、崩れ始めていた神聖ゴルド王国軍にこの戦を決定付ける無慈悲な一撃を見舞った。
南北より挟撃を受け、さらに前線から呼び戻した兵らは戦意も無く散り散りに逃走を開始しているのを見たザームは、これ以上の戦闘を放棄して敗兵に紛れるようにして戦場を後にした。
彼が国境を越えた時に付き従っていた将兵は百に満たない数であったという。
一方で、アルタイユ王国軍は何とか戦いつつ部隊の編制と立て直しに成功していた。
だが、神聖ゴルド王国軍が総崩れとなった今、単独で戦況を覆すのは到底不可能である。
アレクは兵を叱咤して狭められつつあった包囲網の一角を突き崩すと、東へと逃げる神聖ゴルド王国軍とは別に、南東へと退却した。
これをネヴィル王国軍の猛将たちが追う。
アレクは生き残った十六勇士たちと共に殿を務め、ネヴィル王国軍の追撃を何度も撃ち払う。
やがて退却先に、いくつもの小さな子山のような影が現れる。
それは戦の開始とともにネヴィル本陣へと突撃した後、戦場を迂回して待機していた戦象部隊であった。
この時この戦象部隊を率いていたのは、先に退却していた副将のグレイザーで、彼は敗走してくる味方に檄を飛ばして何とか押し留めると、素早く逆撃体制を敷いた。
「殿下をお救いせよ! そのためには味方に多少の被害が出てもかまわぬ! 追いすがってくる敵を踏み殺せ!」
過激な命令であるが、万が一にも主将であるアレクが死ねば、その時点でアルタイユ王国軍は崩壊する。
神聖ゴルド王国軍の援軍の命を果たせなかった彼らは、その時点で完全に本国から見捨てられるだろう。
たとえ国に戻れたとしても、第二王子を死なせた罪で全員死罪は確実である。
なのでここは何としてでもアレクを救わねばならない。
だがこの命令が実行されることは無かった。
象を見たネヴィル王国軍は、それまでの猛追をピタリと止めたのだ。
策なしに象と戦うべからず、また深追いも禁止せよというアデルの命令が守られた結果、アレク率いるアルタイユ王国軍は、辛くも戦場を離脱することに成功した。
「これほどまでに無様な負けを味わうとはな…………」
馬上のアレクの顔は、怒りによって引きつり、それは知らぬものが見たならば微笑を浮かべていると錯覚したかもしれないが、彼をよく知る将兵らは、それが内に溜まった怒気を必死に抑えつけている表情であるとわかっていたため、声を掛けることも出来ずにいた。
その抑えつけていた怒気が、活火山の噴火のように爆発したのは、自軍の損害を知らされた時であった。
「十六勇士が内、半数が死んだと申すか! おのれ、おのれ、ザームめが!」
アレクの怒りは、戦ったネヴィル王国に向けられるのではなく、自身の足を引っ張り続けた味方へと向けられた。
これまでガドモア王国と戦っても、損害らしい損害を受けなかったアルタイユ王国軍だが、今回の戦いで二千余り、すなわち四分の一にも相当するおびただしい死傷者を出していた。
カルディナ半島に渡って以来、初めての敗北である。
そしてそれはアレクが抱いていた、微かな生存の道すら失ったことを意味していた。
このまま本国に戻っても失敗の責により死を賜るのは確実。
ザーム率いる神聖ゴルド王国に半島の覇権を握らせ、その恩を返せと兵力を借りてアルタイユ王国へと討ち入り、現国王を打ち倒して己が王となるという野望が今、水泡に帰したのだった。
ーーー
一方で勝利したネヴィル王国も勝った、勝ったと喜んではいられなかった。
王であるアデルが受けた傷は、決して浅いものではなかったのである。
アデル自身が発した命令と、そのような事情により敵の追撃は程ほどの所で停止。
すぐさま守りを固めると急ぎ天幕を張り、アデルを始め負傷者の治療が行われた。
この時にもアデルは、敵であっても助けられるものは治療して助けよと命令している。
アデルは天幕の中に据えられた床几に腰を掛けると、従軍している金創医の治療を受けた。
この時代、医者は病、すなわち穢れに触る者として、身分や地位は低い。
治療に当たった金創医は、今を時めく英雄王の治療するとなり、緊張を隠せない。
恐る恐るアデルの顔色を見たが、それ以降は緊張により手元が狂わぬようにと、傷口の治療に専念した。
金創医が顔を見た時アデルは、両の目をかっと見開いたまま身じろぎもしなかった。
傷口を縫う前に、アデルたちが古の文献より見出した、消毒が行われた。
これは蒸留酒の研究の結果、高濃度アルコールの精製に成功したことによるアルコール消毒のことであった。
とはいっても高濃度とはいえ、どうにかこうにか消毒として使えるかどうかの代物であったが、無いよりはマシであるとして、薬品として増産に励んでいた品であった。
傷口の周りを消毒するだけでも激しい痛みが襲うはずなのに、座ったアデルは苦痛の声の一つも上げない。
医者もこの時は緊張しすぎていて気がつかなかったのだが、この時すでにアデルは目を開けたまま失神していたのである。
考えれば無理からぬことである。先頭を切って突撃し、人生に於いて最強の敵手と渡り合ったアデルの体力と気力は、もう尽き果てていたのである。
金創医は、このアデルが苦痛の声一つ上げないのを豪胆さと受け止めると再び手元に集中し、治療に専念した。
「へ、陛下、ち、治療が終了、い、致しました…………」
金創医の震えるような声を聞いて、はっとアデルは目を覚ました。
その瞬間、途轍もない痛みが襲ったが、アデルは苦痛に顔を歪めるのを堪えて微笑を浮かべて見せた。
「ご苦労であったな。下がってよい」
そう言われた金創医は、傷口が塞がるまで絶対の御安静をと念を押すと、深々と頭を下げて天幕を後にした。
天幕を出た瞬間、金創医は未だ戦特有の殺気を纏い続けている諸将に取り囲まれた。
その諸将のあまりの形相に、ひぃぃ、とか細い悲鳴を上げる金創医だったが、アデルの傷の具合を問われると、専門家らしく正確な診断を下した。
「傷は深いのですが陛下は御運が強う御座いまして、血管や骨が傷ついておりませぬ。ですが、しばらくは絶対の御安静が必要です。それと傷による発熱の恐れがあるので、後で解熱散を処方致します。それにしても恐れ多きことながら、陛下の肝の太さには驚かされるばかりであります。術中、陛下は苦痛の声一つ上げることなく、術後に至っては微笑んでおられまして、このようなことは初めてのこと…………いえ、古今東西において、あのお若さで陛下ほど豪胆なお方はおりますまい」
解熱散とは、ネヴィル王国の特産品の一つである石膏を生薬として用いた物である。
石膏には解熱作用があり、これをネヴィルでは生薬として流通させていた。
それを聞いて、ホッとした表情を浮かべる者や、流石は先代の御子であらせられると誉めそやす者で天幕の前は溢れかえった。
後に、この話は誇張され、術中アデルは笑いながら近侍の者と暇つぶしに将棋を指すという豪胆さを表すエピソードの一つになる。
お待たせいたしました、すみませんちょっと連休中ちょっとスカイリムAE版に嵌ってしまいまして……ちょっと面白すぎて辞め時がわからないんですよね。
少しだけのつもりが気付くと数時間たってたりと。
それはさておき、ここから本作品では戦は一段落で、結婚や内政モードに入ります。
グダグダな半島の混戦の中で誰がどう国を動き、盛り立てていくのかをお楽しみに!




