霧は晴れた
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霧の中での激闘は続いていた。
陽が上るにつれ少しずつ晴れているように感じるが、それでも手足に絡みつくようなねっとりとした乳白色の霧は、まだ十分な厚みを有していた。
この戦いのこの時点での奇妙な点を挙げるならば、戦っている本人たちが果たしてどちらの陣営が有利なのか不利なのか、勝利しているのか敗北しているのかがわからないことだろう。
視界不十分なため、組織的な行動が制限されている以上、目の前の敵と斬り結ぶしかないのである。
この異常な事態、もしアデルが斬り込まずに後方で指揮をしていたのならば、相当な忍耐力を試されていたことだろう。
ただじっと味方を信じて待機する。一見すると簡単そうに見えるが、視界を閉ざされた状況での不安と恐怖は計り知れないものがあった。
この点、敵と直接対峙しているアデルは目の前のことでいっぱいであり、別の恐怖と戦っていたが神聖ゴルド王国の国王ザームはこのじっと耐える不安と恐怖に押しつぶされそうになっていた。
「せ、戦況はどうなっておるか!」
周囲の者に問うも、当然誰も答えることができない。
彼らには今現在、味方が勝っているのか負けているのかさえわからない。
このままでは埒が明かぬ、とザームは決断を下す。
「よし、本陣の兵を前線へ投入せよ! 元よりこちらの方が兵力が多いのだ。ここは数で押し切るべし!」
こうして後ろに控えていたゴルド王国軍が、本陣護衛の三千を残し一斉に戦場に投入された。
しかしこれは勝利をもたらすどころか、戦場により深刻な混乱をまき散らす結果となる。
前線へと押し進んだ兵たちは、やはり霧のために隊列を維持することが出来ず、組織的かつ有機的な行動を取れない。
しかも質の悪いことに、敵味方の識別もせずに影を見ては斬りかかる者が続出したため、ネヴィル王国軍のみならず、交戦中の友軍であるアルタイユ王国軍との同士討ちも多発した。
こうなってしまうと元々収拾つかない場がさらに荒れ、最早混沌と化す。
結果としてこのゴルド王国軍の投入は、戦況を有利にすることはなかった。
ただアルタイユ王国軍の将兵に強い不信感を与えただけである。
ーーー
戦いの最中になだれ込んできたゴルド兵に邪魔され、三兄弟とアレクは引き離された。
この戦いは終始アレクが優勢で、もしゴルド兵が邪魔をしなければアデルたちの誰かしらは討たれていたのは間違いない。
アデルたちはこれ幸いとアレクと距離を置き、やがて霧の中へと三人まとめて消えて行った。
アレクはそれを無理に追わなかった。ゴルド兵の姿を見て、ザームの戦に対するセンスの無さに今更ながらに失望していた。
「とてもではないが、我が大事を託せる方ではない。しかしどうしたものか…………これでは進むも退くも自由にならぬ」
ただ徐々に霧は晴れ始めてはいる。
「だが、このまま霧が晴れたとしても……どうにもならぬであろうな…………」
このままずるずると消耗戦となれば、数の多い神聖ゴルド王国の勝ちだが、アレクの頭に自軍の勝利の絵図は浮かんでこない。
敵と間違えて自分に斬りかかってくるゴルド兵を槍の柄であしらいつつ、アレクは舌打ちした。
この様子では数的な有利ですら危ういかもしれぬと。
ーーー
前線に一気に兵力を投入したゴルド王国軍の動きを、ネヴィル王国軍の別動隊はこの時点では察知していない。
逆にゴルド王国軍も北にいるネヴィル王国軍の存在を知らずにいる。
さらには戦場の南側に潜伏しているベルトランの部隊の存在にも気づいていない。
彼らネヴィルの援軍もまた、忍耐を強いられていた。
戦場より聞こえる微かな音を頼りに、にじり寄るように距離を詰めた彼らであったが、そのまま戦場に強行突入することはなかった。
戦巧者であるベルトランは元より、カルファ、シュルトも歴戦の将である。
エフト王国軍の指揮官エギンは自身の分というものをわきまえており、主将であるカルファの待機命令に異を唱えることはなかった。
だが、彼らの顔には一様に焦りの色が見える。
このまま霧が晴れずに動けなければ、数に劣るネヴィル王国軍の敗北は必至。
そうなれば面目丸つぶれどころの話ではない。
「少しずつ霧は晴れてきています。ここはいましばらくの我慢かと…………」
そう言うシュルトの言葉にカルファは頷きながら、問う。
「このような悪天候の中の強行、どれほど脱落しただろうか?」
「正確にはわかりかねます。何せ、この霧ですから…………自分の勝手な予想では、二割、三割は迷子となっているかと」
「ふうむ。ま、仕方が無かろう。今いる兵で何とかするしかあるまい。霧が晴れ次第、残っている兵で陣形を組み、進撃する」
「はっ、承知致しました」
返答しながらシュルトは、一体いつになったらこの霧は晴れるのかと、うんざりした顔ですでに陽が上っているであろう東の空を見上げた。
それから間もなく、戦場に転機が訪れた。
霧が晴れたのである。それも、徐々にではなく潮が引くように一斉に。
散々この濃い霧に苦しめられてきた両軍の将兵たちは、この予想だにしない霧の晴れ方に、誰も彼もが狐につままれたような表情を浮かべた。
この魔法が解けたような急変に、いち早く反応したのは練度に勝るネヴィル王国軍であった。
王アデルは勿論、指揮官たちはこの時を待っていたと言わんばかりに声を張り上げ、味方の集合を促す。
個人個人で戦っていたネヴィルの兵たちは、その声を聴くと最も手近な将や指揮官の元へと駆け寄って小集団を作り、その小集団が隣の集団と合流を繰り返し、戦いながらも辛うじて組織的な行動が取れる軍を形成しつつあった。
逆にゴルド王国軍とアルタイユ王国軍はというと、双方入り乱れてしまっており、言葉も通じない彼らは先ほどの同士討ちの件もあり互いに不信であったために、協力しあうこともなくそのまま個々の戦闘を続行してしまう。
練度の差、言葉の壁、そして不信。
勝利の女神がどちらに微笑みかけるかは明らかであった。
「陛下----! ご無事で! ご、御負傷なされたのですか! すぐに後退して治療を…………」
アデルたちの元に最初に馳せ参じたのは、マグダルであった。
彼はアデルの傷を決して浅くはないと見て、後退を促したがアデルはそれを拒否した。
戦場を移動中に太ももを縛った布は、真っ赤に染まっていたが、
「なんのこれしきの傷! 余は退かぬぞ! だが、これでは思うように駆け巡り指揮するというわけにもいかぬゆえ、マグダル、卿にこの場の指揮を預ける」
「はっ、しかと承りまして御座いまする。これ以上は傷にさわりますゆえ、どうか陛下はこの場におとどまりあれ!」
マグダルは集まってきた中にいた黒狼騎たちに、陛下を命に代えても御護りせよと命じると、前に出て戦闘の指揮を執る。
この一連の戦でのマグダルの奮戦は類を見ないものであり、後にネヴィル王国が編纂するネヴィル王国史に、マグダルの活躍ぶりは筆舌に尽くし難しと記されることになる。
やがて大将軍ギルバートを始め、グスタフ、ウズガルドら主なる将たちが兵を集めて合流する。
マグダルが前線で指揮を執る中、彼らは戦いつつも兵力の再編を急ぐ。
彼らが苦心しつつ再編成を終えたその時、突如として敵が崩れた。
だが、崩れたのは主にゴルド兵たちであった。
アルタイユ王国軍は遅まきながら、ネヴィル王国軍と同じく戦いつつ小集団を形成しつつある。
そのアルタイユ王国軍もまた、ゴルド兵らに引き摺られるように後退して行く。
そしてそれが敗走となるのに、さして時は要さなかった。
再編成を終えつつあるネヴィル王国軍は、間髪を入れず追撃の態勢を取った。
皆さまの温かいお言葉に感謝。
まだまだ物語は続きますので、よろしければどうかお付き合いくださいませ。




