ゲンツの死闘
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unpさん、素晴らしいレビューありがとうございます!
更新遅くなりまして大変申し訳ございません。
コロナから持病の喘息、そこから肺炎の3コンボくらいまして、二週間ほど入院しておりました。
今は体調も大分よくなりましたので、更新を再開!
死闘を繰り広げていたのは、三兄弟だけではない。
戦場の至る所で、血で血を洗う戦いが繰り広げられていた。
近衛である黒狼騎の団長ブルーノと副団長のゲンツはアデルと共に、見通しのきかぬ濃い霧の中へと斬りこんだが、早々にアデルがはぐれてしまったため、焦りに焦っていた。
二人はすぐに黒狼騎の組織的な戦闘を諦め、単騎で戦闘しつつ捜索を開始。
だが、これは想像以上の困難であった。
ブルーノは、戦いの手を止めることなく主君の無事を神に祈り、ゲンツは大声で悪態をつきながら戦場を我武者羅に駆ける。
「おい、アデル! どこだ! 生きてるなら返事くらいしろや!」
ゲンツは主君の名を、そのまま敬称も付けずに叫ぶ。
これは普段からもそうであり、そのことについて周囲から何度窘められても直すことはなかった。
そのせいで彼をよく知らぬ者たちからはよく思われてはいない。
むしろ、王を軽んじる者として忠誠心をすら疑われてもいた。
このゲンツの態度に業を煮やした者が不忠であるとゲンツの上官にあたるブルーノに苦言を呈したが、ゲンツの陛下に対する忠義は自分に勝るとして取り合わなかったという。
その話を耳にしたゲンツはというと、それまでと同様、態度を改めるということはなかった。
いくら陛下の幼馴染とはいえ、余りある態度であるとして、一部の者からはさらに蛇蝎のごとく嫌われるようになる。
そのゲンツを嫌う筆頭格というのが、黒狼騎内の女性騎士たちであった。
彼女たちは女狼騎と呼ばれていたが、これは正式名称ではない。
女性騎士であろうが無かろうが、近衛は等しく黒狼騎というのが正しいのだが、やはり男女として区別せざるを得ない状況というものが時としてあり、女狼騎という呼称が浸透しつつある。
この時代、女性の社会進出の機会はほぼ無いといってもよい。
だが、ことネヴィル王国では、女性であっても能力と幾ばくかの運があれば、表舞台に立つことが出来る。
現に女狼騎だけでなく、奴隷出身でありながらも教育担当官の一人としてチェルシーが過去に前例のない異例の抜擢を受けている。
このように女性の社会進出を認めたアデルは、後世において多大なる評価と称賛を受けるのだが、本音としては多少でも使える人材ならば、男女にかかわりなく使わざるを得ないほどに人材が不足していたともいえる。
兎にも角にも、この女狼騎たちは近衛の一員として、戦力としてこの戦に臨んでいたのは事実である。
この女狼騎の実質的なリーダーの役割を果たしているのは、ネヴィル王国建国以前からの重臣中の重臣、グスタフの外孫のリディアだった。
これは贔屓というよりは、まだまだ風当たりの強い女性騎士という存在に対する、所謂一つの風よけ的な役割ともいえる人事であったが、思いのほか本人の実力も高く、流石はグスタフの孫娘であり血は争えぬと評判はよい。
このリディアが特に、傍若無人の振る舞いをするゲンツを毛嫌いしていた。
霧の向こうから聞こえるゲンツの野太い声に、うんざりとまゆを顰めつつこの場を去って主君を探そうと試みたその時である。
真正面から霧をかち割るように現れた大男に、リディアは慌てて槍を構えなおしたが遅かった。
その油断はゲンツの不愉快な声のせいであると思いたかった。
その巨漢に一瞬で槍を跳ね上げられたリディアは、自分でも知らずの内に悲鳴を上げていた。
「女? 女だと?」
その悲鳴に巨漢の騎士は驚いて、眼を大きく見開いた。
だがその驚きはすぐに激しい怒りへと変わり、吠えた。
「戦場に女を! それも騎士の真似事をさせるなど! 黒狼王は戦争を愚弄するか!」
この巨漢の戦士の正体は、アルタイユ王国軍第二王子近侍武官、通称十六勇士と呼ばれる者の一人、アクトルス。
このアクトルスは十六勇士の内で一、二を争う怪力の巨漢で気性が荒く、戦いに独自の哲学を持ち、気に入らぬとならば命令無視など当たり前という、非常に扱いにくい男である。
だが、主であるアレクとは馬が合うのか、十六勇士に任ぜられてからはその命に逆らうことなく、持ち前の武勇を以て勇名を馳せてきた。
アクトルスは、女性を騎士として戦場に出したアデルに、深い失望と激しい怒りを覚えた。
アクトルスの戦場においての美学に反する、この不快で許されざる所業。
王であるアデルも、目の前にいる小娘も死を以てこの罪に報いねばならぬ。
跳ね上げられ、宙に舞った槍が地に落ちる前に、アクトルスは躊躇うことなく槍を突き出した。
だが、その攻撃は空振りに終わる。
槍を跳ね上げられた時の衝撃にリディアが馬上で耐えられず、バランスを大きく崩して落馬したのだ。
「ちっ、所詮は小娘。女だてらに騎士の真似事をした罪、命を以て償うがよい」
落馬し、激しく背中を打って仰向けのまま咳き込むリディアに、無常なる一撃が繰り出されようとした瞬間、アクトルスは思いもよらぬ一撃を受けた。
アクトルスがそうであったように、霧を割って一人の巨漢が現れ、馬を寄せて馬ごと体当たりをかましたのだ。
これによってアクトルスは落馬、体当たりを仕掛けた方もアクトルスと縺れるようにして馬から転げ落ちた。
両者は地面に叩き付けられた痛みを物ともせずに跳ね起きた。
「おい、リディア! いつまで寝転んでやがる! さっさと立て! それでも黒狼騎か!」
アクトルスを睨みながら、背後で呻くリディアを叱咤するのは、ゲンツであった。
ゲンツはか細い悲鳴を耳でとらえると、瞬時にその方向へと馬を乗り入れたのだ。
そして霧の中で一瞬、槍を地に突き刺そうと構える男と、落馬したリディアの姿を視界に捉えると、そのまま体当たりを強行したのであった。
地面に落ちた時にゲンツの手からも、そしてアクトルスの手からも槍は離れていた。
ゲンツが剣を抜こうと腰に手を伸ばすと、そうはさせじとアクトルスは猛進してゲンツの手を抑えにかかる。
ゲンツは即座に抜刀を諦め、拳を握りアクトルスを迎え撃つ。
しばらくは拳と拳の応酬が続くが、やがて手をがっしりと組んで力比べの様相となる。
アクトルスは前述の通りの力自慢。だがゲンツもまた歳に似合わぬ巨漢の力持ち。
頭に血が上り、顔を真っ赤にしつつ二人の力は拮抗していたが、アクトルスが一瞬の隙を突いてゲンツの足に自分の足を掛けて倒した。
倒され、馬乗りになられたゲンツは力を振り絞り、そのままひっくり返す。
これにアクトルスは一瞬、驚きの表情を浮かべたが、すぐに阿修羅のような顔でさらに力を加えて再び組み敷こうとする。
二転三転、地面を転がるように二人は体勢をを入れ替え、いつしか両者の片手が互いの首に掛かった。
互いの顔色が、どす黒い赤から紫色へと変わりつつある中、ついに両者の鼻から鼻血が勢いよく噴出した。
このままでは埒が明かぬと二人は最後の力を振り絞る。
さらに地面を転がること数度、ついにゲンツがアクトルスを組み敷いた。
片手でアクトルスの首を絞めつつゲンツは、腰のベルトに括り付けてある短刀を抜いた。
力負けしたアクトルスの両腕は、首を絞めるゲンツの腕を必死に抑えている。
この短刀を突き刺せば勝負が決まると、ゲンツは片手でアクトルスを抑えつけたまま短刀を振りかぶった。
不意に短刀を持つ腕に灼熱感を感じた。振り向いて手を見ると、短刀を持った左手が無い。
傷口から血が噴き出すのを見たゲンツは、たまらずに悪態をつく。
「畜生がぁ!」
無くなった手の先には、とどめの一撃とばかりに剣を大きく振りかぶる一人の敵兵の姿が見える。
迫りくる死の中でゲンツは、即座に覚悟を決めた。
「ただで死ぬかよ、てめぇも道連れだ!」
ゲンツはアクトルスの方を向いてニヤリと笑うと、残った片手にさらに力を込めて首を締め上げる。
アクトルスも最後の抵抗を試みるが、ゲンツの手の内から骨の砕ける音が鳴り響き、口から血の泡を吹いて両腕が虚空を薙ぐ。
仕留めた、だが……ここまでかと無念の臍を噛むが、一向に予想されていた背後からの攻撃が来ない。
振り向くと、剣を振りかぶった敵兵の胸から剣先が飛び出ている。
はぁはぁ、と喘ぐような呼吸音だけがゲンツの耳に届く。
命を失った敵兵が、力なく崩れ落ちたその先にいたのは、リディアであった。
リディアはゲンツの手を見て、小さな悲鳴を上げ、涙した。
汗と涙と泥で汚れたリディアを見たゲンツは、
「泣くな! まだ戦の最中だ!」
と叱咤する。しかし、その声にいつもの張りがない。
死力を尽くし、多量の失血をしているゲンツの顔は、見たこともないくらい青ざめていた。
リディアは涙も吹かず、すぐにゲンツの治療にかかる。
「副団長、申し訳ありません…………私ごときのために…………不覚を取ったばかりに…………」
涙声で謝罪するリディア。
だがゲンツはそんなリディアを突き放すように、
「別にてめえのためじゃねぇ。影を見ただけで、こいつが只者じゃねぇのがわかった。そんな奴を野放しにしといたらアデルが危ねぇと思っただけだ」
手首を包帯できつく縛られ、傷口を布で包まれたゲンツは、大きく息を吸い込むと立ち上がった。
「ちっ、二人とも馬を失ったか…………仕方ねぇ、歩いて探すぞ!」
ゲンツの傷は誰がどう見ても深手である。
「その傷で無理をなされると命に関わります! 私がお守り致しますので、どうか戦場を離脱なさいませ」
リディアが、さぁ、と伸ばした手をゲンツは残った手で勢いよく払いのけた。
「馬鹿野郎、俺は近衛だぞ! いや、俺たちは近衛だ! 王であるアデルがまだ戦場にいるってのに、退けるわけがねぇだろうが! 手の一本や二本がなんだってんだ! 一本あれば十分だし、両手を失っても盾になれらぁ!」
青ざめていたゲンツの顔が真っ赤に変わる。
ゲンツは剣を抜き、付いて来いとリディアに言うと力強く駆け出した。
その豪胆さよりも、誰よりも強い王への忠誠心を見たリディアは、言葉を失いつつ慌ててゲンツの背を追った。
大変お待たせしました。
動けるようにはなったんですが、まだ肺が重苦しく、咳が止まらなくて困ってます。
やっぱり何やかんや言っても、健康が一番の財産だと思う今日この頃。




